電気電子系 News
ハイブリッドナノ構造の形成と量子ナノデバイスへの応用
電気電子系では、最先端の研究施設と各分野で活躍中の教員の直接指導により、学生でも世界に誇れる研究成果を出し、自分自身で発表することができます。電気電子系には、大きく分けると「回路」「波動・光および通信」「デバイス」「材料・物性」「電力・エネルギー」の5つのグループがあります。各教員はいずれかのグループに所属しており、研究室単位での研究が行われています。
研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介。今回は、量子を操作するナノスケールデバイスを研究する、石橋研究室です。
デバイスグループ
電気電子コース
研究室:理化学研究所・石橋極微デバイス工学研究室(埼玉県和光市広沢2-1)
主任研究員 石橋幸治
研究分野 | ナノ物理、ナノデバイス、量子情報デバイス、量子技術 |
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キーワード | 量子操作、量子ドット、人工原子、単電子デバイス、コヒーレント制御、トポロジカル超伝導、カーボンナノチューブ、半導体ナノワイア |
Webサイト | 石橋研究室 |
ナノスケールの構造を作製する技術を開発するとともに、そこに現れる量子効果を探索し、量子物理学の原理に基づいた新しいデバイスや量子技術を研究しています。その典型例は量子コンピュータの基本デバイスである量子ビットです。量子ビットは人工的な2準位系であり2準位を持つ人工原子です。それを実現するために量子ドットに閉じ込めた1個の電子のスピンや励起子を使い、光や電磁波との相互作用を利用してコヒーレントに量子ビットを操作する技術を開発します。これらの量子ビットと共振器を強く相互作用させる技術を開発し、将来は超伝導型量子ビットなどと組み合わせたハイブリッド量子プロセッサの実現を目指しています。また、量子技術を電荷、テラヘルツ波、磁束などの極限計測へ応用することも目指しています。量子技術に必須な高いコヒーレンスを求め、より小さな構造を実現する原子操作技術やトポロジカル超伝導接合の研究なども行っています。
ハイブリッド量子プロセッサのイメージを図1に示します。ここでは、ロジック動作を行う超伝導型量子ビット、量子メモリとして働くスピン型量子ビット、さらに、プロセッサ内の量子情報と光子を変換し外部との通信を可能にするインターフェース、そしてこれらを制御する古典的なトランジスタ回路からなります。これを実現するためには様々な物理機能を利用しますが、その一つが量子ビットと共振器の量子的な相互作用です。スピン型の量子ビットでは大きな相互作用を得るために単一スピンと電界の相互作用が必要です。普通、スピンは電界で制御できませんが、そのためにスピン軌道相互作用や2電子系の一重項・3重項状態を使うことを検討しています。図2はコプレーナ導波路型マイクロ波共振器をチップ上に作製し、電界強度が大きくなるところにスピン軌道相互作用が大きなInSb半導体ナノワイアで作った2重結合量子ドットを設置し、量子ドットと共振器の相互作用に関して予備的な実験を行うための試料構造です。測定では極低温に置かれた共振器を透過してくるマイクロ波の強度と位相を測定します。1個の電子が片方のドットに局在した場合(Aの場合)とドット間をトンネルにより行ったり来た入りできる場合(Bの場合)で共振周波数が異なることが分かりました。量子的な相互作用を実現できているのかどうかはまだわかりませんが、このような共振特性の測定から量子ドットの状態を調べる手法は量子ビットの非破壊読出しの観点からも重要です。
図2.マイクロ波コプレーナ導波路共振器中に置かれた2重結合量子ドット
単層カーボンナノチューブ(SWCNT)は1ナノメートル程度の直径を持つことから、これをBuilding Blockとすればリソグラフィーでは実現ができないくらい小さな分子スケールのナノ構造を作製することができます。SWCNTに対してトンネル障壁となるような構造を分子で作ることができれば、半導体ヘテロ構造と同じように1次元的なバンドエンジニアリングが可能です。このような構造は極めて微細であるので大きな量子効果をより高温で発現させることができます。図4はこのような構造の基本ユニットとなる分子でSWCNTをつないだ構造です。ここで分子はトンネル障壁の役割を果たします。図5は3つのSWCNTを分子でつないだ構造です。分子がトンネル障壁として働くことからこの構造は1次元量子ドットとして動作することが期待できます。1本のSWCNTの両端を分子で修飾した構造は分子と結合している化学結合を選ぶことにより単一量子ドットや2重量子ドットを作ることができます。図6は1次元量子ドット内の状態密度を走査トンネル分光(STS)法によって測定した結果です。カルボキシル基を用いて分子を結合した場合には調和振動子のような閉じ込めポテンシャルを持つ単一量子ドットが形成できます。また、この量子ドットからは励起子発光が観測されています。この発光は光通信波長帯でおこり、量子通信に必要な単一光子発生への応用が期待できます。また、1次元量子ドットで生成される励起子の物性や制御にも興味があります。
ここでは量子効果を使った極限計測の例として、テラヘルツ(THz)波を光子として検出する量子応答メカニズムとその応用について紹介します。カーボンナノチューブで作った量子ドットでは人工原子としてのエネルギースケールがTHzの周波数になるため、THz波を光子として吸収したり放出したりする量子的な応答が可能です。実際、図7に示すようにTHz波を量子ドットに照射するとTHz光子の吸収を伴うピークが観測されます(矢印)。このメカニズムは光アシストトンネルと呼ばれ、超伝導/絶縁体トンネル接合においてマイクロ波の量子検出に使われています。量子ドットではインピーダンス整合の問題があるためそのまま高感度検出に応用することはできませんが、量子ドットを複数個組み合わせたデバイスを作製することによりこの課題を克服することを検討しています。そこで、カーボンナノチューブで量子ドットを複数集積化したデバイスや簡単な回路を作製するための方法として、イオンビームを局所的に照射することによりトンネル障壁を形成する技術の開発を行っています(図8)。
図7.単層カーボンナノチューブ量子ドッにTHz波を照射した時の電流応答
図8.多層カーボンナノチューブの一部に集束イオンビームなどを用いて局所的にトンネル障壁を形成して量子ドットを形成します。この方法を使えば好きな場所にトンネル障壁を作ることができるので、デバイスや回路へ向けた自由度が広がります。
電気電子系の全研究室を紹介したパンフレットは広報誌ページでご覧いただけます。
主任研究員 石橋幸治
E-mail : kishiba@riken.jp
※この内容は2016年3月発行の電気電子系パンフレットによります。最新の研究内容については各研究室にお問合せください。