生命理工学系 News
微量で素早いナノ結晶合成でタンパク質の構造解析をスピード化
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の安部聡助教(生命理工学コース主担当)、田中潤子大学院生、小島摩利子大学院生と上野隆史教授(生命理工学コース主担当)のグループは、理化学研究所 放射光科学研究センター 平田邦生博士の研究グループと共同で、無細胞タンパク質合成[用語1]反応を使い、従来の常識を破る迅速かつ微量でのタンパク質結晶化[用語2]とその構造解析に成功した。
あらゆる生命活動にはタンパク質が関与しており、例えばある疾患を阻害する医薬品を開発するには、疾患の原因となるタンパク質の見極めと構造解明が必須となる。現在、タンパク質の3次元立体構造解析に多く用いられているのはX線結晶構造解析で、それには高度に精製された品質の良いタンパク質の単結晶が欠かせない。しかし標的となるタンパク質を合成、さらに精製して結晶化を行い、高分解能での解析に耐える大きさと品質の結晶を得るには、最新の技術と装置を用いても数ヵ月もの期間を必要とするのが一般的で、この工程を劇的に短縮、単純化するブレークスルーが求められていた。
本研究では、細胞から取り出された抽出液に目的タンパク質の遺伝情報を持つDNAまたはmRNAなどを添加してタンパク質を合成する無細胞タンパク質合成の手法と、細胞内で自律的に結晶を行う「多角体[用語3]」を組み合わせ、複雑な「精製」「結晶化」の過程を経ずに直接タンパク質結晶を得る無細胞タンパク質結晶化に成功。従来の生細胞を用いたタンパク質合成に比べプロセスを大幅に簡略化し、所要時間もわずか24時間以内と劇的に短縮した。さらに得られた結晶は数百nm(ナノメートル)[用語4]と小さめであるにもかかわらず、結晶の質が高いこともあり、大型放射光施設SPring-8の微結晶構造解析に特化したビームラインを利用した自動測定によって高分解能構造を得ることにも成功した。
本成果は、自然科学分野のオープンアクセス(OA)雑誌のひとつである「サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports、ネイチャー・リサーチ 社)」のオンライン版で10月3日に公開された。
タンパク質は体内で行われる多様な生命現象のすべてに関わるもので、ライフサイエンスの分野では、このタンパク質を材料としたさまざまな研究が進められている。例えば、医薬品の開発では、疾病の原因となるタンパク質を見極め、その構造を明らかにすることによって、はじめて疾患を阻害する医薬品を開発できる。
このタンパク質の3次元立体構造を高精度で解析する上で最も一般的な手法のひとつがX線結晶構造解析である。それには解析に適した大きさを持つ高品質な単結晶が必要となる。しかしながら、高分解能での構造決定に必要なタンパク質の調製・精製・結晶化を行うには、最新の技術や装置を使っても数ヵ月もの期間を必要とするのが一般的で、この過程にかかる莫大な時間・労力・費用が、生命科学領域の構造決定法に共通の問題として大きな障壁となってきた。
この研究素材となるタンパク質の合成および結晶化の問題を解決する一手法として、これまで注目を集めてきたのが、細胞内におけるタンパク質の自律的結晶化である。自然界では、ある特定のタンパク質が細胞内で自ら結晶化し、その貯蔵、保護、触媒作用など、生物学的な機能を有することが知られている。この細胞内タンパク質結晶化は、煩雑な精製や結晶化スクリーニングを必要としないため、タンパク質の構造決定をスピード化する次世代技術として広く期待されており、実はこれまでに培養細胞を用いて組換えタンパク質の結晶化を行う手法も開発されてきた。しかしながら、この方法で結晶化されたタンパク質結晶の大きさや品質は、細胞の培養条件に大きく依存し、サイズや品質が構造解析には不十分なケースも多いため、結晶構造が報告されているタンパク質の例は限られており、新たなタンパク質結晶化と構造解析の手法が望まれていた。
そこで本研究では、従来とは全く異なるアプローチとして、この細胞内の自律的なタンパク質結晶化と、細胞から取り出された抽出液に目的タンパク質の遺伝情報を持つDNAまたはmRNAなどを添加してタンパク質を合成する無細胞タンパク質合成とを組み合わせながら利用した合成・結晶化手法の開発を試みた。
