応用化学系 News
未知物質の探索に活用できる新たな周期表の誕生
東京工業大学 科学技術創成研究院の塚本孝政助教、春田直毅特任助教(現 京都大学 福井謙一記念研究センター 特定助教)、山元公寿教授、葛目陽義准教授、神戸徹也助教らの研究グループは、コンピューターシミュレーションを用いた理論化学的手法[用語1]に基づき、分子などの微小な物質(ナノ物質)が持つエネルギー状態[用語2]を記述する「対称適合軌道モデル[用語3]」を開発した。このモデルは、ナノ物質が持つ様々な幾何学的対称性[用語4]に着目することで、それらの形状や性質などを正確に予測する。さらに、この理論モデルにより、複数の原子からなる高次の物質の間にも元素のような周期律が存在することを発見し、この周期律を元素周期表[用語5] と類似の「ナノ物質の周期表[用語6]」として表すことに初めて成功した。
今回の研究により、元素周期表の発見から150周年の節目にあたる国際周期表年に、全く新しい高次の周期表が発見されたことになる。この周期表に従ってナノ物質の設計や探索を行うことで、将来的には、今まで発見されてこなかった未知の物質や新たな機能材料の創出が期待できる。
この研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「山元アトムハイブリッドプロジェクト(山元公寿 研究総括)」で実施された。本成果は、2019年8月19日発行の英科学雑誌Nature Publishing Groupの「Nature Communications」オンライン版に掲載された。
メンデレーエフが元素周期表を提案してから150周年を迎えた2019年は、「国際周期表年」として宣言されている。原子が持つ物理的・化学的性質の周期的な変化(周期律)を表す元素周期表は、これまで自然科学の発展に大きく貢献してきた。現在までに、118種類もの元素が発見され、元素周期表に加えられている。今日では、この周期律の起源は、原子の電子配置[用語7]にあることが明らかになっている。
従来の周期表では、単一の原子の性質が扱われているが、複数の原子からなる高次の物質でもこのような周期律が発見されれば、物質科学の世界において非常に有用な指標となる。しかし、このような原子より大きなスケールの物質では、その性質を支配する原理や法則は見出されていなかった。原子とは異なり、大きさ・組成・形などの様々な要素を持っており、単純には分類できないためである。
塚本孝政助教、春田直毅特任助教、山元公寿教授らの研究グループは、微小な物質(ナノ物質)が持つ幾何学的対称性(形)に着目し、コンピューターシミュレーションと群論[用語8]を応用することで、様々なナノ物質のエネルギー状態(電子軌道)を正確に予測する「対称適合軌道モデル」を開発した。このモデルに基づき、ナノ物質を評価することで、形状・性質・安定性などの系統的な予測が可能となった。
またこうした取り組みの中で、ナノ物質の持つ複数の電子軌道が幾何学的対称性ごとにある一定の法則に従うこと、つまり周期律があることも明らかになった(図1)。原子の場合と同様に、ナノ物質の性質も電子配置(すなわち電子軌道の埋まり方)によって決まる。今回発見された新たな周期律を、ナノ物質が持つ要素(原子数・電子数・元素種など)ごとにまとめることで、元素周期表に類似した「ナノ物質の周期表」として表すことに初めて成功した(図2)。この「ナノ物質の周期表」は、従来の元素周期表に現れる「族」「周期」に加え、「類」「種」という新たな軸を持つ多次元の周期表で、既に知られている実在の化学物質や天然物に加えて、未発見のナノ物質も含まれている。こうした高次の周期表は、ここに示すものだけでなく、ナノ物質の持つ幾何学対称性ごとに異なるものが存在する。
ナノ物質を構成する原子の個数や元素の種類、元素の比率には、無限大の組み合わせが存在する。今回見つかった「ナノ物質の周期表」を指針とすることで、その無限大の組み合わせの中から、今まで検討されてこなかった未知の物質や新たな機能材料の発見が期待できる。
山元公寿教授、塚本孝政助教のコメント
あらゆる物質は原子の集合からできており 、原子のように性質を予測することは難しいと言われてきました。今回私たちは、物質の対称性に焦点を当てた理論モデルを開発することで、物質の電子状態が一定の法則にしたがうことを明らかにしました。さらに、このモデルを基に、従来の元素周期表にある「族」、「周期」に加え、「類」、「種」という新しい軸を加えた「ナノ物質の周期表」を書き表すことができました。
