生命理工学系 News
セントロメア領域で染色体異常が起こるしくみ
大阪大学大学院理学研究科のXU Ranさん(博士後期課程)と中川拓郎教授(全学教育推進機構)らの研究グループは、大阪大学微生物病研究所の元岡大祐講師、東京科学大学総合研究院細胞制御工学研究センターの岩﨑博史教授(生命理工学コース 主担当)、坪内英生助教との共同研究により、染色体のセントロメア領域[用語1]の転写が染色体異常[用語2]を起こす分子メカニズムを明らかにしました。
染色体のセントロメア領域は、高度に凝縮したヘテロクロマチン構造を形成することで転写が起こりません。このヘテロクロマチンによる転写阻害は染色体異常の発生を抑制します。よって、ヘテロクロマチンが正常に形成されない変異株では、セントロメア領域で転写が起きることで染色体異常が引き起こされます。染色体異常は細胞死やガンなどの遺伝性疾患の原因となりますが、セントロメア領域の転写が染色体異常を起こす分子メカニズムは解明されていません。
今回、研究グループは、分裂酵母[用語3]を用いてDNA:RNAクロマチン免疫沈降(DRIP)を行いました。その結果、セントロメア領域では転写の進行停止(Pause)、後退(Backtrack)、再開(Restart)が繰り返される転写のPBRサイクルによりRNAがDNAと安定結合したRループ[用語4]が蓄積することを明らかにしました(図1)。また、精製Rad52蛋白と人工合成したRループを用いた生化学実験により、Rad52蛋白がRループと相補的な1本鎖DNAとの結合を促進して新規中間体ADRループ[用語5]を形成することで(図2)、染色体異常を引き起こすことを明らかにしました(図3)。
本研究の成果により、Rループの形成機構、また、Rループによる染色体異常の発生機構が解明されました(図3)。ADRループの形成を制御することで、染色体異常が多発するガンなどの遺伝性疾患の治療に新たな可能性が見出されました。
本研究成果は、国際科学誌「Nucleic Acids Research」に、1月13日(火)9時01分(日本時間)に公開されました。
図1. DRIP-Seq法によるRループの検出
分裂酵母のさまざまな変異株を用いてDRIP解析を行った結果、当初、予想していなかった「転写のPBRサイクルがRループを形成する」ことを発見できました。また、「組換え酵素Rad52がADRループを形成する」ことも世界で初めて証明できました。
転写が進行停止してしまったとき、転写を中止することも頑張って再開することもあります。今回、転写の停止、後退、再開を繰り返すPBRサイクルが染色体異常を引き起こすことが明らかになりました。「転写はがんばり過ぎない」ことも、時には大切なのかもしれません。
染色体のセントロメア領域では転写が起きると染色体異常が発生します。染色体異常は細胞死やガンなどの遺伝性疾患の原因となります。しかし、どのようにしてセントロメア領域の転写が染色体異常を起こすのかは明らかになっていませんでした。
研究グループは、DNA:RNAハイブリッドに特異的に結合するS9.6抗体を利用してDNA:RNAクロマチン免疫沈降(DRIP)を行いました。その結果、分裂酵母では、セントロメア領域で転写のPBRサイクルが起きるとRループが蓄積し、このRループの蓄積が染色体異常を引き起こすことを明らかにしました(図1)。
分裂酵母の変異株を用いた遺伝学的解析により、組換え酵素Rad52がRループによる染色体異常の発生に関与することを明らかにしました。精製Rad52蛋白と人工合成したRループを用いた生化学的解析により、Rad52蛋白がRループと相補的な1本鎖DNAの結合(アニーリング)を促進することで、今回新たに検出した中間体
Annealing-induced DNA-RNA loop(ADRループ)を形成することを発見しました(図2)。
図2. Rad52蛋白によるADRループの形成
本研究成果により、転写のPBRサイクルとADRループ形成により染色体異常が起きることが明らかになりました(図3)。Rループは染色体異常などのゲノム不安定化を誘導するだけではなく、生理的に重要な転写を調節する役割も報告されています。今後、本研究により発見したADRループの物理的また機能的特徴をより詳細に解析することで、セントロメア反復配列を介した染色体異常の発生メカニズムが解明されることが期待されます。また、染色体異常が多発するガンなどの遺伝性疾患の新たな治療法の開発が期待されます。
図3. セントロメア領域における転写のPBRサイクルによるRループの形成とRad52によるADRループ形成が染色体異常を引き起こす
なお、本研究は、JSPS科研費「転写による染色体異常の発生メカニズム(JP21H02402)」、「セントロメア領域で起きる染色体異常の発生メカニズム(JP25K09511)」、上原記念生命科学財団 研究助成金「セントロメア領域の転写による染色体異常の発生機構(202120462)」の一環として行われ、JSPS科研費(JP18K06060,JP18H02371,JP23H02409,JP22H00404)、武田科学振興財団 生命科学研究助成、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2138)、豊中ロータリークラブの支援により実施されました。
[参考URL] 中川 拓郎 教授 | 研究者総覧 大阪大学
[用語1] セントロメア領域:動原体形成の足場となる染色体領域。ヒトや分裂酵母を含む多くの真核生物のセントロメア領域にはDNA反復配列が存在します。そのため、反復配列を介した染色体異常が高頻度に起きる染色体脆弱領域です。
[用語2] 染色体異常:転座、欠失、逆位など染色体の大規模な変化。
[用語3] 分裂酵母:ヒトと共通したクロマチン構造を持つことから、染色体の研究に有用なモデル生物。
[用語4] Rループ:転写産物であるRNAが鋳型鎖DNAに結合し、非鋳型鎖DNAが1本鎖となったループ構造。
[用語5] ADRループ:Rループ内の一本鎖DNAに相補的な1本鎖DNAが結合したループ構造。
| 掲載誌: | Nucleic Acids Research |
|---|---|
| タイトル: | Transcriptional PBR cycles at pericentromeric repeats cause gross chromosomal rearrangements through Rad52-dependent ADR-loop formation |
| 著者: | Ran Xu, Crystal Tang, Jianfang N. Wang, Daisuke Motooka, Hideo Tsubouchi, Hiroshi Iwasaki, and Takuro Nakagawa |
| DOI: | 10.1093/nar/gkaf1455 |