タンパク質の偶発的な結晶化は疾患に関連して起こることが、これまでの研究で明らかになっている。安部助教らのグループは、細胞質多角体病に罹患した昆虫細胞内において自律的な結晶化を行う多角体タンパク質に着目した。そのタンパク質の発現情報をもつmRNAとコムギ胚芽から取り出した抽出液とを混合し、無細胞タンパク質合成の重層法により多角体タンパク質の発現を行った(図1)。
すると、24時間後の反応溶液内に沈殿が発生した。その沈殿を走査型電子顕微鏡(SEM)で測定すると、立方体をした多角体のタンパク質結晶が観察された(図2)。これらの平均サイズは580 nmで、昆虫細胞で形成された結晶と比較すると5分の1程度のサイズであった。
次に、無細胞タンパク質合成で作成した多角体の構造解析を行った。サイズが580 nmという微小な結晶であるため、大型放射光施設SPring-8にある微小結晶解析を行える設備BL32XUを用い、Serial Synchrotron Rotation Crystallography(SSROX)[用語5]法によって回折実験を実施した。その結果、1.80 Å(オングストローム)[用語6]の分解能での構造解析に成功した。無細胞タンパク質合成によって作成された結晶は、昆虫細胞内で形成した結晶と同じ空間群、格子定数であり、全体構造はほとんど同じである。しかし、昆虫細胞で作成した結晶内に固定化されているATP、CTP、GTPに対応する電子密度が観測されず、これらの結合が結晶化には不要であることが示唆された。さらに、透析法を用いて20 µLの反応スケールで合成すると1.95 Å分解能での構造解析が可能となった。
このことから、無細胞タンパク質合成によるタンパク質の合成、および構造解析が可能な結晶化にかかる容量と時間は、わずか20 µL、24時間以内で完結することが明らかになった。
続いて、本手法のさらなる可能性を示すために、これまで構造が未解明であったCrystalline inclusion protein A (CipA)[用語7]の結晶作成と、その解析を通じたタンパク質構造の決定に挑戦した。CipAは、昆虫病原性細菌の細胞内において形成されるタンパク質結晶であり、大腸菌内でも同様に結晶が形成されることが報告されている。まずは比較対照として、生細胞を利用して合成を行う従来の手法を用い、大腸菌内でCipAの結晶化を実施した。その場合、2つの結晶が結合した双晶が自発的に形成されてしまい、単結晶の解析による構造の決定は行えなかった。また、本研究で新たに実施された無細胞タンパク質合成の手法を用いてCipAを作成した場合も、やはり双晶が形成され、構造の解明には至らなかった。そこで、無細胞タンパク質合成の反応溶液に双晶阻害剤である1,4-ジオキサンを添加してタンパク合成と結晶化を行ったところ、双晶形成が著しく阻害され、単結晶を得ることができ、分解能2.11 Åでの構造決定に成功した。以下の図3にその構造を示す。
CipAは、らせん状のαヘリックス構造と直鎖状の5本のβストランド構造から構成されており、Oligonucleotide/Oligosaccharaide-Binding (OB) Fold[用語8]ドメインを形成している。また、結晶格子では、4つのモノマーが集積し、4本のαヘリックスが4回ヘリックスバンドルを形成し、4量体がビルディングブロックとなり、結晶を形成している。4量体間の相互作用に関しては、CipAのN末端領域が上部に位置するCipAと相互作用することで結晶格子が形成されていた。これらのことが、本研究で開発された新たな手法によるタンパク質結晶の解析によって明らかになった。
例えば、疾病などを引き起こすタンパク質と特異的に結合しうるタンパク質を調製し、高分解能解析によってその構造を解明しようとする場合、どのような測定・解析手法を取るかに関わらず、目的となるタンパク質の調整には、これまでおよそ3ヵ月もの長期間を必要とするのが一般的と言われてきた。本手法を適応できるタンパク質であれば、その期間を1日にまで短縮することも可能になる。迅速かつ小スケールでタンパク質結晶の合成・解析を行うことを可能にする本研究の手法は、新しい生体反応メカニズム解析手法として、幅広い生命科学の基礎分野の発展に貢献できるばかりではなく、従来の方法で必要とされていた大量の試薬や器具、大型装置使用の削減にもつながるため、環境負荷の低減にも大きく貢献できる。