メンデーエフの元素の周期表誕生から150年に当たる本年に、ナノ物質の周期表を発表することができたことを喜ばしく思います。この次世代型の新しい周期表に従って、未知の物質や新しい機能を備える材料の発見に向け、サイエンスを追求していきます。
[用語1] 理論化学的手法 : 数学や物理学、コンピューターシミュレーションなどを駆使することで、実験室で実験を行うことなく、物質の性質を明らかにする方法論のこと。実験で得られるデータを精緻に解釈したり、新たな化学現象を予測したりするのに用いられる。
[用語2] エネルギー状態 : 原子や分子などの物質は、正電荷を持つ原子核と負電荷を持つ電子の集まりで構成される。各電子は、原子核の周りに広がる軌道に収まる。軌道には様々な形があり、それぞれが異なるエネルギーを持つ。このように軌道は、電子がとりうる各エネルギー状態という意味を持つ。2個の電子までが同じ軌道に入ることができる。
[用語3] 対称適合軌道モデル : ナノ物質が持つ幾何学的対称性に着目し、群論を応用することで構築された理論モデル。ナノ物質のエネルギー状態を予測し、また特定の形や性質を持ったナノ物質の設計を行うこともできる。
[用語4] 幾何学的対称性 : 物質が持つ対称性は、左右対称といった幾何学的な性質で測られることから、幾何学的対称性と呼ばれる。正四面体・正八面体・正二十面体などの形をした物質は、特に幾何学的対称性が高い。最も高い幾何学的対称性は球対称(球)であり、物質を構成する最小単位である原子は球対称である。一方で、分子などのナノ物質は複数の原子から構成されるため、球対称よりも低い幾何学的対称性しか持つことはできない。
[用語5] 元素周期表 : 元素の物理的・化学的性質は、原子番号に従ってある一定の周期で変化することが知られている。これを基に、「族」と「周期」という二つの軸を持たせて、元素を分類・配置したものを元素周期表という。1869年にロシアの化学者メンデレーエフにより提唱された。2019年は、元素周期表の発見からちょうど150周年であり、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)により「国際周期表年(IYPT2019)」として宣言されている。
[用語6] ナノ物質の周期表 : 「対称適合軌道モデル」から見出される、大きさ・組成・形に関する周期律に基づいて、ナノ物質を分類・配置した表。「族」「周期」「類」「種」という複数の軸を持つ、多次元の周期表である。従来の周期表と同様に「族」「周期」はナノ物質の電子配置を識別し、加えて「類」はナノ物質の構成原子数、「種」は構成元素種を識別する。ナノ物質の幾何学的対称性(形)ごとに異なる周期表が存在する。
[用語7] 電子配置 : 元素固有の性質は、原子が持つ軌道にどのように電子が入るかによって決まる。これを電子配置と呼び、元素の性質に周期性が現れる要因ともなっている。一方で、ナノ物質の性質も電子配置によって決まるが、物質によって電子軌道の持つエネルギーが大きく異なるため、その性質に周期性は現れない。
[用語8] 群論 : 代数学の概念の一つである「群」を取り扱う学問。「群」とは、ある条件を満たす数学的集合のことで、フランスの数学者ガロアにより着想された。群論は数学の世界にとどまらず、物理学や化学をはじめとする幅広い分野で応用されている。本研究では、ナノ物質の持つ幾何学的対称性と電子軌道との関係について、群論を用いて考察することで、ナノ物質の新たな分類に成功した。
掲載誌 : | Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ) |
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論文タイトル : | Periodicity of molecular clusters based on symmetry-adapted orbital model(対称適合軌道モデルに基づいた分子クラスターの周期律) |
著者 : | Takamasa Tsukamoto, Naoki Haruta, Tetsuya Kambe, Akiyoshi Kuzume, Kimihisa Yamamoto |
DOI : | 10.1038/s41467-019-11649-0 |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院
教授 山元公寿
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