応用化学系 News
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の伊藤繁和准教授が2019年度の日本中間子科学会奨励賞を受賞したと日本中間子科学会が3月9日、発表しました。同学会によると、奨励賞は「中間子科学の発展に貢献しうる優秀な論文を発表した会員」に対して授与し、その功績を称えることを目的としています。
授賞式および記念講演は、3月16日、日本中間子科学会総会で行われる予定でしたが、新型コロナウイルスのため延期になりました。
同学会によると、受賞テーマと受賞理由は次の通りです。
ジホスファシクロブタンビラジカルへのミュオニウム付加反応の解明
μSR(ミューエスアール)法は物性物理の分野では標準的な磁気測定法と認知されているが、化学分野において化学反応の詳細を知るためのプローブとして使う研究例は未だに非常に限られている。伊藤氏は物性有機化学、有機合成化学を専門とし、高周期典型元素(P、Si、Sなど)の特性を活かした有機化合物の合成、および、機能性物質の開発研究を進めてきた。その中で、リン複素環一重項ビラジカルは、p型有機電界効果トランジスタを作成できるなどの機能を持つことを見出した。その起源はリン複素環(4員環)部位に存在する2つのラジカル電子に由来しており、その性質の解明にはラジカル反応の利用が有効と考えられるが、複雑な後続反応が起こるために解析が困難であった。そこで、伊藤氏はμSR法に注目し、室温で安定であり半導体特性を示すジホスファアシクロブタジエン誘導体ビラジカルへのミュオニウム付加反応の解析に取り組んだ。ミュオン準位交差共鳴法(μLCR)実験により、2 kG 付近にμLCR 信号を見出し、第一原理(DFT)計算を併用することにより、リン複素環部位のリン原子へのミュオニウム付加が起こることを明らかにした。その後も、類縁化合物への展開を進めている。本研究は、有機合成化学分野の研究者が始めたミュオン科学への独自の取り組みであり、新しいラジカル反応を同定するなどの成果を上げていることから、2019年度の奨励賞にふさわしい業績として認められる。また、有機合成化学の研究者向けに執筆された総説記事もミュオン科学の普及のための活動として評価される。
加速器から産み出されるミュオンは、スピンの向きが揃った軽い陽子に相当する素粒子で、通常は観測が極めて難しい有機分子へのラジカル付加反応をみることができます。6年ほど前に私は、今回の研究対象であるリン複素環ビラジカルの特殊な分子構造とそれに由来する省電力半導体特性を解析するためのツールとして、このミュオンをつかう分光法が有効であると考え、門外漢とも言える有機化学の研究者でありながら、ミュオンをつかった研究に挑もうと決意しました。優秀な共同研究者と加速器施設スタッフの多大なサポート、そしてたくさんの先生方から激励をいただき、研究の過程で遭遇した困難にも打ち勝って、着手してから4年目に無事論文発表をすることができました。今回、大変光栄なことに日本中間子科学会奨励賞をいただけることになりましたが、これまでお世話になった方々のおかげであり、厚く御礼申し上げます。今回の受賞を励みとして、今後、有機化学と素粒子科学を組みあわせて新しい物質創成研究を進めていきたいと考えています。