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超高真空中での電気伝導測定により単層セレン化鉄薄膜の高温超伝導を検出

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2020.06.30

要点

  • 超高真空中での基板平坦化、薄膜成長、評価技術を駆使して実現
  • 単層セレン化鉄の超伝導を保護膜不要の直接電気伝導測定により検出
  • 高温超伝導の重要な追試であり、転移温度の議論に新たな知見を与える

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の一ノ倉聖助教、平原徹准教授、物質理工学院 応用化学系の清水亮太准教授、一杉太郎教授らの研究グループは、単層セレン化鉄(FeSe)[用語1]薄膜の高温超伝導を超高真空[用語2]中の直接電気伝導測定により検出した。

基板の伝導性を抑制しながら原子レベルで表面を平坦化し、超高真空中で単層FeSeを成膜。さらに超高真空環境のまま基板の絶縁性が良く保たれている領域を見定め、独立に駆動する4つの探針を接触させて低温電気伝導を測定した。その結果、電流が薄膜中のみを流れており、かつ40ケルビン(-233 ℃)で明瞭な超伝導転移を示すことが明らかとなった。

超伝導体は強磁場の発生(リニアーモーターカー、MRIなど)から量子計算に至る幅広い応用が期待され、高温で転移する超伝導体の探索が続いている。FeSe単層の超薄膜を酸化物基板上に作製すると、基板からの電子供給によって高温超伝導が発現するが、これまでに報告された超伝導転移温度にはばらつきがあり、統一的な見解が得られていなかった。本研究はこの状況に一石を投じ、単層FeSeの高温超伝導の起源解明に重要な知見を与え、ひいては室温超伝導体の探索における新たな道筋を示すものである。

研究成果は6月3日に米国物理学会誌「Physical Review Letters(フィジカルレビューレターズ)」にオンライン掲載された。

背景

多くの金属は冷却すると、ある温度以下で電気抵抗がゼロになる超伝導現象を示す。転移温度は通常、絶対零度(0 ケルビン、-273 ℃)に近い極低温だが、高温超伝導体と呼ばれる物質群では70 ケルビン(-203 ℃)以上の比較的高温において超伝導が生じる。この温度は液体窒素[用語3]のような安価な冷媒で到達できるため、革新的な高機能材料として期待されている。

高温超伝導体には銅酸化物系と鉄系の2大物質群があり、どちらも層状の結晶構造をしている。かつて、これらはバルク(塊)状の単結晶として作製されていたが、近年、超高真空環境での薄膜成長技術の進歩により、半導体基板上に大面積の超伝導薄膜を作製することができるようになった。

通常の超伝導体の場合は薄膜にすると転移温度が低下してしまう。しかし驚くべきことに、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)基板上に鉄系超伝導体の一種であるセレン化鉄(図1)を作製する際、最も薄い単層の厚さ(Se-Fe-Se=セレン・鉄・セレンの3層)とするとバルクの超伝導転移温度8 ケルビン(-265 ℃)と比べて30 ℃以上高温で超伝導になることが2012年に報告された。

図1. セレン化鉄薄膜の結晶構造の模式図。セレン化鉄と基板の界面付近において電子移動による高温超伝導が生じていると考えられる。

  1. 図1.セレン化鉄薄膜の結晶構造の模式図。セレン化鉄と基板の界面付近において電子移動による高温超伝導が生じていると考えられる。

このような原子層薄膜はむき出しのまま超高真空装置から空気中へ取り出すと直ちに劣化してしまうため、超高真空から取り出さずに表面の電子の状態を調べる電子分光法[用語4]と、上から保護膜でカバーしたうえで空気中に取り出して電気の流れる性質を調べる電気伝導測定の主に2通りの手段によって研究されてきた。

これまでの研究により、FeSe薄膜と基板の界面付近において基板から薄膜への電子移動が起きており、それが高温超伝導を引き起こしていることはおおむね明らかとなっていた。しかし、電子分光法で測定した場合には65ケルビン(-208 ℃)以上の転移温度が繰り返し報告されているのに対し、保護膜をつけて電気伝導測定を行った場合には40ケルビン(-233 ℃)止まりであるなど、研究グループごとに報告された転移温度に相違があった。その原因が成膜前の基板の状態にあるのか、保護膜の有無によるのか、あるいは手法によって試料中の測定領域が違うためであるのかが明らかでなく、高温超伝導の詳細な起源解明が妨げられていた。

