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麹菌A. oryzaeの進化と家畜化の関係

大規模比較ゲノム解析で新たな仮説を提唱

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2019.12.03

要点

  • 日本全国から収集した麹菌82株の全ゲノムレベルの多様性を解読
  • 祖先株間で複数の有性生殖が起こっていたことが明らかに
  • 人間による家畜化が麹菌のゲノム進化に及ぼす影響を提唱

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授(生命理工学コース主担当)、渡来直生大学院生らは、ぐるなびとの共同研究により、日本全国5社の種麹屋[用語1]から収集した麹菌「Aspergillus oryzae」(アスペルギルス・オリゼー=ニホンコウジカビ、以下A. oryzaeと表記)の大規模比較ゲノム解析[用語2]を通じ、人間による家畜化と麹菌のゲノム進化の関係性について新たな仮説を提唱した。

麹菌A. oryzaeは長らく無性生殖のみを行うと考えられてきたが、ゲノム解析の結果、A. oryzae祖先株[用語3]間で複数の有性生殖[用語4]が起こっていたことが明らかになった。一方で、人間による家畜化の過程では有性生殖は起こらず、発酵特性に関わる一部の遺伝子変異の集中が起こっていることが明らかとなった。

研究成果は2019年11月22日、「DNA Research」(ディーエヌエー・リサーチ)に掲載された。

研究の背景

東京工業大学 山田研究室とぐるなびは2016年から共同研究を行っている。山田研究室が得意とするバイオインフォマティクスを活かし、ぐるなびの「日本の食文化を守り育てる」という企業使命の一環となる研究として、和食を特徴付ける発酵食品に着目したテーマに取り組んできた(「微生物ゲノム×地域」で食のブランディング―ぐるなびとの共同研究講座が本格始動)。

麹菌 A. oryzaeは味噌や醤油など、和食に欠かすことのできない発酵食品の製造を担う重要な微生物である。A. oryzaeは強力な分解酵素活性を持ち、東アジアを中心に発酵食品の製造に用いられてきた真菌(カビ)の一種である。中国で3000年ほど前に産業利用が始まり、日本では室町時代の頃より日本全国に点在する種麹屋によって管理されてきた経緯がある。

種麹屋は発酵特性の異なる独自の株を多数所有しているが、ゲノムとの関係は明らかにされていなかった。また、A. oryzaeは有性生殖に必要な遺伝子群をほとんど持っているものの、実験的に有性生殖に成功した例はなく、有性生殖の可能性については明らかになっていない。これらの問題を解決するため、多様な株のゲノム解析が必要とされていた。

研究成果

今回の研究ではA. oryzaeの単離株82株を日本全国5社の種麹屋から収集し、全ゲノム解読を行った。近縁種の既知のゲノムを含めた比較解析の結果、産業用株は系統樹[用語5]上でゲノム構造の異なるいくつかのクレード[用語6]を形成することが明らかとなった。

それぞれのクレードは産業用途(醤油用または酒・味噌用)で分類され、採取元では分類されなかった。また、系統樹上の位置関係とMAT型[用語7]の関係に不整合が見られたことから、これらのクレードの分化は、ある一つの祖先株の変異[用語8]の蓄積によるものではなく、有性生殖によるものであることが明らかとなった。

一方で、産業用株間のゲノムで有性生殖の痕跡を見つけることはできなかった。このことから、人間による家畜化の過程では有性生殖は起こらなかったことが示唆された。家畜化の過程で起こった遺伝子の変異に対する解析では、生育や色素、二次代謝[用語9]関連遺伝子に変異が見られたものの、産業用重要とされる分解酵素遺伝子への変異蓄積がほとんど見られなかった。これは、種麹屋が麹菌の育種をする一方で、重要な遺伝子が変異しないように守り通してきた結果が反映されていると考えられる。

また、A. oryzaeの近縁種に99.5%類似したゲノムをもつAspergillus flavus(アスペルギルス-フラブス、以下A. flavus)がある。A. flavusは、一部の菌株がアフラトキシン[用語10]などの真菌毒素を産生することから、食品衛生上重要であり研究が進んでいる種である。

A. oryzaeA. flavusは非常に近縁でありながら対照的な特性をもつため、人間の家畜化によってA. flavusが無毒化されA. oryzaeが生まれたとする説があった。しかし、今回の研究によってアフラトキシン合成遺伝子クラスターと全ゲノムの系統は無関係であることが明らかとなり、この説は否定された。

Aspergillus oryzae全ゲノム系統樹、A-Hは日本の産業用株が属するクレード

図1. Aspergillus oryzae全ゲノム系統樹、A-Hは日本の産業用株が属するクレード

TK-22株(クレードA)ゲノムの交雑解析

図2. TK-22株(クレードA)ゲノムの交雑解析

今後の展開

A. oryzaeの多種のゲノムが解読され、かつ祖先株間での有性生殖が示唆されたことから、有性生殖を用いたA. oryzaeの新たな育種方法の確立が期待される。また、変異解析によって抽出された遺伝子の中から産業用重要な遺伝子が同定され、産業界に活かされていくことが望まれる。

  • 用語説明

[用語1] 種麹屋 : 種麹は醸造食品の製造に使う麹を製造する際に、蒸米などに加えるもの。種麹屋は種麹を販売する店。

[用語2] ゲノム解析 : ゲノムは生物が持っているすべての遺伝子の集合(遺伝情報)のこと。その遺伝情報を総合的に解析することをゲノム解析という。

[用語3] 祖先株 : 現存しないものの、以前に存在していたと推定される菌株。

[用語4] 有性生殖 : 異なる属性(カビでは交配型)をもつ2株が細胞融合し、ゲノムDNAを交換して組み替えることで新たな遺伝子型の個体を生み出す生殖。

[用語5] 系統樹 : 生物の進化の道筋を描いた図。系統発生(分化:divergence)が枝分かれとして表現される。

[用語6] クレード : 系統樹上で一つの枝より下に存在する近縁な株のまとまり。

[用語7] MAT型 : 系一部の真菌類がもつ交配型(mating type)。哺乳類の性別にあたる概念であり、異なる交配型をもつ2株の間でのみ交配が行われる。A. oryzaeではMAT1-1とMAT1-2のいずれか一方の遺伝子をもつことが知られている。

[用語8] 変異 : 遺伝子のDNA配列が変化すること。

[用語9] 二次代謝 : 生存に必須ではない代謝系。発酵においては味や香りに関わるとされる。

[用語10] アフラトキシン : 1960年に英国で発生した七面鳥の大量死の原因物質のカビがアスペルギルス・フラブス(カビの一種)だったことから、毒(トキシン)と合わせてアフラトキシンという。

  • 論文情報
掲載誌 : DNA Research
論文タイトル : Evolution of Aspergillus oryzae before and after domestication inferred by large-scale comparative genomic analysis
著者 : Naoki Watarai, Nozomi Yamamoto, Kazunori Sawada, and Takuji Yamada
DOI : 10.1093/dnares/dsz024別窓
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