応用化学系 News
コンパクトな量子線源となることを期待
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の長井圭治准教授、クリストファー マスグレイブ特任助教(現 ユニバーシティ カレッジ ダブリン)、庄司俊太郎大学院生の研究グループは、高分子電解質[用語1]を界面活性剤として用いたシャボン玉を鋳型として、レーザーの低密度ターゲットとなるスズ薄膜球を作成することに成功した。使用したスズの量は、シャボン玉1個あたり4.2 ナノグラムと少なく、原子数、サイズの制御性も高い。実際にレーザーを照射すると、金属スズと変わらない13.5 ナノメートル(nm)の極端紫外線の発光を確認できた。
高分子電解質の泡は、いわば極めて安定なシャボン玉であり、大量の製造に適している。今回開発した手法は、原理的にはスズだけでなく、他の元素にも適用できるため、レーザー式では開発が困難と考えられている6.x nmの光源や、がん治療などに用いられている炭素イオンビーム用のターゲットなどにも展開が可能である。
近年、高強度レーザー[用語2]の開発が進む一方で、レーザーの標的(ターゲット)の開発が遅れており、特に極低密度で、大量製造が可能な、安価なターゲットが求められている。本手法はこれらの条件を満たすものであり、その発展が見込まれる。
本成果は2020年4月3日付の『Scientific Reports』電子版に掲載された。
今世紀に入って、高強度レーザーの高出力化、高繰り返し化、低価格化が急速に進んでいる。こうした高強度レーザー技術を応用した量子線源の研究開発も盛んになり、EUでは大型レーザー施設の建設ラッシュが続いている。こうした高強度レーザーを集光して物質に照射すると、高温高密度状態を作ることが可能であり、この状態からは電子、イオン、X線などの量子線が高輝度に発生する。こうした方法は、レーザープラズマ方式と呼ばれる。レーザーのターゲットとしては、低密度材料の方が吸収の効率が良いため、軽石やスポンジのように穴の多い多孔質材料がしばしば用いられる。
このような大型加速器のコンパクト化を目標とした研究開発の一方で、レーザープラズマ方式の初の社会実装として、これよりも出力が弱いレーザーを用いた、13.5 nmの光源による半導体集積回路の製造が始まった。13.5 nmという波長は、X線よりもやや長波長の極端紫外線(Extreme Ultraviolet)[用語3]の範囲にあり、一昨年からSamsongやTSMCでこれを用いた生産が始まっている。
現在実用化されているEUV光源では、液体金属スズにプレパルスを照射して低密度化させている。開発段階では、この低密度化のプロセスで確実性に問題が生じ、光源開発が大幅に遅れた経緯がある。また次世代の6.x nm光源で用いられるガドリニウムは、高融点で液体金属化が困難であり、大型加速器によるリソグラフィーが提案されている。
こうした背景から、研究グループでは長年にわたり、レーザーターゲット用の低密度材料を開発してきたが、その製造コストや大量生産性に課題があった。
本研究では、シャボン玉という、容易かつ大量に製造できる低密度構造に着目した。シャボン玉の界面活性剤として高分子電解質を用いることで、安定性を向上させ、これを鋳型とすれば、レーザーターゲットとなる極低密度材料の大量生産を低コストで実現できることを示した。
このシャボン玉にスズナノ粒子を被覆して低密度スズ膜を形成させ、さらに重ね塗りしてスズの被覆量を増やした。こうして作成したスズ薄膜球を乾燥させたのちに、ネオジムヤグレーザーを照射した。その結果、最新の半導体リソグラフィーに用いられている13.5 nmの発光を確認することができ、発光量についても、金属スズにレーザーを照射した場合と同レベルを達成できた。
今回新たにシャボン玉を鋳型として作成された低密度スズ薄膜球のターゲットと、レーザーを組み合わせれば、コンパクトな13. 5 nmの光源ができる(ただし、リソグラフィーに用いるほどの高繰り返しには、デブリ除去などが技術的な課題である)。 さらに次世代の6.x nm光源の実現、さらに短い波長であるX線の高輝度化、がん治療用の炭素イオンビーム発生装置のコンパクト化も期待される。国内外の大型レーザー施設と共同研究も進めたい。
本研究は、文部科学省の「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出 ダイナミック・アライアンス事業」等の助成を受けて実施した。
[用語1] 高分子電解質 : 塩水や石けん水は電解質であり、電気を通す。これをプラスチック材料のような高分子にすると、薄膜化や固体化が容易となるため、多くの分野で応用されている。本研究では、シャボン玉の安定化のために高分子電解質を用いるため、LbLという技術を応用した。
[用語2] 高強度レーザー : レーザーはその原理上、無限小に集光することができる。世界的に進められている、レーザーの高強度化に向けた挑戦は、高強度に耐える材料が開発できるかどうかにかかっている。2018年には、パルス圧縮技術を発明したムル教授らにノーベル賞が授与された。またこれらの技術によって、レーザーの高出力化のみならず低コスト化も急速に進んでいる。THALES
[用語3] 極端紫外線(EUV) : 紫外線の中でもX線に近い短波長の光である。空気を含むほとんどの物質に吸収されるため、かつてはごく一部の研究者しか用いることがなかった。集積回路の微小化にともない、EUV光源の開発が久しく求められ、低密度のスズにレーザーを照射すれば良いことが、2003年ごろに明らかになったが、実用化するにはスズの低密度化とそのデブリ回収技術を成熟させる必要があった。昨年来、この低密度のスズターゲットが実用化され、半導体生産に本格的に用いられている。EE Times Japan
13.5 nm光源の次は6.x nm光源の開発が期待されているが、レーザープラズマ方式による6.x nm光の発生は原理実証段階にとどまっている。
掲載誌 : | Scientific Reports |
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論文タイトル : | Easy-handling minimum mass laser target scaffold based on sub-millimeter air bubble ―An example of laser plasma extreme ultraviolet generation― |
著者 : | Christopher S. A. Musgrave, Shuntaro Shoji, and Keiji Nagai |
DOI : | 10.1038/s41598-020-62858-3 |