さらに2015年には中国のグループが109ケルビン(-164 ℃)での高温超伝導を報告した。これは、保護膜を用いずに超高真空中かつ低温で電気伝導を測定するという困難な実験であり、追試した報告はこれまでなかった。また、SrTiO3基板を流れた電流も同時に検出していたため、常伝導状態[用語5]の抵抗も低く、原子層厚さの薄膜が示す超伝導転移の特徴を明瞭に観測することはできていなかった。このように、足掛け8年以上にわたりSrTiO3基板上の単層FeSeの超伝導転移温度に関して、統一的見解が得られていなかったといえる。

研究成果

この状況を打開するために東京工業大学の研究グループは下記の3条件を設け、SrTiO3基板上のFeSe薄膜の研究を行った。

  1. (1)FeSeの成膜前に超高真空中で基板表面を原子レベルで平坦化する。
  2. (2)成膜したFeSe薄膜の超高真空中(その場)での電気伝導測定を行う。
  3. (3)FeSe薄膜の厚さを変化させ、超伝導特性の膜厚依存性を検証する。

上記の(1)と(2)は相反する要求である。この研究では絶縁性のSrTiO3基板を用いたが、平坦化のために熱処理を行うと酸素の欠損が生じ、基板が伝導性を持ってしまう。そこで本研究では、酸素欠損を基板の片方の端に集め、さらに図2aに示す「独立駆動4探針電気伝導測定装置」[用語6]を用い、酸素欠損が生じていない絶縁性の保たれた領域を選んで電気伝導測定を行った(図2b)。

(a)独立駆動4探針電気抵抗測定装置の写真。4本の探針をそれぞれ独立に動かすことができる。

(b)実際の電気伝導測定中の試料と探針の拡大画像。基板上で、左よりの黒ずんだ部分は酸素欠損が蓄積して導電性がある領域である。そこで独立駆動機構を用いて右寄りの領域で測定を行っている。この写真では2本の探針を試料に接触させており、先端の金線がよく見える。

  1. 図2.(a)独立駆動4探針電気抵抗測定装置の写真。4本の探針をそれぞれ独立に動かすことができる。(b)実際の電気伝導測定中の試料と探針の拡大画像。基板上で、左よりの黒ずんだ部分は酸素欠損が蓄積して導電性がある領域である。そこで独立駆動機構を用いて右寄りの領域で測定を行っている。この写真では2本の探針を試料に接触させており、先端の金線がよく見える。

まず、常伝導状態で探針間の距離を変化させて測定を行うことで、今回の実験では電流が基板には流れていないことを確認することができた。そして液体ヘリウム[用語7]を用いて装置を冷却した。その際、熱収縮によって探針と試料の接触が変化する影響を、探針先端の材料として金を用いることで軽減した。その結果、図3に示すように40ケルビン(-233 ℃)で急激な電気抵抗の減少、すなわち超伝導転移が生じる様子を明瞭に観測することができた。

図3. セレン化鉄超薄膜(厚さ:単層、3層、5層)の電気抵抗の温度依存性。40ケルビンでの急激な抵抗変化が超伝導の発現を意味している。また、この転移温度は5層まで変化しないことがわかった。

  1. 図3.セレン化鉄超薄膜(厚さ:単層、3層、5層)の電気抵抗の温度依存性。40ケルビンでの急激な抵抗変化が超伝導の発現を意味している。また、この転移温度は5層まで変化しないことがわかった。

2015年の中国のグループの報告では基板の伝導を同時に検出していたため超伝導転移による抵抗変化が小さく、再現性に疑問が持たれていたが、本研究では2キロオームに渡る明確な抵抗変化を観測した。これは酸素欠損の影響を十分に抑制し、基板の影響を排除できたことによる、より明確な超伝導転移の証拠である。さらにFeSe薄膜の膜厚を増やしたところ、膜厚が3層、5層でも転移温度が40ケルビン程度の超伝導を観測した。このように厚さによらず転移温度が一定であることは、図1のように高温超伝導がFeSeそのものよりもFeSeとSrTiO3基板との界面で生じていることを裏付けている。

今回の転移温度は40ケルビン止まりだったが、むしろこれまでの超伝導転移温度のばらつきの議論に重要な知見を与えている。先行研究と本研究の結果を俯瞰的にみると、転移温度は測定手法や保護膜の有無よりも基板の導電性に応じて変化している傾向があった。導電性基板では不純物ドーピング[用語8]により基板全体に電子が供給されているが、その電子が界面に蓄積し、転移温度の上昇に寄与している可能性が示唆される。

