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ナノ電線作製目指すガイドライン 「教師なし機械学習」利用で実現

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2018.08.01

  • 微小電線などのナノ材料の開発に必要な、分子が集合体を形成する過程を予測するガイドラインを導き出すことに成功。
  • 「教師なし学習」を用いた画期的な予測方法。

京都大学 高等研究院 物質―細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)のダニエル・パックウッド(Daniel Packwood)講師と東京工業大学 物質理工学院の一杉太郎(ひとすぎたろう)教授は、機械学習を使って、金属基板上の分子の配列を予測するガイドラインを作ることに成功しました。機械学習には「教師あり」学習と「教師なし」学習の二通りあり、今回は、正解と不正解のデータを事前に学習しない、「教師なし機械学習」の方法で予測する点で意義があります。この得られたガイドラインは、電気配線や電子回路として利用可能な微小な構造の作製につながり、微小デバイス(ナノエレクトロニクス)開発の加速が期待できます。

基板上に付着した分子は、分子間引力によって集合し、微小な構造(=超分子構造)を自発的に形成します。この現象はナノエレクトロニクス開発に向けて注目を集め、微小な電気配線(ナノ電線)や、電子素子として利用可能な超分子構造を作る際に活用できる可能性があり、研究活動が活発になっています。しかし、分子を望み通りの構造に自発的に集合させるためのガイドラインが存在せず、応用への展開がなかなか進まないのが実情です。

本研究では、数理科学・理論化学を専門とするパックウッド講師が、材料科学を専門とする一杉教授と共同研究を行いました。そして機械学習を活用し、基板上の分子を望み通りに集合させるためのガイドラインを作成しました。この機械学習は、分子の化学的特徴とその分子の集合過程がどのように関わっているかを学習して、その結果を図式的にまとめるものです。そして、この図を解析することにより、ガイドラインを導きました。これにより、例えば、電気配線として利用可能な直線状の超分子構造を形成する際に、どのような分子を用いれば良いのか予測することができます。

今回の成果は、微小なデバイスにおいて必要な部品(微小電気配線など)を形成することにつながるので、ナノエレクトロニクス開発の加速が期待できます。将来的に、ロボットや柔らかいディスプレー、または超低消費電力デバイスの実現に寄与することが期待できます。

英国時間2018年6月25日午前10時(日本時間午後6時)に英オンライン科学雑「Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)」で公開されました。

背景

エレクトロニクスデバイスのさらなる小型化・高集積化が要望される中、分子の「自己組織化」が注目を集めています。分子自己組織化(図1)とは、基板に蒸着した分子が互いに引き合って集合し、微小な構造(=超分子構造[用語1])を自発的に形成することです。この超分子構造は様々な形状になりますが、電気配線や電子回路として利用可能な超分子構造を形成するには、分子を望み通りの形に集合させる必要があります。

(A)分子自己組織化の簡単な説明。基板表面に付着した分子は互いに引き合い(引力相互作用)、集合する。そして超分子構造が形成される。緑色の矢印は分子間の引力相互作用を示す。(B)走査トンネル顕微鏡で観察した超分子構造の例(橙色の部分)。基板として金属銅を用いている。電気配線として利用可能な超分子構造は青色の点線で示す。(C)電子回路のイメージ図。黄色の線が電気配線である。ナノエレクトロニクスでは、電子回路の電気配線を超分子構造で代替することが重要である。例えば、赤色で示す配線を直線状の超分子構造に代替することが考えられる。

図1. (A)分子自己組織化の簡単な説明。基板表面に付着した分子は互いに引き合い(引力相互作用)、集合する。そして超分子構造が形成される。緑色の矢印は分子間の引力相互作用を示す。(B)走査トンネル顕微鏡で観察した超分子構造の例(橙色の部分)。基板として金属銅を用いている。電気配線として利用可能な超分子構造は青色の点線で示す。(C)電子回路のイメージ図。黄色の線が電気配線である。ナノエレクトロニクスでは、電子回路の電気配線を超分子構造で代替することが重要である。例えば、赤色で示す配線を直線状の超分子構造に代替することが考えられる。

分子自己組織化はナノメートルスケール(ナノは10-9)で起きるので、分子の集合過程を実験機器で制御することが簡単ではありません。例えば、分子を直線状に並べたいとします。その方法として、まずは分子の種類を選び、選んだ分子は、有機合成化学を用いて分子の種類を少しずつ系統的に変え、それらの分子の集合過程を観測することが活発に行われています(図2)。このアプローチで多くのデータが収集されましたが、分子の種類と基板種類の組み合わせは膨大であり、分子集合過程の理解は未解明のままです。したがって、分子種から集合状態を予測するガイドラインの構築が強く求められています。

分子の種類によって基板上の分子集合過程および超分子構造の形状が変わる。この図は二つの分子種類((A) dibromo-bianthracne, (B) dimethyl-bianthracene)の集合過程を比較する。(A)と(B)では赤色の円内の原子種が異なっている(Brは臭素、CH3はメチル基をあらわす)。

図2. 分子の種類によって基板上の分子集合過程および超分子構造の形状が変わる。この図は二つの分子種類((A) dibromo-bianthracne, (B) dimethyl-bianthracene)の集合過程を比較する。(A)と(B)では赤色の円内の原子種が異なっている(Brは臭素、CH3はメチル基をあらわす)。

