電気電子系 News
従来の3桁高い1.1%の巨大な抵抗変化を達成
東京工業大学 工学院 電気電子系のファム・ナム・ハイ准教授とNguyen Huynh Duy Khang(グエン・フン・ユイ・カン)博士研究員の研究チームは、トポロジカル絶縁体[用語1]・強磁性半導体[用語2]接合を用いて、巨大な一方向性スピンホール磁気抵抗効果[用語3]を実証した。
スピンホール効果[用語4]が強いトポロジカル絶縁体と強磁性半導体を組み合わせたことで、従来の3桁高い1.1%の巨大な抵抗変化を達成した。さらに巨大な一方向性磁気抵抗効果の起源が強磁性半導体中のマグノン[用語5]励起・吸収とスピン無秩序散乱[用語6]によって生じることを明らかにした。
一方向性スピンホール磁気抵抗効果は非磁性体・磁性体の接合において、非磁性体のスピンホール効果によって、接合抵抗が磁性体の180°磁化反転に応じて変化する現象である。この現象を利用すれば、2層だけの極めて簡易な構造の面内型スピン軌道トルク磁気抵抗メモリーの実現が期待できる。しかし、従来研究されてきた重金属・磁性金属の接合においては接合の抵抗変化が0.001%台と極めて微小であるため、デバイス応用に必要な1%以上の抵抗変化の実現が難しいと考えられてきた。
研究成果は米国物理学協会の学術誌Journal of Applied Physics(ジャーナル・オブ・アプライド・フィジックス)の注目論文として12月17日(現地時間)に掲載された。
近年、電子回路の低消費電力化の観点から超高速、超高密度、高耐久性の不揮発性メモリーが求められている。MRAMはランダムアクセスメモリーの一種で、不揮発性に加え、高速動作、極めて高い耐久性など、大変優れた特性を持つ。そのため、MRAMは不揮発性メモリーと集積回路の融合に適し、車載用や人工知能集積回路などに応用が広がりつつある。
MRAMの中にも、スピンホール効果による純スピン流を磁性層に注入し、スピン軌道トルク(Spin orbit torque:SOT)によって磁化反転(データ書き込み)を行うSOT-MRAMが注目されている。SOT-MRAMでは、スピンホール効果が強い材料を用いれば、書き込みに必要な電流を1桁、エネルギーを2桁以上も下げることができる。ファム准教授らはSOT-MRAMの高性能な純スピン注入源として、巨大なスピンホール効果を示すBiSb(アンチモン化ビスマス)トポロジカル絶縁体を発見し、SOT-MRAMの超低電流書き込み技術を開発してきた。(トポロジカル絶縁体で世界最高性能の純スピン注入源を開発|東工大ニュース)
しかし、SOT-MRAMのデータ読み出しには従来に用いられてきたトンネル磁気抵抗効果(TMR)が使われている。このTMR効果を利用する垂直型SOT-MRAM素子では、データを記録する磁性自由層に加えて、トンネル障壁および参照用の固定磁性多層構造が必要である。
そのため、MRAM素子は数オングストロームの極めて薄い層を30層ぐらい積層する必要があり、製造の難度が高い。また、データ書き込みと読み出しの経路が異なるため、3つの端子と2つのトランジスタが必要という欠点がある。さらに、微細化すると、素子抵抗が面積に逆比例して急激に大きくなるため、読み出しノイズが増える問題がある。
ファム准教授らはSOT-MRAMの読み出しで、一方向性スピンホール磁気抵抗効果(USMR)に着目した。この効果を用いれば、2層だけの極めて簡易な構造の面内型スピン軌道トルク磁気抵抗メモリーの実現が期待できる。図1に従来のTMR効果を用いる垂直型SOT-MRAM素子とUSMR効果を用いる面内型SOT-MRAM素子の違いを示す。
垂直型SOT-MRAM素子は(1)約30層と極めて複雑な構造、(2)データ書き込みと読み出しの経路が異なるため3つの端子と2つのトランジスタが必要、(3)微細化すると抵抗が急激に増えて、ノイズが増えるという欠点がある。それに対して、面内型SOT-MRAM素子は(1)2層だけの極めて簡単な構造、(2)データ書き込みと読み出しの経路が同じであるため2つの端子と1つのトランジスタだけが必要、(3)微細化しても、素子抵抗が変わらないため、ノイズが増えないという利点がある。
