応用化学系 News
省エネルギーコンピューティングに向けた大きな一歩
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の一杉太郎教授、清水亮太助教、渡邊佑紀大学院生(修士課程2年)らは、東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻の渡邉聡教授らと共同で、全固体リチウム電池と類似した薄膜積層構造を持ち、超低消費エネルギーと多値記録を特徴とするメモリ素子の開発に成功しました。
コンピュータの利用拡大とともにエネルギー消費量は増大し続けており、半導体素子の消費エネルギー低減は喫緊の課題です。研究グループは、全固体リチウム電池の構造と動作メカニズムに注目し、情報を電圧として記憶する低消費エネルギーの電圧記録型メモリ素子の開発に取り組みました。
本研究では、ニッケルを電極として用いた、全固体リチウム電池と同じ構造のメモリ素子を作製しました。その結果、消費エネルギーの低減に加えて、3種類の異なる電圧を記憶する3値記録メモリとしての動作を実現しました。これらの特徴は、界面に自発的に生成した極薄の酸化ニッケル膜とリチウムイオンの多段階反応によるものです。この成果は、超低消費エネルギーメモリ素子の実用化に向けた重要な指針となるだけでなく、固体内におけるリチウムイオン移動についての理論構築にもつながります。
本研究成果は11月20日(米国時間)に米国化学会誌「ACS Applied Materials and Interfaces」オンライン版に掲載されました。
情報化社会の急速な進展に伴い、コンピュータは目覚ましい発展を遂げています。それに伴い、コンピュータの利用拡大とともにエネルギー消費量は増大し続けており、半導体素子の消費エネルギー低減が求められています。
このような状況の中、研究グループは、一杉教授らがこれまで研究してきた全固体リチウム電池をもとにした低消費エネルギーの電圧記録型メモリ素子を着想しました。この素子は、電池における充電状態と放電状態をメモリの“1”と“0”に対応させるものであり、開放端電圧[用語1]が変化するメモリ素子と考えることができます。
全固体リチウム電池は、正極材料、固体電解質、リチウム金属負極が積層した構造と見なすことができ、正極材料にリチウムイオンが出入りすることによって、開放端電圧が変化します。携帯電話等で利用するリチウムイオン電池では、電池容量[用語2]が大きいほど、正極材料に出入りするリチウムイオンの量が大きくなるため、電池の持ちが良くなり、利便性が高まります。そのため、通常の電池応用では電池容量を大きくすることが求められますが、メモリ素子への応用を考える場合には、電池容量が小さいほど消費エネルギーが小さくなり、優れたメモリ素子となります。電池容量は正極材料によって決まるため、低消費エネルギー化を実現するには、正極材料として適切な材料を選択する必要があります。
本研究では、半導体素子作製技術として汎用的なスパッタリング法などの薄膜作製手法を活用しました。また、低電池容量を実現するための正極材料として、リチウムと合金を形成しないニッケルを選択しました。ニッケル下部電極(Ni)上に固体電解質薄膜(Li3PO4)を形成し、その上にリチウム薄膜(Li)を形成することで、積層構造のメモリ素子を作製しました(図1)。その結果、ニッケル下部電極上に極薄の酸化ニッケル(NiO)が自発的に形成し、非常に容量が小さい全固体リチウム電池として動作することが明らかになりました。つまり、メモリ素子として動作することを実証したことになります。
メモリ動作に要した消費エネルギーを算出したところ、8.8 × 10−11 J/µm2となり、これは、現行のパソコンに使用されているDRAM(> 4 × 10−9 J/µm2)の1/50程度の値に相当します(表1)。また、このメモリが3種類の異なる電圧状態を記録でき、3値記録メモリ[用語3]としての動作を実現していることがわかりました(図2)。これは記録の高密度化に繋がる結果です。
リチウムイオン移動量 [C/µm2] |
消費エネルギー[J/µm2] |
|
---|---|---|
本メモリ素子 |
4.4 × 10−11 |
8.8 × 10−11 |
DRAM |
― |
> 4 × 10−9 |
こうした3種類の安定状態(低電圧、中電圧、高電圧状態)のうち、最も安定な状態を探るために、作製したメモリ素子を加熱し、60 ℃と100 ℃でメモリ動作を試みました。その結果、中電圧状態が最も安定であることを確認しました。
また、ラマン分光測定を用いて消費エネルギーの低減と多値記録の発現が、ニッケル電極上に生じた極薄の酸化ニッケル膜と、固体電解質内を移動するリチウムイオンの間で発生する多段階反応に起因していることを明らかにしました。
今回の研究では、電圧記録型メモリ素子の基盤を構築することができました。さらに、多段階反応を伴う電極材料を用いることで、多値記録メモリとしての動作が可能になることを明らかにしました。メモリ素子の消費エネルギー低減や記録の高密度化は、コンピュータの省エネルギー化の鍵であり、今回の成果は、そうした特性をそなえたメモリ素子の実用化を目指す上での大きな一歩です。今後は、電池容量を究極に小さくした電池を作製することにより、電圧記録型メモリ素子のさらなる低消費エネルギー化が可能になります。さらに、人工知能技術のさらなる発展に向け、人間の脳の動きを模倣した脳型コンピュータへの応用も期待されます。
本成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST、さきがけ)、日本学術振興会(JSPS)科研費の支援を受けて行われました。
[用語1] 開放端電圧 : 回路を電流が流れていない時の2電極間(正極-負極間)の電位差のこと。一般には、起電力と同義である。
[用語2] 電池容量 : 電池が溜めることのできる電気量のこと。ここでは、(メモリ素子の消費エネルギー)=(印加電圧)×(電池容量)となるため、電池容量を少なくすることは消費エネルギー低減につながる。
[用語3] 3値記録メモリ :一般的なメモリ素子は“0”と“1”の2つの状態を保持するのに対し、保持する状態が3状態あるメモリ素子のこと。1素子で3つの値を記録することができるため、記録の高密度化が期待できる。
掲載誌 : | ACS Applied Materials and Interfaces |
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論文タイトル : | Low energy consumption three-valued memory device inspired by solid-state batteries |
著者 : | Yuki Watanabe, Shigeru Kobayashi, Issei Sugiyama, Kazunori Nishio, Wei Liu, Satoshi Watanabe, Ryota Shimizu, and Taro Hitosugi |
DOI : | 10.1021/acsami.9b15366 |
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授
一杉太郎
E-mail : hitosugi.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2636
東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 教授
渡邉聡
E-mail : watanabe@cello.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-7135