電気電子系 News
様々なフォトニック構造のバンドダイアグラムを高速に測定可能
東京工業大学 科学技術創成研究院の雨宮智宏助教(電気電子コース 主担当)らは、株式会社東京インスツルメンツ、物質・材料研究機構と共同で、フォトニックバンドダイアグラム顕微鏡を開発した。本装置により、様々なフォトニック構造のバンドダイアグラム[用語1]を高速に自動計測することが可能となった。
開発した装置は赤外ハイパースペクトルイメージング[用語2]により、波長ごとのフーリエ画像[用語3]を得た後、それらの画像をもとにフォトニックバンドダイアグラムを再構成する。本装置により、フォトニック結晶、トポロジカルフォトニック結晶[用語4]、メタマテリアル[用語5]を始めとした様々な構造において、バンドダイアグラム全域を高速に測定することが可能となる。
これにより、各種フォトニック構造における物性評価が容易となり、光デバイスの研究開発など関連分野の一層の推進が期待される。
本装置は東京工業大学と東京インスツルメンツの特許(特願2019-217786)をもとに共同開発されたものであり、6月上旬より「FA-CEED®」の製品名にて東京インスツルメンツから販売される。
フォトニック構造とは、光の波長以下の微細構造を一定の周期性をもって並べたものの総称であり、構造内の光と物質の相互作用を利用して、様々な光の操作が可能となる。特に代表的なものがフォトニック結晶、メタマテリアル、トポロジカルフォトニック結晶であり、ナノプロセス技術[用語6]を使って半導体を微細加工することで、現在までに様々な構造が作られている(図1)。
このような構造において、光学特性を決定する重要な指標のひとつがフォトニックバンドダイアグラムである。これを評価することで、フォトニック構造内の光の伝搬の様子を知ることができ、回折限界[用語7]を超えた光の閉じ込め、スローライト効果[用語8]、偏光に依存した一方向性伝搬、負の屈折率など、通常の構造では見られない様々な光学現象を予想することが可能となる。
従来、フォトニックバンドダイアグラムを測定するためには、特定方向から光を入射し、それらの透過/反射特性を観測、評価を行うことが一般的だった。この場合、それぞれのサンプル状態に適した形で光学系を組む必要があるとともに、光学系の調整を含めた測定・評価に多大な時間を要することが、関連分野の研究上の課題となっていた。
フォトニックバンドダイアグラムをより簡素に、かつ直接的に測定するために、本研究グループではフォトニックバンドダイアグラム顕微鏡を開発した。装置の構成を図2に示す。まず、広帯域白色光源から各種波長板や可変リターダを介した後、対物レンズによりサンプルと垂直に光を入射する。その後、サンプルから散乱してきた光のフーリエ画像を4f光学系[用語9]を介して可視カメラおよび赤外カメラで観測する。このとき、可視カメラの前には撮像レンズが配置されており、サンプルの実像を観測しながら、測定したいフォトニック構造の局所領域を指定することができるようになっている。また、赤外カメラの前には波長可変フィルタが配置されており、波長850 nm-1,800 nm(ナノメートル)の範囲における任意波長の回折パターンを得られるようになっている。
本構成を用いて、フォトニックバンドダイアグラムを得る手順は図3に示すとおりである。まず波長可変フィルタの中心波長を変化させながら、サンプルからの散乱光のフーリエ画像を観測する。その後、得られたフーリエ画像に対して、指定したパスに沿った強度情報を測定し、その情報を逆格子空間[用語10]における特定エネルギーの強度分布に変換する。全ての波長に対して同様の動作を行い、それらを2次元的に並べることで、フォトニックバンドダイアグラムを再構成することができる。
本装置を用いることで、様々なフォトニック構造のバンドダイアグラムを画一的に取得することに成功している。一例として、正方格子のフォトニック結晶を測定している様子を下記動画にて示す。波長可変フィルタの中心波長の変化に伴ってフーリエ画像が様々な形状に変化していることが見て取れる。本結果をもとに再構成されたフォトニックバンドダイアグラムでは、正方格子のフォトニック結晶で予想される理論結果とほぼ同等の結果を得ることができている。
本装置は、6月上旬より「FA-CEED®」の製品名にて東京インスツルメンツから販売される。基礎研究面では、様々なフォトニック構造の特徴を明確化することができ、物性探求における多くの指標が得られると考えられる。より実用的には、各種フォトニック構造のバンドダイアグラムをあらかじめ測定しておくことで、それらを用いた光デバイスの設計が容易になり、関連市場の拡大や、それらデバイスを用いた新たな研究領域の開拓などが期待される。
本研究成果は、以下の事業によって得られた。
科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」(研究総括:上田正仁 東京大学 教授)
研究課題「人工グラフェンに基づくトポロジカル状態創成と新規特性開発」
(研究代表者:胡暁 物質・材料研究機構 MANA主任研究者)
科学研究費助成事業 基盤研究B
「近赤外/可視域における広帯域な迂回型光学迷彩の実現」
(研究代表者:雨宮智宏 東京工業大学 助教)
総務省 戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)ICT研究者育成型研究開発
「Si系光渦合分波器を用いた光通信帯における光渦多重伝送技術の構築」
(研究代表者:雨宮智宏 東京工業大学 助教)
[用語1] バンドダイアグラム : フォトニック構造のバンドダイアグラムは結晶中を伝搬する電磁波の分散関係に見られるバンド構造のことである。このバンド構造から、電磁波の伝搬の様子を知ることができる。
[用語2] ハイパースペクトルイメージング : 数十から数百の多数の波長に対して、波長ごとに分光して、可視化する技術の総称。
[用語3] フーリエ画像 : 実画像データに対して2次元フーリエ変換を実行し、画像に含まれる周波数成分を可視化したもの。
[用語4] フォトニック結晶、トポロジカルフォトニック結晶 : 屈折率が周期的に変化する構造で、光を小さな領域に閉じ込め、光と物質の相互作用を高めることに利用されている。トポロジカルフォトニック結晶はフォトニック結晶に特定の構造を導入することで、光のトポロジカルな物性が顕著に現れるようにした構造。
[用語5] メタマテリアル : 光を含む電磁波に対して、自然界の物質には無い振る舞いをする人工物質のこと。主に金属微細構造を周期的に並べて構成される。
[用語6] ナノプロセス技術 : 高度な微細プロセスを用いて、様々な素材にナノメートル精度で加工を施す技術。
[用語7] 回折限界 : 光の回折に起因する、分解能の理論的な限界。
[用語8] スローライト効果 : 物質中を伝搬する光の群速度が極端に小さくなる現象。
[用語9] 4f光学系 : 回折格子とレンズを組み合わせた光学系配置。光学系の距離が焦点距離の4倍となることから4f光学系と呼ばれている。
[用語10] 逆格子空間 : 逆格子ベクトルによって構成される空間のこと。実空間の周期性が反映される。
<特許>
雨宮智宏、岡田祥、河村賢一「試料の測定装置、測定方法およびプログラム」特願2019-217786
<装置Webサイト・装置カタログ>
フォトニックバンドダイアグラム顕微鏡 FA・CEED|株式会社東京インスツルメンツ
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院
未来産業技術研究所
助教 雨宮智宏
E-mail : amemiya.t.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2555
JST事業に関すること
科学技術振興機構 戦略研究推進部
グリーンイノベーショングループ
嶋林ゆう子
E-mail : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3531