生命理工学系 News
空気に触れるとファイバーとなるタンパク質を細胞内で作ることに成功
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の安部聡助教、上野隆史教授(共に生命理工学コース主担当)の研究グループは、細胞内で生じるタンパク質結晶化現象[用語1]に着目し、細胞を分子レベルの3Dプリンターとして利用することで、目的の3次元構造を自動的に合成する手法を開発した。
タンパク質集合体材料は、薬物輸送や生体内ではたらく分子ロボットの基盤材料として注目されているが、望みの構造を作り出すことが困難とされていた。本研究では、カテプシン[用語2]というタンパク質が細胞中で結晶化する際に、ファイバー状に並ぶことに着目した。この結晶内で隣接するカテプシン表面に存在するアミノ酸残基をシステイン[用語3]に置換することで、細胞から結晶を取り出した後に、空気中でシステイン同士を自動的に結合させることができた。その結果、結晶内から望みのファイバー構造を取り出すことに成功した。
今回開発した合成手法では、結晶化が単一の細胞内で完結するだけでなく、タンパク質精製などの煩雑な操作が完全に不要である。そのため、生体分子を用いる際の煩雑な操作性や長期安定保存の困難さを一挙に解決できるだけでなく、人工分子を一切使用しない持続可能なナノレベルのインテリジェント材料[用語4]合成技術として期待される。また、DNAにより望みの構造と反応をプログラミングできるため、新たな機能分子合成技術として、様々な細胞内タンパク質結晶の集積構造を利用したドラックデリバリーやワクチンへの応用も期待される。
今回の成果は、新学術領域「発動分子科学」と文部科学省科研費の支援によるもので、総合化学分野において最も権威のある学術誌の一つである「アンゲヴァンテ・ケミー国際版(Angewandte Chemie International Edition、ドイツ化学会誌)」のオンライン版で4月23日(現地時間)に公開された。
自然界では、複数のタンパク質が集合した構造体が形成され、様々な生体機能を担っている。その理由は、生命活動を維持するには、一分子のタンパク質では達成が困難な大量の分子の貯蔵や、複数の反応が組み合わさった物質代謝や輸送が必要不可欠なためである。一方、集合体形成のバランスが少しでも崩れると、アルツハイマーなどの疾患の原因にもなる。従って、タンパク質集合体合成の研究は、新たな分子材料探索に道を拓くとともに、生命現象の理解にも重要な役割を果たす。
従来のバイオテクノロジー技術によって、すでに存在するタンパク質集合構造を機能化する研究は盛んに行われている。しかし、そうした集合体を人工的に作り出すには、タンパク質を溶液中で秩序立てて並べる方法の確立という難しい課題があり、これまで実現していなかった。
安部助教らは、昆虫ウィルス[用語5]に感染した細胞内で、タンパク質結晶化現象によってカテプシンの結晶ができる際に、ファイバー構造が形成されることに着目した。そこで、結晶内で隣り合うタンパク質に存在するアミノ酸同士をシステインに置換し、結晶を細胞から単離したうえで、空気中で自動的にジスルフィド結合[用語6]を形成させることによって、望みのファイバー構造を水溶液へ溶かし出すことに成功した(図1)。
具体的には、隣接するカテプシン表面に存在する91番目のアルギニン(Arg91)と223番目のトレオニン(Thr223)という2つのアミノ酸残基の間が5.9 Å(オングストローム、1Åは10-10 m)しか離れていないことを利用し、この2つを酸素との反応でジスルフィド結合を形成するシステイン残基に置換した(図2)。
次に、細胞内で得られた結晶を単離し、その構造を決定したところ、通常は必要とされる酸化剤を添加しなくても、ジスルフィド結合が形成されていることが確認できた。また、この結晶を溶液中に溶かし出すと、予想された1本のファイバー構造ではなく、2本のファイバーが束となった構造であることが、透過型電子顕微鏡観察で明らかとなった(図3)。一方、細胞内に存在する状態で結晶構造を解析したところ、ジスルフィド結合は確認されなかった。従って、ジスルフィド結合は結晶が細胞から単離された後に空気中で自動的に形成されることが明らかとなった。
さらに、ファイバー構造形成に結晶化が必要かどうかを確認するため、結晶を溶解したモノマーに、酸化剤である過酸化水素を添加したところ、この場合にはファイバー構造は形成されなかった。さらに、結晶から得られる2束ファイバー構造は、強いタンパク質変性作用をもつ8M尿素添加でも分解されなかった。このことから、結晶中で形成されたジスルフィド結合は、2束ファイバーを形成させるのと同時に、ジスルフィド結合周辺の相互作用をより強固にしていることがわかった。これらの結果から、細胞内の結晶化反応が集合体形成に必要であることが確認された。
今回報告した2束ファイバー作成は、細胞内タンパク質結晶化反応を用いて、結晶内で隣接するシステイン残基の分子間ジスルフィド結合を適切な場所で形成させることによって達成された。細胞内タンパク質結晶化反応は、望みのタンパク質をコードするDNAを設計し、細胞に読み込ませるだけで実現できる。こうした特徴から、今回開発した方法は、タンパク質を機能材料として用いる際の新しい合成手法として期待される。今回の手法をさらに発展させて、特定のDNAを読み込んだ細胞内で、カゴ、シート構造の他、あらゆるタイプのタンパク質集合体を作成できる「細胞3Dプリンター」が実現すれば、次世代分子合成の有望な方法となる。
[用語1] 細胞内タンパク質結晶化現象 : タンパク質結晶は通常、タンパク質と結晶化を促進する沈殿剤とを混合することにより結晶化を行う。一方、細胞内タンパク質結晶は、タンパク質自身の安定化や細胞内分子の貯蔵や運搬のために、細胞内で自発的に結晶を形成する。1960年代からこの現象は確認されているものの、細胞内での詳細な結晶化機構は未だ明らかになっていない。
[用語2] カテプシン : リソソームシステインプロテアーゼのファミリーに属するタンパク質分解酵素。昆虫細胞内でカテプシンBを発現させると細胞内で自発的に結晶を形成する。
[用語3] システイン : アミノ酸の一種。側鎖に-CH2-SHの構造をもち、架橋結合の形成が容易なチオール基がある。
[用語4] インテリジェント材料 : 周囲の環境を知覚し判断する能力、それをもとに適切な行動を起こす機能素材。
[用語5] 昆虫ウィルス : 本研究では昆虫ウィルスの一種、細胞質多角体病ウィルスを研究対象としている。このウィルスは二本鎖核酸RNAを有する球状ウィルスで大きさは直径70 nm程である。このウィルスに昆虫が感染すると細胞質に多角体タンパク質からなる結晶が合成され、ウィルス自身が内部に封入される。
[用語6] ジスルフィド結合 : 2つの硫黄で形成される結合構造(R-S-S-R)の名称。R-SHの酸化反応によって容易に形成されることから、様々なタンパク質の化学修飾に使われる。
掲載誌 : | Angewandte Chemie International Edition |
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論文タイトル : | Design of an In-Cell Protein Crystal for the Environmentally Responsive Construction of a Supramolecular Filament |
著者 : | S. Abe, T. T. Pham, H. Negishi, K. Yamashita, K. Hirata and T. Ueno |
DOI: |