電気電子系 News
電波の1次利用者と2次利用者の“壁”を取り除くことを目指す
東京科学大学(Science Tokyo)※ 工学院 藤井輝也研究室、ソフトバンク株式会社(ソフトバンク)は、5G(第5世代移動通信システム)向けにソフトバンクに割り当てられている3.9 GHz帯(Cバンド)の電波が、従来利用されている衛星通信の地球局の下り回線と同一周波数帯であり、電波干渉を与えることから(図1)、その与干渉を大幅に抑圧する「システム間連携与干渉キャンセラー」を開発し、2025年1月に屋外での実証実験に成功しました。この実証実験に当たって、総務省関東総合通信局から実験試験局の免許を取得し、東京科学大学 大岡山キャンパスのグラウンドでシステムの有効性を実証しました。
このシステムの一部は、2021年に国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の「Beyond 5G 研究開発促進事業」の委託研究課題として採択された、「移動通信三次元空間セル構成」の研究によるものです。
今後ソフトバンクとScience Tokyoは共同で、このシステムの実用化に向けた研究開発をさらに進めていきます。また、Science Tokyoでは、有限な電波資源の有効利用に向けて、異なるシステムで同一周波数帯の電波を利用できるように周波数共用技術の研究を進め、電波の1次利用者(先に電波を割り当てられた事業者)と2次利用者(同じ周波数帯の電波を後から割り当てられた事業者)の“壁”を取り除くことを目指していきます。
※2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
5G向けにソフトバンクに割り当てられている3.9 GHz帯の電波は、図1に示すように地上に設置されている衛星通信の地球局(以下「地球局」)の下り回線と同一周波数帯のため、3.9 GHz帯の基地局の設置場所によっては電波干渉を与えてしまうことが課題となっています。この与干渉を回避するために、5G基地局の送信電力の低減と基地局アンテナの指向性制御や、地球局から一定(50 km以上)の離隔距離を取ることなどの干渉低減技術を活用して、5G基地局からの干渉電力を規定値以下にする必要があります。そのため、地球局が周辺にあるエリアでは、それらがない地域と比べて5G基地局の設置が困難になっています。この課題を解決するため、ソフトバンクとScience Tokyoは、5G基地局の下り回線が与える干渉を地球局で大幅に抑圧する「システム間連携与干渉キャンセラー」の試作装置を開発し、2023年に室内の疑似環境(有線ケーブル接続)での実験に成功しました。このたび実験試験局の免許を取得したことを受けて、実用環境に近い屋外で実証実験を行い、その有効性を確認しました。
図1. 5G基地局から衛星通信地球局の下り回線への干渉
「システム間連携与干渉キャンセラー」のシステム構成を図2に示します。干渉キャンセラー装置を地球局に設置し、地球局で受信した衛星信号と、その干渉となる5G基地局の下り回線の信号(以下「5G干渉信号」)が混在している無線信号(以下「混在無線信号」)を分岐させて、干渉キャンセラー装置に入力します。また、5G基地局の下り回線の送信信号を分岐させることで、一方は遅延装置を介して5G基地局から送信し、もう一方はDAS(分散型アンテナシステム)を活用して光ファイバーで干渉キャンセラー装置に転送します。この時、光ファイバーで転送した5G信号はレプリカ信号(または参照信号)と呼びます。
地球局に設置した干渉キャンセラー装置は、転送された5Gレプリカ信号を用いることで、混在無線信号内に含まれる5G干渉信号の大きさ(振幅、位相を考慮した複素振幅)を検出することができます。検出した5G干渉信号の複素振幅と、5Gレプリカ信号を重畳して、5G干渉信号と全く同じ複素振幅を持つ5G信号(以下「干渉キャンセル信号」)を干渉キャンセラー装置で生成し、それを混在無線信号に合成して差し引くことで、衛星信号だけを衛星通信送受信装置に送信することができます。なお、このシステムでは、地球局の有線ケーブルに手を加えない構成として、図3に示すように、分岐回路と合成回路を一体化して、衛星通信送受信装置の直前に設置する分岐装置を開発しました。
