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高分子結晶化過程の可視化・定量化に成功

「微小な力」を検出し蛍光を発する分子を用いて実現

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2021.01.07

要点

  • 高分子結晶化過程の解明は材料の強度・透明性・成形加工法などに関わる重要な課題。
  • 結晶成長過程を蛍光によって可視化・定量評価する方法はこれまでになかった。
  • 高分子結晶化過程で発生する微小応力を、蛍光を発する分子を用い初めて検知。
  • 高分子結晶化の理解に貢献し、結晶性高分子の設計や成形加工法への波及効果に期待。

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の大塚英幸教授(応用化学コース 主担当)と加藤颯太大学院生(博士後期課程2年)らは、高分子の結晶成長過程を蛍光によって可視化・定量評価することに成功した。高分子結晶化過程の解明は材料の強度・透明性・成形加工法などに関わる重要な課題だが、これまでは結晶成長過程を蛍光によって可視化・定量評価する方法はなかった。

大塚教授らは結晶化過程で生じる「微小な力」を検出し、蛍光を発する特殊な分子を利用することで、蛍光顕微鏡による結晶化過程の可視化・定量化を実現し、共焦点蛍光顕微鏡[用語1]観察によって三次元観察も可能にした。

今後、さまざまな高分子の結晶化過程を可視化できるようになれば、結晶性高分子材料の設計指針の提案のみならず、高分子材料の加工法にも大きな波及効果をもたらすと考えられる。

本研究は、東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の丸山厚教授のグループおよび理化学研究所の沼田圭司教授(現・京都大学)のグループの協力を得て実施した。

本研究成果は2021年1月5日に国際科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開された。

背景と経緯

ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリアミドなどに代表される結晶性高分子は私たちの生活を支える重要な材料であり、その結晶化挙動は高分子材料の強度、透明性、耐薬品性などに大きな影響を与える。結晶化は材料の高強度化に繋がるが、成形加工時には結晶化の影響により成形加工の寸法誤差のみならず、クラックや剥離など致命的損傷に繋がる恐れがある。

そのため結晶化に基づく微小なひずみの発生箇所を特定することができれば材料設計や成形加工において大きなブレークスルーとなる。このように高分子結晶化過程の解明は、材料の強度・透明性・成形加工法などに関わる重要な課題だが、結晶成長過程を蛍光によって可視化・定量評価する方法はなかった。

大塚教授らのグループはこれまでに、テトラアリールスクシノニトリル(TASN)[用語2](図1)と呼ばれる、力学的な刺激によって分子の中央にある炭素-炭素結合が均一開裂[用語3]し、桃色着色と紫外光(365 nm)照射下で黄色蛍光を示す安定ラジカル[用語4]を与える特殊な力学応答分子を開発した。TASNの開裂は、蛍光発光や電子スピン共鳴(ESR)測定[用語5]による発生ラジカルの定量に加え、蛍光顕微鏡による直接的な観察ができることから、上記の課題解決に適切な分子プローブ[用語6]として期待されていた。

図1.本研究で使用した力学応答分子(TASN)の化学構造と力学的刺激によって発生する安定ラジカルの特徴

図1. 本研究で使用した力学応答分子(TASN)の化学構造と力学的刺激によって発生する安定ラジカルの特徴

研究の内容

今回、大塚教授のグループは、力学的刺激による開裂により蛍光性の安定ラジカルを生じるTASN骨格を結晶性ポリエステルの分子鎖中央に導入し、丸山教授のグループおよび沼田教授のグループの協力を得て、ポリエステルの結晶化過程で生じる安定ラジカルの直接的な可視化と定量化に初めて成功した。共焦点蛍光顕微鏡観察により三次元観察もできるようになった。

具体的には、結晶性高分子として、TASN骨格を分子鎖中央に有する直鎖状と星形のポリカプロラクトン(ポリエステルの一種)を合成した(図2a)。等温結晶化過程において溶融状態から球晶[用語7]が成長する際、ラメラ構造[用語8]の間に存在するタイ分子[用語9]と呼ばれる箇所にTASN骨格が存在すれば、結晶化過程に生じる微小応力によりTASN骨格が解離し、黄色蛍光を発するラジカル種として検出できると着想した(図2b)。

図2. a. TASN骨格を中心に有する結晶性高分子(直鎖状と星形) b. 高分子の結晶化とタイ分子の模式図

  1. 図2. a. TASN骨格を中心に有する結晶性高分子(直鎖状と星形)
    b. 高分子の結晶化とタイ分子の模式図

実際に、高分子の結晶化が駆動力となってTASN骨格が開裂していることを確かめるため、等温結晶化条件で蛍光顕微鏡観察を行った。その結果、結晶化時間の進行に伴い、蛍光が見られない非晶領域から球晶状に蛍光強度が増加していく様子を捉えることに成功した(図3a)。この時の高分子の結晶化速度が、画像解析によって定量した蛍光強度の増加速度と良く一致したことから、高分子の結晶化が駆動力となってTASN骨格が開裂していると結論付けた。共焦点蛍光顕微鏡を用いることで三次元観察も行った(図4)。

