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5Gミリ波帯全バンドに1チップで対応、グローバル端末展開へ
東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一教授(電気電子コース 主担当)らは、次世代のBeyond 5G[用語1]に向けて開発の進むミリ波[用語2]帯の全帯域通信を1チップで実現するフェーズドアレイ[用語3]受信ICを開発した。
第5世代移動通信システム(5G)[用語4]では、ミリ波帯の周波数を用いて通信速度の向上を図っているが、Beyond 5Gに向けたさらなる高速化のために、より高い周波数の活用も計画されている。世界の各地域で割り当てられる周波数は24 GHzから71 GHzに及ぶため、全世界対応の低コスト・小型5G端末の実現には広帯域・マルチバンド対応の無線ICが必須となっている。
本研究では、低消費電力化と広帯域化の実現のために、新しい高調波選択技術[用語5]を提案し、発振器の負担を激減して消費電力を大幅に低減しながら、24 GHzから71 GHzというこれまでにない広帯域でのマルチバンド動作を1チップで実現した。
開発したマルチバンドフェーズドアレイ受信ICは、65 nm(ナノメートル)世代のシリコンCMOSプロセスで製作した。このICは24.25 GHzから71 GHzの広帯域で動作し、5G NR FR2[用語6]の全ての周波数帯域でバンド間の十分な干渉抑圧を保ちつつ、従来の半分以下の低消費電力での動作が確認できた。
本研究で開発した回路により、5Gミリ波全バンドに対応した小型グローバル端末が低コストで実現可能になり、5Gのさらなる高度化と普及を加速させる成果といえる。
本研究成果は、論文誌「IEEE Journal of Solid-State Circuits」に採択され、2022年12月に出版された。
昨今のデジタルトランスフォーメーション(DX)[用語7]の加速により、移動通信システムに求められる通信容量が指数関数的に増加している。このような社会的要求に応えるため、第5世代移動通信システム(5G)では、従来のマイクロ波帯と併用して、周波数が10倍以上高いミリ波帯を用いることで、これまでにない高速大容量の無線通信を実現しようとしている。国内でも2020年に5Gの商用サービスを開始しているが、次世代のBeyond 5Gに向けては、ミリ波帯のさらなる有効活用が求められている。その方向性として、低消費電力技術によってビットあたりのコストを低減し、さらなる大容量通信サービスを加速すると同時に、充電不要な低消費電力デバイス等による新たなサービスを提案することが期待されている。また、さらに高い新規周波数の活用や、ミリ波帯大規模MIMO[用語8]の実用等が求められている。
現在5Gのミリ波帯周波数としては、日本では28 GHz帯、39 GHz帯、47 GHz帯がすでに割り当てられており、60 GHzの活用も議論されている。さらに世界に目を向けると、割り当てが実施済みおよび計画中の周波数帯は、24 GHz帯から71 GHz帯までの広帯域に及んでいる。5Gミリ波帯通信では、アナログビームフォーミング[用語9]によって空間的な多重化を行うことで、無線資源の有効活用を図っている。しかし、ビームフォーミング機能を実現するフェーズドアレイアンテナシステムはこれまで、特定の周波数帯に特化した狭帯域設計が基本であり、広帯域でのマルチバンド動作のために周波数帯に応じた複数のチップを集積させると、システムが複雑になって端末機の小型化・低消費電力化が難しくなるという課題があった。こうしたことから、全世界でミリ波5G通信が使える、小型で低消費電力のグローバル端末を実用化するためには、1チップで5Gミリ波帯全バンドに対応する広帯域・マルチバンド受信ICの実現が求められていた。
従来のマルチバンド受信機では、多バンドの信号が全て通るような超広帯域の低雑音増幅器と、超広帯域に周波数を変化させる局部発振器を用いて、ミキサの出力から必要なバンドだけを狭帯域のフィルタで取り出す構成が用いられていた。しかし、このような広帯域の増幅器と発振器では、各周波数帯域で変換利得をはじめとする特性を十分に確保するのが困難であった。加えて、広帯域化のために回路規模が大きくなって、消費電力も大きくなるという問題があった。また、広帯域で全ての信号を増幅すると、必要としない帯域からのイメージ周波数[用語10]などの不要な周波数信号が必要信号に混ざり込んでしまうことがあり、これらの不要信号を取り除くために、さまざまな工夫が必要になっていた。そのため、回路は複雑・大規模になり、さらなる消費電力の増大を招いていた。
本研究では、新しい高調波選択技術を提案・導入することにより、従来のマルチバンド受信機の複雑で大規模な回路が抱える問題を解決し、シンプルな回路で広帯域・マルチバンド受信を低消費電力で実現することに成功した。
提案した技術では、広帯域局部発振器の代わりに、狭帯域の多位相発振器を用いる。発振器出力を3つに分け、それぞれの位相を変化させたうえで適当な組み合わせで合成することで、発信出力の基本波、2倍高調波、3倍高調波の強調モードを切り替えられるようにした。使用バンドに応じてこれらを切り替えることで、大規模な広帯域発振器と同じ役割を果たすことができる。このように局部発振器の帯域を狭くすることで、発振器回路の消費電力が大幅に低減できた。
さらに本研究で開発した回路では、マルチモード低雑音増幅器[用語11]を組み合わせることで、必要なバンドを選択する構成としている。モード切り替えによってそれぞれのモードでの帯域を狭くし、低雑音増幅器の消費電力も低減した。このような新しい高調波選択技術を用いることで、発振器や低雑音増幅器の負担を低減し、大幅な低消費電力化が実現できた。
本研究では、これらの新しい技術を用いたマルチバンドフェーズドアレイ受信ICを、最小配線半ピッチ65 nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで製作した(図1)。このICは24.25 GHzから71 GHzの広帯域で動作し、5G NR FR2の全ての割当帯域に対応する。400 MHz標準準拠の5G NR変調信号を256 QAMでサポートし、チャネル毎の消費電力は、28 GHz、39 GHz、47.2 GHz、60.1 GHz帯域に対して、それぞれわずか36 mW、32 mW、51 mW、75 mWであった。