干渉キャンセラー装置では、衛星通信アンテナで受信した5GのRF(Radio Frequency)信号を分岐して取り込みます。また、DAS(親機)では5Gレプリカ信号を光信号に変換して光ファイバーで転送し、DAS(子機)で光信号を5GのRF信号に変換した後に、5Gレプリカ信号を干渉キャンセラー装置に取り込みます。実際のシステムでは、干渉キャンセラー装置に取り込むまでの経路や受信特性(受信フィルターや電力増幅器)がそれぞれ異なることから、5GのRF信号が完全に一致することはなく、その差によって干渉抑圧効果が減少します。そこで、5GのRF信号の受信特性差が同じになるよう、干渉キャンセラー装置に取り込む5GのRF信号の特性差を補正するFIR(Finite Impulse Response)フィルターを導入し、干渉抑圧効果の大幅な改善を図っています。
また、5G干渉信号をキャンセルするためには、5Gレプリカ信号を5G干渉信号よりも早く干渉キャンセラー装置に到着させる必要がありますが、5G基地局から送信する5G信号は、そのままでは光ファイバーで転送する5Gレプリカ信号よりも地球局へ早く到達してしまいます※。そのため、5G基地局に設置した遅延装置を使って、5G干渉信号よりも5Gレプリカ信号の方が早く干渉キャンセラー装置に届くよう調整しており、衛星信号の到着時間を調整するような信号処理は加えていません。
このように、このシステムは、地球局の受信系に手を加えない構成となっています。
※光ファイバー内の信号速度は空間を伝送する無線信号速度に比べて遅く、およそ3分の2の速度です。
図2. システム構成
図3. 分岐装置の構成
2025年1月に東京科学大学 大岡山キャンパスのグラウンドで実施した「システム間連携与干渉キャンセラー」の実証実験の構成を、図4に示します。グラウンドの一方の端に衛星通信局(信号発生器)と5G基地局(信号発生器)を設置し、他方の端に地球局のアンテナの代用でパラボラアンテナを設置しました。衛星通信局および5G基地局と、地球局(パラボラアンテナ)間の距離は約120 mです。
無線通信の周波数は3.3 GHz帯を用い、衛星信号の電波は帯域幅40 MHz、5G信号の電波は帯域幅80 MHz、送信電力は地球局での受信電力が所定値(例えば受信SNR(信号対雑音比)が30 dB)となるように、衛星通信局および5G基地局の送信電力を設定しました。
実証実験では、スペクトラムアナライザーで5G信号の干渉抑圧効果を、コンスタレーションで通信品質を測定しました。図5に、測定の様子を示します。図6(a)は5G基地局の干渉がない衛星信号だけの受信スペクトラムと信号コンスタレーションです。衛星通信局は64QAM信号を送信し、地球局の受信SNRは30dBで、信号コンスタレーションが明確に区別できており、受信信号に誤りはありません。図6(b)は衛星信号に5G基地局の信号が干渉を与えている場合であり、5G基地局の受信SNRは25dBです。5G基地局の干渉信号により衛星信号のコンスタレーションが大きく乱れ、この状況では衛星信号を復調することはできません。図6(c)は「システム間連携与干渉キャンセラー」を適用した場合です。5G基地局の干渉をキャンセルできており、衛星信号のコンスタレーションが5G基地局による干渉のない場合と同等になり、受信信号に誤りはありません。このように、このシステムを適用することにより、5G基地局の与干渉を効率よく抑圧でき、5G基地局の干渉がないときと同等の衛星通信の受信品質を維持できます
今後、大岡山キャンパスのグラウンド以外のさまざまな実環境下で屋外実証実験を行い、このシステムの有効性を確認する予定です。
図4. 実証実験の構成
図5. 測定の様子
図6. 干渉キャンセラーによる干渉の低減