研究内容と成果

本研究では、「教師なし機械学習」を活かして、金属基板上の分子が望み通りに集合させるためのガイドラインを構築しました。

教師なし機械学習では、様々なオブジェクト(対象物)をコンピュータで比較して、それらを共通の特徴によって分類します(図3)。「教師あり機械学習」とは異なり、事前に準備した正解と不正解のデータを参考にせず、オブジェクトの共通特徴を自動的に認識します。しかし、教師なし機械学習では、それぞれのオブジェクトがどの程度似ているかを事前に定量化しなければならないので、すぐに使えるものではありません。

教師なし機械学習の簡単な説明。様々なオブジェクト間の類似性がアルゴリズムにインプットされる。アルゴリズムはそれを分析して、オブジェクトの共通特徴を自動的に認識する。アルゴリズムのアウトプットは、共通特徴によって分類されているオブジェクトである。同じ区分に入っているオブジェクトは近い特徴を持ち、別の区分に入っているオブジェクトは、それらとは異なる特徴を持つ。

図3. 教師なし機械学習の簡単な説明。様々なオブジェクト間の類似性がアルゴリズムにインプットされる。アルゴリズムはそれを分析して、オブジェクトの共通特徴を自動的に認識する。アルゴリズムのアウトプットは、共通特徴によって分類されているオブジェクトである。同じ区分に入っているオブジェクトは近い特徴を持ち、別の区分に入っているオブジェクトは、それらとは異なる特徴を持つ。

本研究では、オブジェクトを分子の種類とし、特徴を分子集合過程で形成する超分子構造とした。それぞれの分子の種類がどのぐらい似ているかを定量化するために、分子自己組織化に対する数理モデル[用語2]を数学的に分析しました。そして、分子種類に対する距離函数[用語3]を新たに導出することに成功して、教師なし機械学習の実行を可能にしました。

教師なし機械学習を実行すると、分子の種類を集合過程によって分別する図(=デンドログラム)が出力されました(図4)。このデンドログラムにより、基板上の分子を望み通りに集合させるためのガイドラインが浮かび上がります。例えば、デンドログラムの区分iiに分類された分子が望ましいことが分かります。なぜなら、区分iiに入っている分子種類は二つの分子集合過程(直線上の超分子構造、またはV文字に似ている超分子構造を形成する集合過程)が可能であり、どちらの超分子構造も微小電気配線として利用可能です。さらに、区分iiに入っている分子種類のすべては弱電気陰性[用語4]があるので、それが重要ということが分かります。また、デンドログラムの区分ivより、電子回路の一部として利用可能な超分子構造を形成するためには、水素結合[用語5]が形成する分子を利用すれば良いというガイドラインも得られました。この研究成果は、分子が望み通りに集合されるためのガイドラインを理解しやすい形でまとめることであり、ナノエレクトロニクス開発を加速することが期待できます。

教師なし機械学習からアウトプットしたデンドログラム。分子の種類は4つの区分によって分類され、区分中の共通特徴が青文字で示す。すべての分子種類はほぼ同じ構造を持っているが、右上図で示すように赤色のところだけが異なる。区分iiまたは区分ivから形成可能な超分子構造を図中に示した(コンピュータ生成イメージ、灰色の球=炭素原子、白色の球=水素原子、緑色の球=塩素原子、暗赤色の球=臭素原子、赤色の球=酸素原子)。電子回路中でその超分子構造を活用できる場所を下左の赤い四角で示す。

図4. 教師なし機械学習からアウトプットしたデンドログラム。分子の種類は4つの区分によって分類され、区分中の共通特徴が青文字で示す。すべての分子種類はほぼ同じ構造を持っているが、右上図で示すように赤色のところだけが異なる。区分iiまたは区分ivから形成可能な超分子構造を図中に示した(コンピュータ生成イメージ、灰色の球=炭素原子、白色の球=水素原子、緑色の球=塩素原子、暗赤色の球=臭素原子、赤色の球=酸素原子)。電子回路中でその超分子構造を活用できる場所を下左の赤い四角で示す。

今後の展開

今回の成果は、微小デバイスにおいて必要な部品(微小電気配線など)を形成することにつながるので、ナノエレクトロニクス開発を加速することが期待できます。将来的に、ロボットや柔らかいディスプレー、または超低消費電力デバイスの実現に寄与することが期待できます。

研究プロジェクトについて

本成果は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)およびチーム型研究(CREST)、科研費新学術公募研究(ナノ構造情報のフロンティア開拓)の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 超分子構造:数多くの分子が非共有結合によって会合し、独自のまとまった構造・機能を生み出している分子集合体。

[用語2] 分子自己組織化に対する数理モデル:金属上の分子の集合過程(分子自己組織化)を再現できるコンピューターアルゴリズム。

[用語3] 距離函数:集合の二点間の距離を定義する函数。

[用語4] 弱電気陰性:原子が化学結合を作るとき電子対をひきつける強さが弱い性質。

[用語5] 水素結合:電気陰性度の高い二個の原子が水素原子を介して結びつく化学結合。

論文情報

掲載誌 : Nature Communications
論文タイトル : Materials informatics for self-assembly of functionalized organic precursors on metal surfaces
著者 : Daniel M. Packwood and Taro Hitosugi
DOI : 10.1038/s41467-018-04940-z 別窓
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お問い合わせ先

(研究内容について)

京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点
講師 ダニエル・パックウッド

E-mail : dpackwood@icems.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-753-9771

(京都大学iCeMSについて)

京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点
パブリックエンゲージメントユニット
髙宮泉水

Email : pe@icems.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-753-9764

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