生命理工学系 News
導電性ナノ繊維ネットワークが伸縮性と透湿性を両立
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の堀井辰衛特任助教、山下佳威学士課程4年生(研究当時)、Marimo Ito(マリモ イトウ)大学院生(研究当時)、岡田慧大学院生(研究当時)、藤枝俊宣准教授(生命理工学コース 主担当)らの研究チームは、膜厚300–400 nmのエラストマー[用語1]薄膜の片側上に、単層カーボンナノチューブ(SWCNT)からなる繊維状の導電材料を薄く塗布した繊維ネットワークを形成することで、伸縮性と透湿性、自己接着性を兼ね備えた表面筋電位[用語2]測定用の生体電極を開発した。
筋繊維が収縮する際に発生した電位変化は、生体組織を伝播し、皮膚表面に到達する。これを表面筋電位と呼び、低侵襲で筋活動を測定する技術として活用されているが、従来の電極は分厚く、硬いために、装着時の違和感や蒸れによる炎症につながるなど、リアルタイムでの長時間測定には不向きであった。
本研究チームは今回、簡便に高分子超薄膜を大量作製可能なグラビアコート法[用語3]を用いてエラストマー超薄膜を作製し、この片面上にSWCNTを含んだ繊維状の水性インクを薄く塗布することで、伸縮性と透湿性を兼ね備えた導電性超薄膜電極を開発した。エラストマー層が高い伸縮性を示すだけでなく、SWCNT繊維ネットワークの導電層は、みかん販売用の網袋(みかんネット)のように縦・横・斜めに原型の最大400%まで変形可能なことから、生体電極に求められる伸縮性を損なわない。また、一般的な濾紙よりも5倍ほど高い透湿性も実現し、蒸れによる皮膚の負担が低減される。
本研究成果は、装着者の自然な状態の筋活動をリアルタイムに測定するようなスポーツ科学や介護分野への応用が期待される。
本研究成果は、日本時間6月20日付のNature Publishing Group発行「NPG Asia Materials」誌に掲載された。
近年、スポーツ科学やヘルスケア分野において、筋電、心電、脳波のような生体電気信号を、日常的かつ長期的に記録できる装着型生体電極に関する研究が注目を集めている。市販の装置や、従来から研究・開発されてきた装着型生体電極は、分厚いプラスチックまたは金属、ハイドロゲル、導電性高分子などで構成されたものがほとんどで、硬質で伸縮性に乏しく、水蒸気を透過しないため、皮膚への適合性は十分とは言えなかった。そのため、身体動作に伴う皮膚の変形を拘束することなく、伸縮可能で湿度透過性があり、接着剤なしで皮膚表面の凹凸や柔らかさに馴染むような新しい装着型生体電極の開発が急務である。
皮膚への馴染み性、密着性を高めるには、電極膜厚の3乗に比例する曲げ剛性を下げることが効果的であり、ナノメートルオーダーの膜厚を有するエラストマー超薄膜が有用である。さらに、導電層には連続膜を形成しない導電材料の選択が、伸縮性と電気伝導性の両面で重要といえる。以前、藤枝研究室では導電性高分子PEDOT:PSS(電気を流すプラスチック)とエラストマー超薄膜を用いて生体電極を作製し、筋電位のリアルタイム計測に成功しているが、PEDOT:PSSは導電性に優れるものの伸縮性に乏しく(10%程度)、親水性であるために汗や湿気を吸ってふやけてしまうことが懸念されていた。
そこで本研究では、皮膚への密着性や伸縮性、透湿性、電気伝導性のバランスをとるため、導電層として疎水性の単層カーボンナノチューブ(SWCNT)から成るナノ繊維ネットワーク構造、ネットワークの支持層としてエラストマー超薄膜を用いた二層構造の導電性伸縮超薄膜を開発した。導電性超薄膜の電気、機械特性を調べ、前腕で測定した筋電位について、従来電極と比較しながら検討した。
今回、グラビアコート法により約360 nmの厚みを持つエラストマー超薄膜を作製した。超薄膜上にSWCNTを含有した水性インクを、同コート法を用いて塗布したのちに乾燥させる工程を3回繰り返すことで、SWCNTナノ繊維ネットワーク(層の平均厚み:約70 nm)を形成させ(図1 (b))、導電性伸縮超薄膜を作製した。この超薄膜のシート抵抗値[用語4]は、導電性高分子PEDOT:PSSを用いた従来の導電性超薄膜と同程度(0.6 kΩ sq-1)であった(図2 (a))。また、図2 (b)に示すように、作製した導電性伸縮超薄膜はPEDOT:PSSを塗布したもの(弾性率[用語5]:298 MPa、切断伸度[用語6]:22%)よりも柔らかく、伸び易いことが分かった(弾性率:86 MPa、切断伸度:386%)。
次に、透湿性について評価した(図3)。興味深いことに、210 nmの膜厚を有するエラストマー超薄膜を、支持体としての濾紙(桐山濾紙)に貼り付けて測定したときの水蒸気透過率は、濾紙自体の透過率に匹敵する値を示した(6,198 g m-2 (2 h)-1)。これは、超薄膜が高い水蒸気透過率を持つことを意味する。さらに、SWCNTを塗布した導電性伸縮超薄膜(濾紙に貼付した状態)は5,183 g m-2 (2 h)-1であり、導電性伸縮超薄膜自体の水蒸気透過率を計算すると28,316 g m-2 (2 h)-1と、人間の表皮の水蒸気透過率(204±12 g m-2 (2 h)-1)よりも二桁程度大きな値である。これにより、導電性伸縮超薄膜は透湿性にも優れることが実証された。
