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リンチ症候群患者の大腸がんと腸内細菌の関連性の解明

腫瘍形成の理解に基づく新たな予防と治療の可能性

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2024.09.18

要点

  • リンチ症候群における大腸がん(CRC)の病態形成と腸内細菌変動の関連性を解明。
  • 71名のリンチ症候群患者の糞便サンプルに対して、各進行の段階ごとにメタゲノム解析と代謝物解析を実施。
  • リンチ症候群患者におけるCRCサーベイランスにおける糞便代謝物の重要性を示唆。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授(生命理工学コース 主担当)、サリム・フェリックス博士後期課程学生(当時)らによる研究チームは、リンチ症候群(LS)[用語1]患者の大腸がんと腸内細菌の関連を明らかにした。

リンチ症候群は遺伝性大腸がんの種類の一つであり、リンチ症候群における大腸がんの病態形成と腸内細菌の関連性はこれまで明らかになっていなかった。本研究では、リンチ症候群患者の大腸がん進行において、腸内細菌が重要な役割を果たしていることを明らかにした。具体的には、リンチ症候群患者の大腸がん患者では特定の細菌が増加しており、この細菌が大腸がん発生後の免疫調整や治療に対する耐性に関わっていることが予測された。さらにリンチ症候群患者の糞便代謝物は、腫瘍の有無に関わらず非リンチ症候群患者と異なることから、早期の代謝変動が観察された。この成果により、今後はリンチ症候群患者の腸内細菌をターゲットとした新しい治療法の開発など、新たな予防と治療の可能性が開けたと言える。

本成果は、6月4日付の「iScience」に論文が掲載された。

背景

大腸がん(CRC)患者は近年増加しつつあり、死因の上位に入る。大腸には多種多様な細菌などの腸内微生物が常在していることが知られており、腸の健康状態に大きな影響を与えていると考えられている。大腸がんにおける腸内細菌の役割は解明されつつあるものの、遺伝性大腸がんにおける腸内細菌の役割についてはまだ十分に理解されていない。

リンチ症候群(LS)は遺伝性大腸がんの種類の一つである。リンチ症候群は、DNAミスマッチ修復(MMR)遺伝子[用語2](MLH1、MSH2、PMS2、MSH6)またはEPCAMの病原的な生殖細胞系列変異によって引き起こされる、常染色体優性の家族性疾患であり、大腸がんや子宮内膜がんのリスクが報告されている。しかしこれまで、リンチ症候群患者の腸内細菌が大腸がん進行にどのような役割を果たしているかは明らかになっていなかった。

研究成果

本研究では、リンチ症候群患者の腸内微生物群および代謝物のプロファイルを、大腸がんの各進行段階で詳細に解析するというアプローチにより、遺伝性大腸がんにおける腸内細菌の役割を解明することを目指した。具体的には、71人の日本人リンチ症候群患者を対象に、糞便のメタゲノム解析と代謝物解析を行った。リンチ症候群患者は、アデノーマまたはがんの形成歴がないグループ(LS-CTR)、アデノーマのあるグループ(LS-ADE)、大腸がんのグループ(LS-CRC)、および過去にがん形成による結腸切除を受けたグループに分類した。また、同じサンプリングプロトコルを用いて、リンチ症候群ではない大腸がん患者からもデータを取得した。その結果、次のようなことが明らかになった。

(1)腸内細菌の多様性の低下

リンチ症候群患者は非リンチ症候群患者に比べて、腸内微生物のアルファ多様性[用語3]の低下が見られた。また、大腸がんの進行度に関わらず、リンチ症候群患者の腸内細菌にはフィーカリバクテリウム(Faecalibacterium)属[用語4]の細菌が少ないという傾向が見られた。ただし、アルファ多様性の低さとフィーカリバクテリウムの少なさは、炎症性腸疾患(IBD)[用語5]に関連していることが報告されており、この結果は、大腸がんの進行と関連しない、非リンチ症候群患者の腸内環境における炎症性が観察されたと見られる。

(2)フソバクテリウム・ヌクレアタムの増加

LS-CRCグループの患者の腸内からは、フソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum[用語6]とその毒性因子であるfap2が見出され、LS-CTRグループより高い相対存在量が観察された。また、LS-ADEグループのフソバクテリウム・ヌクレアタムがLS-CTRと有意な差を示さないことから、この細菌の増加が大腸がんの発生後に起きたことが分かる。