さらに、発生する安定ラジカルを電子スピン共鳴(ESR)測定によって定量評価した。等温結晶化の進行に伴い、TASN骨格の解離由来のラジカル量が増加していく様子が捉えられ、測定後のサンプルが紫外光(365 nm)照射下で黄色蛍光を示した(図3b)。またこれらのESRスペクトルから算出したTASN骨格の解離割合は、分子量あるいは直鎖と星形の一次構造の違いにより大きく異なり、高分子の結晶化を駆動力とした微小応力が、TASN骨格の化学変化によって定量的に評価できることが明らかとなった。

図3. 力学応答分子を利用した結晶化誘起メカノフルオレッセンス(用語10)

図3. 力学応答分子を利用した結晶化誘起メカノフルオレッセンス[用語10]

  1. a.  等温結晶化条件における蛍光顕微鏡観察(画像解析による定量化も可能)
    b.  等温結晶化条件における電子スピン共鳴測定とそのスペクトルから算出されたTASNの解離割合

図4. 共焦点蛍光顕微鏡を利用した結晶化誘起メカノフルオレッセンスの三次元観察像

図4. 共焦点蛍光顕微鏡を利用した結晶化誘起メカノフルオレッセンスの三次元観察像

今後の展開

本研究では高分子の結晶化の際に生じる微小応力の可視化と定量評価に成功した。今後、さまざまな高分子の結晶化過程を可視化できるようになれば、結晶性高分子材料の設計指針の提案のみならず、高分子材料の加工法にも大きな波及効果をもたらすと考えられる。

  • 付記

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。
科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 : 「革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明」(研究総括:伊藤耕三 東京大学 教授)
研究課題名 : 「動的共有結合化学に基づく力学多機能高分子材料の創出」
研究代表者 : 大塚英幸(東京工業大学 教授)
研究期間 : 2019年10月~2025年3月
  • 用語説明

[用語1] 共焦点蛍光顕微鏡 : 共焦点の光学系を使うことで、観察試料の断面像を高いコントラストで観察できるように工夫された蛍光顕微鏡。三次元的な構造の観察も可能である。

[用語2] テトラアリールスクシノニトリル(TASN) : 1,2-ジシアノメタン(スクシノニトリル)の4つの水素を芳香族炭化水素基(アリール基)で置換した化合物。

[用語3] 均一開裂 : 共有結合を形成する2個の電子が、各々1個ずつ分配される開裂様式。

[用語4] 安定ラジカル : 本研究で扱っているTASN骨格から発生するラジカルは、化学的安定性に優れており、酸素に対しても安定性が高く、大気中で定量評価が可能である。

[用語5] 電子スピン共鳴(ESR)測定 : 不対電子(ラジカル)を検出する分光法の一種で、有機化合物中のラジカルの定性や定量にも利用される測定法。

[用語6] 分子プローブ : 標的となる分子と結合あるいは相互作用をすることで、周囲の分子とのコントラストを増強し、検出装置による標的分子の存在量の検知を可能にする分子。高感度に検出可能な蛍光性の分子プローブがよく利用される。

[用語7] 球晶 : 溶融状態のポリマーを冷却することで生成する10~100 µmオーダーの球状半結晶。

[用語8] ラメラ構造 : 溶融状態からゆっくりと冷却していく過程で、ポリマー鎖が規則的に折りたたまれることで形成される10~100 nmオーダーの構造。

[用語9] タイ分子 : ラメラ構造同士をつなぐ非晶相に存在すると考えられている分子構造。結晶相の応力伝播素子として力学物性における重要な役割を担っている。

[用語10] 結晶化誘起メカノフルオレッセンス : 高分子が結晶化する際に発生する微小な応力によって発生する蛍光発光現象。

  • 論文情報
掲載誌 : Nature Communications
論文タイトル : "Crystallization-induced Mechanofluorescence for Visualization of Polymer Crystallization" (高分子結晶化を可視化するための結晶化誘起メカノフルオレッセンス)
著者 : Sota Kato, Shigeki Furukawa, Daisuke Aoki, Raita Goseki, Kazusato Oikawa, Kousuke Tsuchiya, Naohiko Shimada, Atsushi Maruyama, Keiji Numata, and Hideyuki Otsuka
DOI : 10.1038/s41467-020-20366-y別窓
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