生命理工学系 News
精密なタンパク質デザインで芳香族アミノ酸残基の動きを制御
東京科学大学(Science Tokyo)※ 生命理工学院 生命理工学系の菱川湧輝博士と上野隆史教授(生命理工学コース 主担当)らは、東京科学大学 総合研究院 科学生命科学研究所の吉沢道人教授、および東京大学 大学院工学系研究科の津本浩平教授、長門石曉准教授の研究グループと共同で、蛍光分子等のスイッチ分子の結合をトリガーとして、タンパク質の動きを協働的に制御する分子設計技術「分子ドミノ」を開発しました。
タンパク質デザイン[用語1]が2024年のノーベル化学賞を受賞し、AIを用いてタンパク質の構造と機能を狙い通りに設計する技術が発展してきているものの、タンパク質の“協働的な動き”を分子レベルで制御するような設計は極めて困難とされていました。
今回、研究グループは、内部に分子ポケットおよび複数の芳香族残基(芳香族クラスター)[用語2]を持つタンパク質を構築し、スイッチ分子となる芳香族蛍光分子をπ–πスタッキング相互作用[用語3]を介してポケット内に結合させることに成功しました。X線結晶構造解析の結果、スイッチ分子の結合によって、周囲に配置した複数の芳香族残基の向きが協働的に変化することが確認されました。また、スイッチ分子の形状によって、芳香族クラスターの動きが制御可能であることを示しました。
この成果は、分子動態の制御に基づく新しい機能性バイオマテリアルの設計に貢献します。本技術を応用することで、外部刺激に応答する複雑な生体分子ロボットの創出と制御や、芳香環を分子骨格に有する難水溶性化合物の薬物輸送につながると期待されます。
本成果は、理工医学の学際的な基礎および応用研究を対象とする「Advanced Science」誌に、2025年2月20日付で公開されました。
※2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
タンパク質の動的な構造変化は、生体機能の制御において重要な役割を果たします。特に、芳香族アミノ酸残基の配向変化は、分子認識や情報伝達、電子移動といった生命現象の根幹に関与することが知られています。この構造変化を人工的にデザインして利用できれば、生命機能の動的制御や、分子ロボットの開発につながる可能性があります。しかし、これらの動的挙動を分子レベルで精密に制御するようなタンパク質のデザインは、昨今のAIを用いた手法でも困難な課題とされてきました。
本研究では、タンパク質内にスイッチ分子が結合するようなポケットを設計し、その周辺に複数の芳香族残基を配置することで、ポケットと隣接した芳香族クラスターを有するタンパク質を構築しました。このタンパク質は、適切な形状のスイッチ分子が結合することをトリガーとして、内部の芳香族残基の配向変化が連鎖的に伝播する特徴を持つことから、このシステムを「分子ドミノ」と名付けました(図1)。
図1. タンパク質デザインスキーム(上)およびX線結晶構造(下)
研究チームは、タンパク質のポケットおよびその周囲に芳香族アミノ酸の一種であるフェニルアラニン残基を複数導入したタンパク質を大腸菌で発現し、カラム精製しました。次に、設計したタンパク質溶液と難水溶性の芳香族蛍光分子(ナイルレッド、クマリン153あるいはDCM)を、50ºCで24時間混合しました。混合液を透析・結晶化し、X線結晶構造解析した結果、ナイルレッドおよびクマリン153が、設計した分子ポケットにπ–πスタッキング相互作用を介して固定されていることを確認しました(図1下)。ナイルレッド結合時には、ポケット周辺のフェニルアラニン残基の配向が変化し、協働的な構造変化を示しました。クマリン153が結合した場合には、このような構造変化は見られず、芳香族クラスターの動的変化が結合する蛍光分子の構造に依存することを確認しました。したがって、適切な形状の蛍光分子を添加することで、分子動態の精密な制御が可能であることを示しました。
また、ナイルレッドが示す蛍光量子収率[用語4]が、溶媒中に遊離している状態(50%)に比べ、分子ポケット内に結合することで88–95%に向上することも確認しました。これにより、設計した分子ポケットおよび芳香族クラスターは、材料的な観点からも興味深い物性を示すことがわかりました。
今回使用した蛍光分子は、いずれも複数の芳香環を分子骨格に有し、水に溶けにくい性質を持っていますが、設計したタンパク質溶液と混合すると、タンパク質に内包され、水に溶けるようになることを、分光学的測定や結晶構造解析から明らかにしました。医薬品候補化合物の中には、芳香環を分子骨格に持ち、水に溶けにくいものも多いことから、今回設計したタンパク質は、多様な医薬品化合物の取り込みと薬物輸送にも応用できると考えられます。
本研究で提案した、芳香環相互作用を活用した新しい分子制御の手法は、バイオセンシング、ナノ医療、分子デバイスの開発における基盤技術となる可能性があります。特に、分子ドミノの機構を利用することで、外部刺激に応答する分子ロボットの開発や、ナノスケールでの情報伝達制御につながることが期待されます。また、芳香族化合物の効率的な内包技術は、薬物輸送の分野で応用が期待されます。例えば、芳香環を持つ抗がん剤であるドキソルビシンのターゲットデリバリーの拡張が可能になるなど、医療応用に貢献する可能性があります。
研究チームは、分子ポケットと芳香族クラスターのシステムを拡張し、蛍光分子に限らず、フラーレンといったさらに大きな多環式芳香族化合物の内包について検討しています。また、ヒスチジンなど他の種類のアミノ酸クラスターの構築と触媒への応用を進めています。これにより、幅広いタンパク質デザインが可能となり、材料開発や創薬技術のより一層の革新が見込まれます。
本研究は、科研費研究課題「分子挙動リアルタイム追跡のためのケージ空間の構築」の一環として行われ、日本学術振興会(JSPS)(JP 21J10039)、文部科学省科学研究費助成事業(JP18H05421)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)(JP21am0101094)の支援を受けて、実施されました。
[用語1] タンパク質デザイン:元々存在するタンパク質を改変したり、新しいタンパク質を一から設計したりすることで、所望の構造や機能を持つタンパク質を創出する技術、およびその研究分野。2024年のノーベル化学賞に、計算機を用いたタンパク質デザインが選ばれ、医薬品や材料開発への応用が注目を集めている。
[用語2] 芳香族クラスター:複数の芳香族アミノ酸(フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン)が密集した構造体。タンパク質の熱安定性や分子認識に重要な役割を果たしている(文献[1])。
[用語3] π–πスタッキング相互作用:芳香環同士が並行に積み重なって配置することにより形成される相互作用。
[用語4] 蛍光量子収率:蛍光分子が光を吸収した際に、どの程度の割合で蛍光を発するかを示す指標。蛍光量子収率は、同じ種類の蛍光分子であっても、その分子が置かれた周辺環境によって変化し、100%に近いほど、効率的に蛍光を発する優れた特性を持つことを示す。
掲載誌: | Advanced Science |
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論文タイトル: | Design of Aromatic Interaction Networks in a Protein Cage Modulated by Fluorescent Ligand Binding |
著者: | Yuki Hishikawa, Taiga Suzuki, Basudev Maity, Hiroki Noya, Michito Yoshizawa, Asuka Asanuma, Yuri Katagiri, Satoshi Abe, Satoru Nagatoishi, Kouhei Tsumoto, Takafumi Ueno |
DOI: | 10.1002/advs.202417030![]() |
菱川 湧輝 Yuki HISHIKAWA
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 博士後期課程修了生
研究分野:タンパク質工学、計算科学
上野 隆史 Takafumi UENO
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 教授
研究分野:タンパク質工学、バイオマテリアル、合成生物学