この柔軟で高い伸縮性、透湿性を有する導電性伸縮超薄膜を右腕前腕に接着剤なしで貼付し、表面筋電位測定ユニットと接続した(図4 (a))。右手にトレーニング用のグリッパーを把持し、5秒ずつ「握る」、「解放する」を5回繰り返したときの表面筋電位を測定した(図4 (b)–(d))。結果、図4 (e) に示すように我々の導電性伸縮超薄膜は市販ゲル電極に匹敵する信号/ノイズ比(SNR)[用語7]を示し、生体電極として十分使用できることが分かった。
本研究では、SWCNT繊維状ネットワークと伸縮性に富むエラストマー超薄膜を組み合わせることで導電性を有する伸縮性超薄膜電極を開発した。グラビアコート法を用いることで簡便に、大量に作製することが可能であることに加えて、接着剤なしで皮膚表面に密着でき、高い透湿性を示し、市販の筋電位測定電極や従来の導電性超薄膜と同等の電極性能を示した。今後は、装着者に違和感を与えずに生体筋の活動状態をリアルタイム、長時間測定することが求められるスポーツ科学や介護分野への応用が期待される。
本研究により、連続膜ではなく繊維ネットワークがエラストマー超薄膜の柔軟性や高伸縮性を損ねない構成であることを明らかにした。特筆すべき点としては、従来電極に匹敵する導電性や高い伸縮性のみならず、優れた透湿性を有する生体電極の実現に成功したことが挙げられる。また、本研究で開発した生体電極は一般的なロール・ツー・ロールプロセスを用いて製造できるため、将来的な大量生産にも適している。今後は、さらに電極の性能(SNR)を高めるために、皮膚と電極の界面の電気化学インピーダンス[用語8]の低減に取り組む。
本研究は、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「ソフトロボット学の創成:機電・物質・生体情報の有機的融合」(課題番号:18H05469)、若手研究(課題番号:19K14944)、基盤研究(B)(課題番号:21H03815)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR203Q)、文部科学省「先導的若手研究者育成プログラム(LEADER)」の支援を受けて行われた。WVTR水蒸気透過率の測定は、株式会社MORESCOの協力により実施された。
[用語1] エラストマー : ゴムのような弾性をもつ柔らかい高分子材料。シリコーンやスチレンブタジエン共重合体が知られる。
[用語2] 表面筋電位 : 脳からの信号を受け取り、筋繊維が収縮するときに微弱な電位変化を生じる。筋繊維の1本1本からの電位が複合化し、皮膚表面に伝達した電位変化のことである。
[用語3] グラビアコート法 : ロール状基材上に塗料を薄く均一に塗布する方法。ロール・ツー・ロール印刷法の一種。
[用語4] シート抵抗値 : 均一な厚みをもつ導電性薄膜の電気の流れにくさを表す指標の一つ。
[用語5] 弾性率 : 材料の変形のしにくさを表す材料固有の物性値。
[用語6] 切断伸度 : 材料をある方向に引っ張ったときに破断するまでに伸びたひずみ量。
[用語7] 信号/ノイズ比(SNR) : 電位変化に含まれるノイズ信号に対する信号電位の比率のことである。本研究においては、手を開いてリラックスしている時の電位変化をノイズとしており、グリッパーを握っている時の電位変化を筋肉からの信号電位として算出した。
[用語8] 電気化学インピーダンス : 交流回路における電気の流れにくさである。人間の体は大量の水分を含むだけでなく、多種のイオンを有する(ナトリウムイオン、リン酸水素イオン等)。筋繊維の収縮、弛緩は主にイオン濃度の変化により引き起こされ、これが電位変化のもととされている。その周波数は数百Hzの交流信号であるため、筋繊維や皮膚組織、電極などを含めた交流回路ととらえることができる。
掲載誌 : | NPG Asia Materials |
---|---|
論文タイトル : | Ultrathin Skin-Conformable Electrodes with High Water Vapor Permeability and Stretchability Composed of Single-Walled Carbon Nanotube Networks Assembled on Elastomeric Films |
著者 : | Tatsuhiro Horii, Kai Yamashita, Marimo Ito, Kei Okada, Toshinori Fujie |
DOI : | 10.1038/s41427-024-00553-9 |
お問い合わせ先
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
特任助教 堀井辰衛
Email horii.t.ad@m.titech.ac.jp
Tel 045-924-5713 / Fax 045-924-5712
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
准教授 藤枝俊宣
Email t_fujie@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924-5712