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腸内細菌が成人T細胞白血病リンパ腫の進行に与える影響

ウイルス性血液がんの発症や進行のメカニズムの一端を解明

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2024.12.03

ポイント

  • 腸内細菌が産生できる代謝物質が、ATL患者のがん細胞の増殖を促すことを解明。
  • 便検体のメタゲノム解析により、ATL患者の腸内に多い細菌と代謝物質を推定。
  • ATLの発症や進行に、腸内細菌や細菌由来の代謝物質が関与する可能性を示唆。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授(生命理工学コース 主担当)、千葉のどか博士後期課程学生、鹿児島大学の中畑新吾教授、宮崎大学の森下和広客員教授らの研究チームは、成人T細胞白血病リンパ腫(ATL[用語1])と腸内細菌叢の関連を明らかにしました。

ATLはレトロウイルスの一種であるHTLV-1[用語2]の感染により発症する難治性の血液がんです。ATLの発症に至るのはHTLV-1感染者の約5%のみであり、その発症や進行の引き金となる要因の解明が求められています。また、腸内細菌はさまざまな疾患の原因になることが知られており、急性骨髄性白血病などのATL以外の血液がんにおいても腸内細菌との関連性が報告されていました。

そこで本研究では、ATL患者の便検体の16S rRNA遺伝子解析およびメタゲノム解析を行い、腸内に有意に多い細菌とその機能を推定しました。その結果、患者腸内ではKlebsiella属の細菌数が、健常者よりも有意に増加していると推定されました。またKlebsiellaが産生を主に担っていると推定されたコハク酸セミアルデヒド(SSA[用語3])がATLのがん細胞(ATL細胞)の増殖を促進することを実験的に確認しました。

本研究で明らかにした腸内細菌叢が産生しうる代謝物質によるATL細胞の増殖促進の一連のメカニズムは、ATLの発症や進行の全容の解明に貢献することが期待されます。

本研究成果は、10月30日付の「Heliyon」に掲載されました。

2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

腸内細菌が生産できる代謝物質(SSA)はALT患者のがん細胞の増殖を促進する

腸内細菌が生産できる代謝物質(SSA)はATL患者のがん細胞の増殖を促進する。

背景

ヒト腸内に存在する約40兆もの腸内細菌は、大腸がんをはじめとするさまざまな疾患に影響を与えることが知られています。とくに腸内細菌由来の物質は、急性骨髄性白血病のほか血液がんの増悪に関与することも明らかになってきています。

本研究で対象にした成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)は、HTLV-1というウイルスの感染者が発症する難治性の血液がんの一種です。HTLV-1感染者の約95%は一生涯ATLを発症することはない一方で、約5%の感染者は感染から平均約60年後にATLの発症に至ります。発症者に共通する因子や進行のメカニズムの全容は依然として不明なままです。そこで本研究では、上記の背景のもと、ATL発症や進行の因子として腸内細菌に着目し、ATL患者やHTLV-1感染者に共通する腸内細菌叢の特徴について検討しました。

研究成果

本研究では28人のATL患者および37人のHTLV-1感染者を対象に、便検体から被験者の腸内細菌叢の特徴の推定を行いました。腸内細菌の種類と存在割合を推定するために、便検体から得た細菌のDNAの16S rRNA遺伝子を解析しました。また、腸内細菌の機能や代謝経路を推定するために、便検体から得た細菌の全ゲノム配列を解析しました(メタゲノム解析)。

その結果、ATL患者およびATLの発症リスクが高いHTLV-1感染者の腸内では、Klebsiella 属の細菌の存在量の増加が有意に増加していることが明らかになりました。さらに、ATL患者腸内ではKlebsiellaを含む腸内細菌群によるホモプロトカテク酸分解経路が高まっていることが、メタゲノムデータを用いた代謝経路エンリッチメント解析により推定されました。この経路での生成物の一つであるコハク酸セミアルデヒド(SSA)を、ATL患者由来のがん細胞(ATL細胞)に添加したところ、ATL細胞の増殖を促進することが培養実験で確認されました。以上のことから、コハク酸セミアルデヒドはATL細胞の細胞株の増加の促進を介して、ATLの発症や進行を促す可能性があることが示されました。

