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省電力半導体の実現に有用な複素環化合物を開発

フッ化水素の検知物質としても利用可能

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2016.05.12

要点

  • ベンゼン誘導体からふたつの水素を取り去った「アライン」を利用して、結合不足状態にある複素環化合物を安定的に合成
  • 合成した結合不足化合物はしきい値電圧の低い有機トランジスタとして機能
  • フッ化水素の高視認性感知物質としても有用

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の伊藤繁和准教授、植田恭弘大学院生、三上幸一教授のグループは、ベンゼン誘導体からふたつの水素を取り去った化学種である「アライン」にリンを含む環状アニオン化学種を組み合わせる化学反応によって、結合不足(開殻一重項)状態にある複素環化合物を安定的に合成する手法を開発した。

合成した複素環化合物はしきい値電圧の低い有機トランジスタとして機能できるため、省電力電子デバイス等への応用が期待される。また、フッ化水素を容易に検知できる材料としても有用である。

成果は5月2日、ドイツの化学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。

背景

ふたつのラジカル[用語1]を含む複素環化合物[用語2](1,3-ジホスファシクロブタン-2,4-ジイル、図1)は、リン原子の効果によってふたつのラジカル電子が反平行となった一重項状態[用語3]にある。このような「結合の足りない」状態は開殻一重項とも呼ばれ、極めて不安定であるのが普通だが、適切に置換基を配置することによって空気中でも扱えるようになる。我々は以前、この開殻一重項複素環化合物がp型半導体[用語4]としての性質を示し、しきい値電圧の低い電界効果トランジスタ[用語5]として機能することを見出していた。

開殻一重項複素環化合物の構造式と写真

図1. 開殻一重項複素環化合物の構造式と写真

安定した化合物を得るための方法として、複素環開殻一重項分子のリン上に芳香族構造[用語6]を導入すると、分子の特性を制御することができることがわかっていた。その方法として我々は芳香族求核置換反応[用語7]を見出しているが、導入できる置換基が電子不足な芳香族置換基に限られ、p型半導体として有用な複素環開殻一重項構造を活用できる化合物を合成するには不向きであった。

研究の経緯

導入できる置換基が電子不足な芳香族置換基に限られていた理由は、合成前駆体である複素環アニオン[用語8]の求核性が低いためであった。

そこで今回我々は、ベンゼンからふたつの水素を取り去った「ベンザイン」の求電子性に着目した。ベンザインは、ひずんだ炭素-炭素三重結合構造を含む極めて不安定な化学種として古くから知られており、その反応化学を利用して有用な有機化合物が数多く合成されている。高い求電子性を示すベンザインを導入する置換基として用いれば、合成前駆体の複素環アニオンが問題なく反応して安定した化合物が得られると考えた。

研究成果

まずグラムスケールで合成供給可能なホスファアルキン[用語9]とアルキルリチウムから誘導したリン複素環アニオンを調製した。次にこれに反応させるアライン(ベンザイン構造を持つ分子種)の発生法を種々検討したところ、温度を注意深く制御しながら2-シリルトリフレートとフッ化物イオン試薬による発生法を適用することによって、複素環アニオンに芳香族構造が効率よく導入され、対応する開殻一重項化合物を空気中で安定的な濃青色固体として得ることに成功した。

用いるアライン前駆体の構造を変更すると、導入できるアリール構造[用語10]を変化させることができる(図2)。

得られたリン複素環開殻一重項化合物の溶液を用いて簡便なドロップキャスト法[用語11]で電界効果トランジスタ素子を作成したところ、しきい値電圧-4 Vでp型の半導体挙動を示した。また、フッ化水素(HF)を付加すると色調が黄色に変化し、塩基を作用させればフッ化水素がはずれて元に戻るため、フッ化水素検知物質ともなる(図3)。

開殻一重項複素環化合物の合成スキームと合成した誘導体のX線構造

図2. 開殻一重項複素環化合物の合成スキームと合成した誘導体のX線構造

フッ化水素(HF)の脱着による色調変化

図3. フッ化水素(HF)の脱着による色調変化

今後の展開

今回開発したアラインを用いる開殻一重項複素環化合物の合成法を活用することで、より安定で性能の高い有機半導体やセンシング材料の開発につながると期待される。

用語説明

[用語1] ラジカル : 不対電子をもつ分子種。フリーラジカル、遊離基ともいわれ、一般に不安定である。

[用語2] 複素環化合物 : 炭素以外に他の原子1個以上を含んだ環状構造(複素環)をもつ化合物。ヘテロ環化合物ともいわれる。

[用語3] 一重項状態 : 全スピン量子数がゼロの状態。電子のスピン量子数は1/2で、反平行(1/2と-1/2)だとゼロになる。

[用語4] p型半導体 : 導電に寄与するキャリアが正孔(ホール)である半導体。

[用語5] 電界効果トランジスタ : Field Effect Transistor(FET)のこと。ゲート、ソース、ドレインの3種類の端子から構成され、ゲート端子に電圧をかけると、ソース・ドレイン端子の間に電流が流れる仕組みである。このとき、ゲート端子にかける最小電圧をしきい値電圧という。

[用語6] 芳香族構造 : ベンゼンや、ベンゼンと同様の化学的性質を示す分子構造。

[用語7] 芳香族求核置換反応 : ベンゼンなどの芳香族芳香環上にある置換基が、電子を豊富にもつ求核試薬の攻撃を受けて置き換えられる反応のこと。

[用語8] アニオン : 陰イオンなどとも呼ばれ、負の電荷をもつもの。

[用語9] ホスファアルキン : リンと炭素の三重結合を含む化合物。メチンホスフィンやホスファニトリルなどとも呼ばれる。リンと炭素の三重結合を含む星間分子も知られている。

[用語10] アリール構造 : 芳香族性をもつ炭化水素構造。

[用語11] ドロップキャスト法 : 電界効果トランジスタ素子を作成する方法のひとつで、ソース・ドレインを装着した基板に溶液を塗布する。下図参照。

ドロップキャスト法

論文情報

掲載誌 : Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル : Access to Air-Stable 1,3-Diphosphacyclobutane-2,4-diyls by an Arylation Reaction with Arynes
著者 : Yasuhiro Ueta, Koichi Mikami, Shigekazu Ito
DOI : 10.1002/anie.201601907 別窓
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准教授 伊藤繁和

Email : ito.s.ao@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2143 / Fax : 03-5734-2143

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