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有機薄膜太陽電池を使った高活性光触媒の作成に成功

可視光に応答する光触媒の性能向上に期待

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2019.10.16

要点

  • 有機薄膜太陽電池の片側の電極を剥がし、有機材料を付与して有機光触媒を作成
  • 可視光照射で高効率の光酸化反応を実現
  • 一方向の高効率電子輸送を酸化に利用

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の長井圭治准教授、金沢大学 理工研究域 物質化学系の故桑原貴之准教授、髙橋光信教授、同 ナノマテリアル研究所の辛川誠准教授らの研究グループは、遷移金属を含まない有機薄膜太陽電池(OPV)[用語1]アノード電極[用語2]を物理的に剥がし、触媒を付与することで高効率な光触媒として作用させることに成功した。

現在用いられている酸化チタンを使用する光触媒は、紫外線にしか応答しないため、東京工業大学の研究グループはこれまで、遷移金属を全く含まない有機材料で、可視光に応答する光触媒を開発してきた。本研究では、金沢大学で開発された逆型有機薄膜太陽電池[用語3]のアノード電極を物理的に剥離させ、この表面に有機材料であるフタロシアニン[用語4]という青色色素を蒸着させることで、大きな酸化力を持つ光触媒を得ることに成功した。

今回開発された独創的な新手法は、可視光照射で高効率に光酸化反応を起こすことを可能にするものであり、従来にない用途を持つ新しい光触媒の設計につながると期待される。

本成果は2019年10月1日付(英国時間)の英国王立化学会速報誌『Chemical Communications』電子版に掲載された。

背景

近年、地球に降り注ぐ莫大な量の太陽光エネルギーの有効活用が求められる中で、太陽光発電や光触媒による水素生成などが実用化され、普及が進められている。

しかし、現在実用的に用いられている酸化チタンを使用する光触媒は紫外線にしか応答しない。そのため、可視光に応答する光触媒の研究が盛んに行われており、さまざまな遷移金属の複合化が検討されている。一方で有機材料は、可視光応答化が容易な一方で不安定であるという理由から、これまで水中や空気中で光触媒として働かせることは困難であった。

研究成果

研究グループでは、フタロシアニンという有機材料を用いたp型半導体とn型半導体の接合が、光触媒として利用できることを発見し、この10年以上検討を進めている。近年は、欧州のグループもこの分野に本格参入する中、東京工業大学の長井准教授は、さらなる低コスト化を図った大量生産法を開発し、企業に技術移転している。

一方で金沢大学では、逆型有機薄膜太陽電池という太陽電池の開発を進め、社会実装試験を進めてきた。これは、大気中で製造可能で封止をせずに安定に作動するタイプであり、これまでの太陽電池に比べて圧倒的に材料・製造コストが低く、軽量で、毒性が低いという特徴がある。

今回の研究では、この両技術を複合化し、酸化電位の利得を大きく得ることに成功した。具体的には、逆型有機薄膜太陽電池の電極の片側であるアノード電極を物理的に剥離させ、この表面にフタロシアニンを8 nm蒸着させた。その結果、通常のp-n接合よりも大きな酸化力を持つ有機光触媒[用語5]が得られた。この有機光触媒は、銀塩化銀標準電極に対して-0.35 Vという、通常は酸化反応の起こりにくい負の電位で酸化反応を起こすことが確認された。太陽電池骨格を母材とするため、一方向的な電子輸送が起こる。そのため、表面では酸化反応のみが起こる。

逆型有機薄膜太陽電池(左)と今回用いた光触媒電極(右)

図1 逆型有機薄膜太陽電池(左)と今回用いた光触媒電極(右)

今回開発した有機光触媒を用いた有機分子(チオール)の酸化反応を示す電流電位曲線フタロシアンを付与しない場合(左図)、光照射有り無しのどちらでも酸化反応が起こらない。フタロシアニンを付与させた場合(右図)、可視光照射で-0.35 V(銀塩化銀電極標準)からチオールの酸化が観測された。

  1. 図2今回開発した有機光触媒を用いた有機分子(チオール)の酸化反応を示す電流電位曲線フタロシアンを付与しない場合(左図)、光照射有り無しのどちらでも酸化反応が起こらない。フタロシアニンを付与させた場合(右図)、可視光照射で-0.35 V(銀塩化銀電極標準)からチオールの酸化が観測された。

今後の展開

新たに作成された新型の有機光触媒は、可視光照射で高効率に酸化反応を引き起こす能力を有する。この成果により、設置と片付けが容易なため、従来にない用途を持つ新しい光触媒の設計が可能になると期待される。

付記

本研究は、文部科学省の「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出 ダイナミック・アライアンス事業」等の助成を受けて実施した。

  • 用語説明

[用語1] 有機薄膜太陽電池(OPV) : 現在用いられているシリコンではなく、プラスチックなどの有機材料で太陽電池を作る試みは、ノーベル賞受賞者の白川英樹博士による導電性高分子の発明直後から始まった。今世紀になって、新材料の開発やナノ構造の精密な制御により、著しく効率が上昇することが明らかになり、「軽くて曲げられる太陽電池を塗布プロセスで」製造する研究が社会実装レベルで進められている。

[用語2] アノード電極 : 酸化反応が行われる電極。

[用語3] 逆型有機薄膜太陽電池 : OPV研究では、効率を重視した構造の最適化が行われてきたが、近年は長時間の安定性が重視されている。OPVでも正極と負極があるが、金沢大学の髙橋教授や故桑原准教授らは、この積層順番を従来開発のOPVと入れ替えた逆型有機薄膜太陽電池では安定性が極めて向上し、生産を大気下で行えるとともに、長時間使用時の安定性が高いことを世界に先駆けて明らかにした。

[用語4] フタロシアニン : 新幹線の青色に用いられている有機色素である。紫外線や放射線にも抜群の耐候性を示すことから、航空機表面の塗装にも使われて効果をあげている。フタロシアニンの多くがp型半導体となる。

[用語5] 有機光触媒 : 現在開発されている光触媒のほとんどは遷移金属を主成分とする無機光触媒であるが、東京工業大学の長井准教授らは、金属を含まない有機光触媒の開発を進めてきており、高分子膜型やナノ粒子型の有機光触媒で悪臭の分解が可能なことを実証してきた。少量の遷移金属触媒を付与することにより、水分解も可能である。またナノ粒子型は市販もされている。

  • 論文情報
掲載誌 : Chemical Communications
論文タイトル : High performance photoanodic catalyst prepared from an active organic photovoltaic cell - high potential gain from visible light
著者 : Keiji Nagai, Takayuki Kuwabara, Mohd Fairus Ahmad, Masahiro Nakano, Makoto Karakawa, Tetsuya Taima, Kohshin Takahashi
DOI : 10.1039/c9cc04759j別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所 准教授 長井圭治

E-mail : nagai.k.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5266

金沢大学 ナノマテリアル研究所
准教授 辛川誠

E-mail : karakawa@staff.kanazawa-u.ac.jp
Tel : 076-264-6292

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