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ナガニシア酵母はがん抑制因子BRCA2ホモログを持つ

酵母モデルによる乳がん・卵巣がん発症機構解明に期待

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2023.12.19

要点

  • ナガニシア酵母がヒトがん抑制因子BRCA2のホモログを持つことを解明。
  • 子嚢菌以外の菌類全般においてBRCA2ホモログが広く存在する。
  • ナガニシア酵母のBRCA2ホモログは相同組換えに必須の役割を果たす。
  • ナガニシア酵母を用いた、乳がん・卵巣がんの薬剤探索研究の効率化に期待。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターのマルダン・パリハティ博士研究員(研究当時)、岩崎博史教授(生命理工学コース 主担当)、坪内英生助教(生命理工学コース 主担当)のグループは、ヒトがん抑制因子BRCA2と相同性を持つ因子(ホモログ)が菌類にも広く存在し、単細胞真核生物であるナガニシア酵母[用語1]をモデルに菌類のBRCA2ホモログが相同組換え[用語2]に中心的役割を果たすことを示した。

BRCA2遺伝子に変異を持つと、乳がんや卵巣がんの発症リスクが劇的に高まることが知られている。BRCA2はヒトを始めとする高等真核生物で見つかっていたが、真核生物の分子生物学を牽引してきた出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeや分裂酵母Schizosaccharomyces pombeなどのモデル酵母がBRCA2を持たないことから、酵母を用いたBRCA2の機能的理解が遅れていた。今回、ナガニシア酵母でBRCA2ホモログが見つかったことで、単細胞菌類をモデルにしたBRCA2の機能解析が可能となった。今後、ナガニシア酵母を用いたBRCA2の機能解析により、生命が遺伝情報を正確に維持するための分子機構の解明にとどまらず、ヒトの乳がん・卵巣がんの発症機構を理解する点においても重要な知見が得られると期待される。

本研究は、11月28日(日本時間)に科学雑誌「Life Science Alliance」のオンライン速報版で掲載された。

背景

日本の女性における乳がんの罹患率は約10%に上り、がん死亡の約10%が乳がん由来と言われている。その中でもBRCA1およびBRCA2と呼ばれる遺伝子に変異を持つと乳がん・卵巣がんの罹患率が劇的に上昇することが知られており、遺伝性乳がん卵巣がん症候群と呼ばれている。特にBRCA2に先天的に変異を持つと80歳までに乳がんを発症するリスクは70%近くにもなる。

BRCA2は相同組換えに必須な遺伝子である。相同組換えの根幹は、傷害を受けたDNAの周りの塩基配列を手がかりに、ゲノム中からよく似た配列(相同配列)を見つけ出すことであり、相同配列が見つかれば、その配列を参照して損傷部位を正確に修復することが可能となる(図1)。よって相同組換えが異常になればDNA傷害の正確な修復が困難になり、変異の蓄積は細胞のがん化を促す。

相同組換えの中心を担う酵素はRAD51[用語3]と呼ばれ、DNA間の相同性の検索およびDNA鎖交換反応を行う。BRCA2はRAD51がDNA損傷部位へ局在するのを助けることが知られているが、その機能の詳細はよく分かっていない。

これまで相同組換え機構の研究は出芽・分裂酵母などの単細胞真核生物モデルがけん引してきたが、これらのモデル酵母はBRCA2を持たないことが判明し、BRCA2の機能解析の遅れの原因となっていた。坪内助教と岩崎教授は出芽・分裂酵母とは進化的にかけ離れたNaganishia liquefaciens(ナガニシア酵母)に着目し、この担子菌酵母がBRCA2ホモログを持つことを見出した。

図1 相同組換え過程とRAD51の役割

図1. 相同組換え過程とRAD51の役割

研究成果

坪内助教等は担子菌酵母Naganishia liquefaciens(ナガニシア酵母)がBRCA2ホモログを持つことを見出した。さらに菌類で広く探索したところ、600以上のBRCA2ホモログが確認された。興味深いことに、これまで分子生物学でモデル酵母として広く用いられて来た出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeや分裂酵母Schizosaccharomyces pombeが属する子嚢菌生物においては、BRCA2ホモログは全く見つからなかった。菌類の中でも担子菌からは300以上のBRCA2ホモログが見つかり、BRCA2が子嚢菌以外の真核生物で広く機能していることが示された(図2)。