今回報告した無細胞タンパク質合成による結晶化は、従来の結晶合成手法では精製が困難とされる不安定なタンパク質の結晶化と構造解明を可能にするものであり、また微量での結晶化が可能であることから、少量しか合成できないタンパク質の結晶化、構造決定にも有用性を発揮する。この試験管内で微量かつ迅速に結晶化と構造解析が完了するという性質によって、将来的にはライフサイエンスの基盤となるタンパク質ライブラリーの作成、さらには低分子からタンパク質複合体まで広範囲にわたる標的タンパク質の構造解明ツールとしての利用が期待される。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEP 産学共同 JPMJTR20U1と、文部科学省科研費の助成を受けて行われた。
[用語1] 無細胞タンパク質合成反応 : リボゾームなど細胞の複製に必要な要素を含んだ細胞からの抽出液に目的タンパク質の遺伝情報を持ったDNAまたはmRNAなどを添加することによって、生体細胞を使うことなく、抽出溶液内で人工的に組換えタンパク質を生産する手法。生体細胞に悪影響を与えるタンパク質の合成も行える点、手法が溶液の混合という比較的簡便なものである点、人工的な機能追加や生産効率の向上が行える点などが注目されている。現在、コムギ、大腸菌、昆虫の細胞など、さまざまな種類の細胞から取り出された抽出液を用いた無細胞タンパク質の合成手法が開発されている。
[用語2] タンパク質結晶化 : タンパク質が規則正しく整列した集合化反応。タンパク質の3次元立体構造を決定する方法のなかでも中心的なもののひとつとしてX線結晶構造解析があり、同手法での測定にはタンパク質の結晶が必要になる。
[用語3] 多角体 : カイコなどの昆虫が、細胞質多角体病ウイルスに感染した際の感染後期に、細胞内で合成されるタンパク質の結晶構造体。多角体タンパク質が自律的に集合し結晶化する。水中、有機溶媒中においても溶解しない高い安定性を有している。 細胞内タンパク質結晶で、さまざまな用途に向けた研究対象として研究が進められているタンパク質結晶のひとつ。
[用語4] nm(ナノメートル) : 100万分の1ミリメートル。10 Å(オングストローム)。これまで数百nmの超微小なタンパク質結晶の構造解析は、困難と考えられてきたが、放射光施設のマイクロビームラインとSSROX手法により構造解析が可能である。
[用語5] Serial Synchrotron Rotation Crystallography(SSROX) : 放射光ビームラインによって微小な結晶から回折データを収集する方法。多量の微小結晶をループにすくい上げ、ループを回転させながら二次元走査して網羅的にX線を照射し、データを取得する方法。
[用語6] Å(オングストローム) : 1,000万分の1ミリメートル。0.1 nm(ナノメートル)。
[用語7] Crystalline inclusion protein A (CipA) : 昆虫病原性細菌で形成されるタンパク質の結晶。104アミノ酸残基から構成されており、本研究ではじめて構造が明らかとなった。
[用語8] Oligonucleotide/Oligosaccharaide-Binding (OB) Fold : オリゴヌクレオチドやオリゴ糖に結合する小さな構造モチーフ。
掲載誌 : | Scientific Reports |
---|---|
論文タイトル : | Cell-free Protein Crystallization for Nanocrystal Structure Determination |
著者 : | S. Abe, J. Tanaka, M. Kojima, S. Kanamaru, K. Hirata, K. Yamashita, A. Kobayashi and T. Ueno |
DOI : | 10.1038/s41598-022-19681-9 |