しかし、これまでに研究されてきた重金属・磁性金属の接合では、USMR効果による接合の抵抗変化が0.001%台と極めて微小であり、面内型SOT-MRAMの実現に必要な1%以上の抵抗変化の実現が難しいと考えられてきた。
研究チームはUSMR効果の増大を目指して、トポロジカル絶縁体BiSb(アンチモン化ビスマス)と強磁性半導体GaMnAs(砒化ガリウム・マンガン)の接合を作製した。この接合において、電流と温度が増加すると、抵抗変化が急激に増え、最大で1.1%という巨大なUSMR効果が発現した(図2)。この値は従来に研究されてきた重金属・金属磁性体の接合よりも3桁も高く、応用に必要な1%以上の抵抗変化を初めて達成した。
さらに、この巨大な一方向性磁気抵抗効果の起源は従来に研究されてきた重金属・金属磁性体の接合と異なるメカニズムで生じることも分かった。具体的には、BiSbトポロジカル絶縁体から注入された純スピン流によって、強磁性半導体GaMnAs中のマグノンが励起・吸収が生じて、自由正孔のスピン無秩序散乱によって抵抗変化が生じることを明らかにした(図3)。
今回の成果は、スピンホール効果が強いトポロジカル絶縁体とスピン無秩序散乱の大きい材料を用いた場合、巨大なUSMR効果を実現できることが分かったことである。今後は、さらなる材料の探査を行うことによって、室温でより大きな抵抗変化を実現し、面内型SOT-MRAM素子の実用化を目指す。
[用語1] トポロジカル絶縁体 : 内部には絶縁体(正確には半導体)のようにバンドギャップが存在するが、その表面においてヘリカルにスピン偏極電流が存在しうるディラック型金属伝導状態を有する物質群である。表面状態のスピンの向きは波数ベクトルkに直交しており、スピン・運動量ロッキングが生じている。一方、スピンホール効果によって発生するスピン流がs×kの方向に流れるため、トポロジカル絶縁体は表面に垂直な方向には極めて高い効率でスピン流を発生する。
[用語2] 強磁性半導体 : 半導体に遷移金属の磁性元素を添加し、半導体と磁性体の特徴を両方持ち合わせる半導体。
[用語3] 一方向性スピンホール磁気抵抗効果 : 非磁性体・磁性体の接合において、非磁性体のスピンホール効果によって、接合抵抗が磁性体の180°磁化反転に応じて変化する現象。
[用語4] スピンホール効果 : スピン軌道相互作用が大きな材料に流れる電流と垂直な方向に、アップスピンとダウンスピンが逆向きに流れ、純スピン流が発生する現象。この純スピン流を磁化自由層に注入することによって、磁化に働くトルクが発生し、磁化自由層に磁化反転を起こすことができる。ここで生じた純スピン流は、垂直(膜厚)方向には正味の電荷移動の代わりに、スピン角運動量を運ぶことができる。
[用語5] マグノン : 磁性材料中の局在スピン揺らぎを表現する量子力学的な粒子。
[用語6] スピン無秩序散乱 : 自由キャリア(電子・正孔)が伝導する際に、自分のスピンが局在スピンの揺らぎによって散乱される現象。この散乱によって、電気抵抗が生じる。
掲載誌 : | Journal of Applied Physics |
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論文タイトル : | Giant unidirectional spin Hall magnetoresistance in topological insulator - ferromagnetic semiconductor heterostructures |
著者 : | Nguyen Huynh Duy Khang, Pham Nam Hai |
DOI : | 10.1063/1.5134728 |
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。
科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
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東京工業大学 工学院 電気電子系
准教授 ファム・ナム・ハイ
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