図2 BRCA2ホモログは子嚢菌以外の真核生物全般に広く見つかる。

図2. BRCA2ホモログは子嚢菌以外の真核生物全般に広く見つかる。

今回の発見により、菌類のBRCA2ホモログに共通する特徴が明らかとなった(図3)。ヒトのBRCA2は3,000以上のアミノ酸からなる巨大タンパク質であるが、安定した構造を形成しているのはC末端のみであり、この領域はヘリックス領域、3つの連続したDNA結合部位(OBフォールド[用語4])より構成される。それ以外の構造を取らない領域にはBRCリピートと呼ばれる、約35アミノ酸からなる特徴的な配列が8箇所、散らばって存在している。BRCリピートは相同組換え酵素RAD51と物理的に相互作用する部位である。一方で、菌類の持つBRCA2ホモログは全長が1,000アミノ酸前後と、ヒトBRCA2の3分の1ほどの大きさであり、相同領域はほぼC末端領域に限定されていた。また、ヒトなど高等真核生物で共通して見られる3つ目のOBフォールドが菌類のBRCA2では欠失していた。一方、ヒトとナガニシア酵母のBRCA2のC末端の構造を予測したところ、極めて類似した構造をとることが示唆された(図4)。また、C末端以外の領域で3つ程度のBRCリピート候補配列が見つかった。ナガニシア酵母のBRCA2遺伝子を破壊しその機能を調べたところ、RAD51遺伝子を破壊した株と同等の相同組換え異常が見られ、その異常はbrca2 rad51二重遺伝子破壊株でもrad51単独破壊株と同程度だったことから、ナガニシア酵母のBRCA2はヒトの場合と同様にRAD51と共同で相同組換えに中心的役割を果たしていることが示された。すなわち、ナガニシア酵母のBRCA2を用いて機能解析を行うことで、ヒトのBRCA2の機能の理解につながり、乳がん等の疾患の予防・治療に資する知見が得られることが期待される。

図3 ヒトBRCA2と菌類のBRCA2ホモログ

図3. ヒトBRCA2と菌類のBRCA2ホモログ

図4 ヒトと菌類のBRCA2C末端は極めて類似した構造をとる。

図4. ヒトと菌類のBRCA2C末端は極めて類似した構造をとる。

社会的インパクト

遺伝性乳がん・卵巣がんに起因するがん細胞はことごとく相同組換えに異常を持つため、その弱点をついた治療法の開発が進められている。単細胞生物モデルは遺伝的ネットワークの解析に絶大な威力を発揮することから、ナガニシア酵母を用いたBRCA2の遺伝的ネットワークの解明はヒトBRCA2と遺伝的相互作用を示す新規遺伝子の発見につながる可能性が高い。BRCA2と相互作用を示す遺伝子がコードするタンパク質は有望な薬剤標的候補となることから、ナガニシア酵母の遺伝学が乳がん・卵巣がんの新規治療法開拓のプラットフォームとなることが期待される。

今後の展開

ナガニシア酵母でBRCA2ホモログが見つかり、ナガニシア酵母を用いたBRCA2の機能解析を分子遺伝学的手法によって展開する準備が整いつつある。ナガニシア酵母の持つBRCA2ホモログはヒトのものより小さくタンパク質精製が容易であるため、これまでに確立した試験管内再構成系を利用することでBRCA2の機能の本質を生化学的に明らかにすることが期待できる。またBRCA2と相互作用する遺伝子を網羅的に探索することでその遺伝的ネットワークの全容の解明につながる。

  • 付記

本研究は、科学研究費助成事業 基盤研究(B)(18H02371、23H02409 代表:坪内英生)、基盤研究(A)(22H00404 代表:岩崎博史)および武田科学振興財団(生命科学研究助成 代表:坪内英生)の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] ナガニシア酵母 : 本研究で用いられたナガニシア酵母(Naganishia liquefaciens N6株)は日本海溝6,500メートル付近から回収された土砂より単離された担子菌酵母である。モデル酵母S. cerevisiaeと全く同じ条件で容易に培養できる。

[用語2] 相同組換え : 2つのDNA分子が相同性を有する場合、その部分で分子の乗り換え(すなわち組換え)が起こり、新しい分子が生じる現象を相同組換えと呼ぶ。相同組換えはDNAに二重鎖切断を導入することで誘導される。

[用語3] RAD51 : RAD51は真核生物のRecAファミリータンパク質である。RecAファミリータンパク質は、DNAが二重鎖切断を受けた場合にその末端に形成される一本鎖DNAにらせん状に結合した上で、その部分と相同性のある二本鎖DNA分子を見つけ出して、一本鎖DNAを二本鎖DNAに潜り込ませる活性(DNA鎖交換活性)を有する。

[用語4] OBフォールド : oligonucleotide/oligosaccharide-binding domain foldの略。タンパク質の立体構造中でよく見られる安定なフォールドの一つであり、DNAやRNAなどの核酸との相互作用の他、タンパク質同士の相互作用も媒介する。DNA複製や修復関連タンパク質にはOBフォールドを持つ例が多く見られる。

  • 論文情報
掲載誌 : Life Science Alliance
論文タイトル : Analysis of the indispensable RAD51 cofactor BRCA2 in Naganishia liquefaciens, a Basidiomycota yeast
著者 : Maierdan Palihati, Hiroshi Iwasaki, Hideo Tsubouchi
DOI : 10.26508/lsa.202302342別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター

助教 坪内英生

E-mail htsubouchi@bio.titech.ac.jp
Tel 045-924-5149

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