今回開発した受信ICの回路規模と帯域を従来例と比較したところ、本研究の受信ICは回路規模を抑えたまま、従来に比べて圧倒的な広帯域動作を実現していることがわかった(図2)。これまでで最も広帯域の受信ICとしては、動作周波数帯15~57 GHz、消費電力180 mWの例があるが、本研究の受信ICではさらに広帯域の動作をはるかに少ない消費電力(36~75 mW)で実現できた。
本技術によって、世界の使用周波数帯が異なる地域でも、Beyond 5Gネットワークの高速大容量通信を用いたさまざまな新しいサービスを同じ端末で受けられるようになる。そのためユーザーはBeyond 5Gの時代においても、国内で使用しているスマートフォンやPC等の携帯端末を海外に持っていき、滞在国のネットワークにそのまま接続することが可能になり、世界のどこでも国内と同じサービスを受けられるようになる。高速・低遅延のビデオコミュニケーション、リモートコントロール、大人数での同時会話など、国境を超えてサイバー・ネットワークへの常時接続が可能となり、地球規模でのSociety5.0の世界の実現が期待される。
今後は本研究成果をもとに、5Gミリ波帯全バンドに対応した小型の低消費電力フェーズドアレイ無線機の開発を進める予定である。今回開発した回路を用いることで、全世界で使用可能なグローバル5G端末が実現可能であり、それによってミリ波帯の5Gの普及が加速すると期待される。
本研究は、総務省委託研究「第5世代移動通信システムの更なる高度化に向けた研究開発(JPJ000254)」の成果の一部である。
[用語1] Beyond 5G : 第5世代移動通信システム(5G)の次の世代の移動通信システム。
[用語2] ミリ波 : 波長が1~10 mm、周波数が30~300 GHzの電波。
[用語3] フェーズドアレイ : 複数のアンテナをアレイ状に配置し(アレイアンテナ)、各アンテナへ位相差・振幅差をつけた信号を給電する技術。ビームフォーミングの実現に利用される。
[用語4] 第5世代移動通信システム(5G) : 2019年に展開を開始した、国際的な移動通信ネットワークの第5世代技術標準。現在ほとんどの携帯電話に用いられている第4世代移動通信システム(4G)ネットワークの後継の規格である。4Gまでは6 GHz以下の周波数帯が用いられてきたが、5Gではその6 GHz以下の周波数帯と併用してミリ波も利用することで、大幅な通信速度の向上を可能にしている。
[用語5] 高調波選択技術 : 本研究で新たに提案する局部発振器の広帯域化技術。局部発振器出力の位相を複数変化させた後にミキサに入力することで、高調波強調モードを選択できるようにした。これにより超広帯域の発振器を用いずに、シンプルな回路で広帯域化することができ、回路の負担を低減し、大幅な低消費電力化が可能になる。
[用語6] 5G NR FR2 : the fifth generation mobile network New Radio Frequency Range 2 の略称。5G新無線用の周波数帯のうち周波数帯域の広いミリ波に割り当てられている周波数帯のこと。
[用語7] デジタルトランスフォーメーション(DX) : 5G、IoT、AI等の通信・デジタル技術を活用し、浸透させることで、人々の生活や社会の構造などをより望ましい方向に変化させていく概念をいう。
[用語8] 大規模MIMO : MIMO(multiple input multiple output)とは、複数の送受信アンテナを使用することで複数の無線通信経路を確立し、利用する技術であり、帯域あたりの伝送速度の向上が可能である。大規模MIMOは、より多数のアンテナを用いるMIMO技術の総称である。Massive MIMO(マッシブマイモ)と呼ばれることが多い。
[用語9] ビームフォーミング : アンテナからのビームパターンを制御すること。一般的にはアレイアンテナを用いて、各アンテナから送受信される信号の位相と振幅を制御することにより実現する。電波の放射パターンを特定の方向に向けて細く絞り、遠くまで届けることができる。位相と振幅の制御の方法による分類として、アナログ回路部分で位相と振幅を変化させるアナログビームフォーミングと、デジタル回路部分で変化させるデジタルビームフォーミング、両者を組み合わせたハイブリッドビームフォーミングがある。ミリ波帯では多数のアンテナを用いるため、回路規模と消費電力が莫大になるデジタル方式は使用されておらず、アナログ方式が用いられている。
[用語10] イメージ周波数 : 影像周波数の信号。周波数変換後のIF信号に混ざり込む不要な信号のもととなる周波数。
[用語11] マルチモード低雑音増幅器 : 複数のモード(帯域)を持つことで、広帯域化を実現する低雑音増幅器。本研究では新たに24~44 GHz、44~71 GHzの2つのモードを持つデュアルモードのマルチバンド低雑音増幅器を開発した。
掲載誌 : | IEEE Journal of Solid-State Circuits |
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論文タイトル : | A Power-Efficient CMOS Multi-Band Phased-Array Receiver Covering 24–71-GHz Utilizing Harmonic-Selection Technique With 36-dB Inter-Band Blocker Tolerance for 5G NR |
著者 : | Yi Zhang, Jian Pang, Zheng Li, Minzhe Tang, Yijing Liao, Ashbir Aviat Fadila, Atsushi Shirane, Kenichi Okada |
DOI : | 10.1109/JSSC.2022.3214118 |