先行研究の報告から、フソバクテリウム・ヌクレアタムが特にdMMR/MSI-H型[用語7]の大腸がん患者の腸内に豊富であり、大腸がんの進行、転移、疾患予後、治療反応に影響を与える可能性が示唆されている。本研究の観察結果からは、リンチ症候群患者の大腸がんにおけるフソバクテリウム・ヌクレアタムの役割は、主に大腸がん発生後の免疫調整や治療に対する耐性であると予測された。

(3)代謝物の違い

メタゲノム解析によって、リンチ症候群の大腸がん患者ではアミノ酸の一種であるリジンとアルギニンの分解に関わる細菌の遺伝子が増加し、そうしたアミノ酸の代謝活動が促進されていると予測された。糞便代謝物データから、これらのアミノ酸の濃度が、大腸がんの進行に関わらず、リンチ症候群患者に高いことが観察された。がん発生の特徴の1つとして代謝変動が提唱されており、本研究の成果から、リンツ症候群患者の大腸がんにおいて、宿主側の早期の代謝変動が腸内細菌への選択圧として働いていると仮定できた。

本研究はリンチ症候群におけるCRCの病態形成に関与する要因を多角的に探索するものであり、腸内微生物の構成や代謝物の変化が、特に早期のdMMR遺伝子変異によって誘発される宿主の免疫応答と密接に関連していることを示唆している。さらに、フソバクテリウム・ヌクレアタムなどの特定の微生物種の増加がCRCの進行と関連するという従来の推定が正しいことが裏づけられ、これらの微生物が、腫瘍の成長と病態の進展にどのように寄与するかを理解するための重要な手がかりを提供している。

図1 研究プロセスの概要

図1. 研究プロセスの概要

社会的インパクト

今回の研究の結果は、リンチ症候群患者における腸内細菌の役割が大腸(結腸直腸)がんの腫瘍形成において他の要素よりも重要である可能性を示している。

今後の展開

今回の発見は、リンチ症候群結腸直腸がんの理解を深め、将来的な予防と治療のための新しいアプローチを提供する可能性がある。具体的には、リンチ症候群患者の腸内細菌をターゲットとした新しい治療法や代謝変動早期発見の一助になることが期待される。

  • 用語説明

[用語1] リンチ症候群(LS) : 生殖細胞系列におけるミスマッチ修復遺伝子の変異を原因とする常染色体有性遺伝性疾患である。

[用語2] ミスマッチ修復(MMR)遺伝子 : DNA複製や遺伝子組み換えの際に生じる不適正塩基の挿入や欠失の修復機構に関わる遺伝子のこと。主にMSH2, MLH1, PMS2, MSH6を指す。

[用語3] アルファ多様性 : 特定の生態系内の生物種の多様性のこと。ヒト腸内細菌研究において、個人内の細菌種の多様性を意味している。

[用語4] フィーカリバクテリウム(Faecalibacterium)属 : ヒト腸内細菌の一種。さまざまな疾患における減少が報告されており、次世代probioticsとしても期待される。

[用語5] 炎症性腸疾患(IBD) : クローン病と潰瘍性大腸炎を含め、消化器官における慢性炎症が発症する疾患の総称である。

[用語6] フソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum : 口腔細菌の一種である。大腸がんにおける増加傾向が報告されており、治療効果、腫瘍の悪化などとの関連も報告されている。

[用語7] dMMR/MSI-H型 : MMR遺伝子が機能しておらず、マイクロサテライトの繰り返し回数に変化が起こった状態の大腸がんである。通常の大腸がんに比べて治療効果や悪化傾向が異なると報告される。マイクロサテライト領域は、DNA上の塩基配列中に、同じ構造を持つ部分が2-5対に繰り返し並んでいる部分のこと。

  • 論文情報
掲載誌 : iScience, 27 (110181)
論文タイトル : Fusobacterium species are distinctly associated with patients with Lynch syndrome colorectal cancer
著者 : Salim, F., Mizutani, S., Shiba, S., Takamaru, H., Yamada, M., Nakajima, T., Yachida, T., Soga, T., Saito, Y., Fukuda, S., Yachida, S., & Yamada, T.
DOI : 10.1016/j.isci.2024.110181別窓
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Email takuji@bio.titech.ac.jp
Tel 03-5734-3629

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