今後の展開

今後は高温超伝導の起源解明と転移温度の向上を目指し、「基礎を深める」一方、量子コンピューター[用語9]への応用へ「発展させる」研究も行っていく。超伝導状態を利用した量子計算はすでに世界的には実用段階であり、超伝導体の集積化による計算能力の向上が日夜行われている。本研究で扱っている超伝導体は薄く、高い転移温度を持つため、集積化に有利である。特にFeSeの場合、結晶中のSe原子をテルル(Te)原子で置換していくことにより「マヨラナ粒子状態」[用語10]が物質中に生じ、通常とは異なる方式の量子計算が可能であると考えられている。

同研究グループでは走査トンネル顕微鏡[用語11]による局所測定も併用することで、このマヨラナ粒子状態の検出と制御を目指している。そのためには平坦化によって出現する酸化物表面の構造をより精度よく制御する必要があり、他機関との共同研究を予定している。このようにして、超伝導のみならず、表面・界面の原子レベルの構造制御に基づいた原子層薄膜の新規機能の開拓を行っていく。

  • 用語説明

[用語1] セレン化鉄(FeSe) : 2008年に東京工業大学の細野秀雄栄誉教授の研究グループが発見した鉄系超伝導体の中で一番単純な結晶構造を持つ物質で、高温超伝導の起源の解明に有用であると言われている。

[用語2] 超高真空 : 通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態のこと。魔法瓶の断熱などで真空は広く用いられるが、本研究で用いた超高真空状態では宇宙空間に匹敵するほど気体の密度が小さい。

[用語3] 液体窒素 : 冷却された窒素の液体のこと。水の凝固点(0 ℃)をはるかに下回る低温(-196 ℃)を維持することができ、工業的に大量に生産可能なので研究の現場に限らず広く用いられる寒剤である。

[用語4] 電子分光法 : 光などにより物質にエネルギーを与えることで電子を叩き出し、そのエネルギー分布(スペクトル)を測定することで、物質中の電子の状態を調べる手法。

[用語5] 常伝導状態 : 超伝導と対の意味で使われる言葉で、電気抵抗がゼロでなく有限である状態。超伝導体でも転移温度以上では常伝導状態である。

[用語6] 独立駆動4探針電気伝導測定装置 : 独立に動かすことができる探針を4つ備えており、試料表面に針を接触させ、異なる探針の間に電気を流すことで試料の電気抵抗を測定することができる装置。本研究で使用した、超高真空下で動作し、冷却できるものは世界的に見ても珍しい。

[用語7] 液体ヘリウム : 液体窒素と並ぶ寒剤であり、より低温(-269 ℃)まで冷却できる。物性研究において、特に超伝導体や高磁場を発生する電磁石の冷却のために用いられるが、近年世界的に需給が逼迫している。

[用語8] 不純物ドーピング : 結晶の性質を変化させるために少量の不純物を添加すること。特に半導体では重要な操作で、電子の濃度を制御することで輸送特性を大きく制御できる。

[用語9] 量子コンピューター : 超伝導のような量子状態の重ね合わせと量子力学的相関を利用して、超高速計算を実現するコンピューター。従来のコンピューターでは天文学的な時間のかかる因数分解の問題などを数時間で解くことができる。

[用語10] マヨラナ粒子状態 : 粒子と反粒子が等しい粒子。非可換統計と呼ばれる性質を持つため、マヨラナ粒子同士の位置交換によって量子計算を行うことができると考えられている。

[用語11] 走査トンネル顕微鏡 : 鋭く尖った探針を物質の表面に近づけ、量子力学的なトンネル効果によって流れるトンネル電流を精度良く測定することで、表面の原子レベルの構造や電子の状態を測定する装置。

  • 論文情報
掲載誌 : Physical Review Letters
論文タイトル : Interfacial Superconductivity in FeSe Ultrathin Films on SrTiO3 Probed by In Situ Independently Driven Four-Point-Probe Measurements
著者 : Asger K. Pedersen, Satoru Ichinokura, Tomoaki Tanaka, Ryota Shimizu, Taro Hitosugi, and Toru Hirahara
DOI : 10.1103/PhysRevLett.124.227002別窓
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