図1. 研究の概要
(a)本研究に用いたサンプル・データ。(b)解析手法:ATL患者・HTLV-1感染者の腸内細菌数や腫瘍マーカーとの相関等について健常者のものと比較した。また、ATL患者における腸内細菌の遺伝子や代謝経路の変動をみた。(c)腸内細菌によるATLの進行への関与:ATL患者・一部のHTLV-1感染者の腸内細菌叢においてKlebsiellaが増加しており、ATL患者においてはSSAの産生経路に関わる遺伝子が増加していた。(d)検証実験:がん細胞の培養時にSSAの添加により増殖の促進を確認した。(e)導出された仮説:SSAはがん細胞の増殖を介してATLの発症や進行を促している。

社会的インパクト

ATLにおいて、これまでは着目されてこなかった腸内細菌がその進行に重要な役割を果たしている可能性を指摘しました。したがって本研究の成果は、腸内細菌叢がATLの新規治療ターゲットや診断のマーカーとなりうる可能性を示唆しています。

今後の展開

本研究の結果は、ATLの発症や進行に腸内細菌が関与する可能性を示唆しました。本研究の成果の応用は、ATLのメカニズムの解明につながることが期待できます。今後、ATL細胞の増殖を促す腸内細菌由来の他の物質の探索や、動物モデルやヒトでの検証によって、さらなる知見が得られることが期待されます。

  • 付記

本研究は下記の助成を受けて行われました。
Society for the Promotion of Science (JSPS) KAKENHI (19K07693, 22K07172 to S.Nakahata; 15K15087 to K.M.; JP16H06279 (PAGS) to T.Y.), the Japan Agency for Medical Research and Development (JP21ck0106546h0002, JP21cm0106477, JP22ama221404)(to T.Y.), Japan Science and Technology Agency (JST) AIP Acceleration Research (JPMJCR19U3) (to T.Y.), and JST SPRING (JPMJSP2106) (to N.C.).

  • 用語説明

[用語1] ATL:成人T細胞白血病リンパ腫(Adult T-cell Leukemia/Lymphoma, ATLL)。HTLV-1に感染している母親からの母乳を介した垂直感染が発症の原因のウイルス性の血液がんである。HTLV-1の感染者のうち、本邦では年間約4,000人が新規にATLの発症に至っている。化学療法等を経ても致死率が高い難治性の白血病である。

[用語2] HTLV-1:ヒトT細胞白血病ウイルス1型(Human T-cell leukemia/lymphoma virus type1)。ATLの原因ウイルスである。本邦の感染者は約100万人程度確認されており、九州地方などに感染者が多いことが確認されている。

[用語3] SSA:コハク酸セミアルデヒド(Succinic semialdehyde)。反応性が高く、酸化ストレスにも関わる物質で、生体内では腸内細菌叢によってホモプロトカテク酸が変換されることによって合成される物質である。

  • 論文情報
掲載誌: Heliyon
論文タイトル: Succinic semialdehyde derived from the gut microbiota can promote the proliferation of adult T-cell leukemia/lymphoma cells
著者: Chiba N, Suzuki S, Enriquez-Vera D, Utsunomiya A, Kubuki Y, Hidaka T, Shimoda K, Nakahata S, Yamada T, Morishita K
DOI: 10.1016/j.heliyon.2024.e38507別窓

研究者プロフィール

山田 拓司
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 准教授
研究分野:生命情報 ゲノム・メタゲノム科学

中畑 新吾
鹿児島大学 ヒトレトロウイルス学共同研究センター
HTLV-1/ATL 病態制御学分野 教授

森下 和広
宮崎大学 医学部 客員教授
研究分野:分子生物学、生化学、血液学、ウイルス学

関連リンク

お問い合わせ

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系

准教授 山田 拓司

Tel 03-5734-3629
Email info@jchm.jp

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