生命理工学系 News
~藤枝俊宣准教授、齋藤優人大学院生が記者説明会を開催
東京工業大学は6月8日、生命理工学院 生命理工学系の藤枝俊宣准教授(生命理工学コース主担当)、齋藤優人さん(修士課程2年、藤枝研究室)による記者説明会をオンラインで行いました。「IHクッキングヒーターの仕組みを活かして臓器を非接触でピンポイントに温める」がテーマです。
最初に藤枝准教授から、研究室で取り組んでいる高分子薄膜技術についての説明があり、続いて齋藤さんから、今回開発した局所温熱デバイスの紹介がありました。
テレビ会議システムを使った記者説明会には8名が参加し、活発な質疑応答が交わされました。
人間の細胞は高熱に弱く、42.5℃を超えると急速に死んでしまう。この性質を利用したのが、「がん温熱療法」である。この治療法の歴史は古く、古代ギリシアのヒポクラテスが、熱によってがんが消滅したと報告している。
腫瘍組織に熱をかけたとき、周囲の正常細胞も熱にさらされる。しかし、正常組織では、血管が拡張して熱を逃がすことができるが、腫瘍内の血管は拡張できないため、がん細胞だけが高温状態になる。この仕組みを活かした「がん温熱療法」と放射線治療や抗がん剤治療とを併用することで、効果を増強できることも報告されている。
がんの治療法として期待されている温熱療法であるが、ラジオ波やマイクロ波を照射する大きな装置が必要であり、実施できる施設が限られているという課題がある。
がん温熱療法を簡易な発熱装置で実現するために、高分子薄膜技術とIHヒーターの原理を応用したのが、今回の研究のポイントである。
腕時計のような機械を体につけると、皮膚のやわらかさとのミスマッチにより、むずむずしたりすることがある。一方で、ゴムのような柔らかい素材はミスマッチの解消にはなるが、薄くすると耐久性に課題がある。この課題を解決するために、研究室では、柔軟性に優れ、高機能な高分子薄膜の開発を進めている。高分子薄膜は薄くすると、より柔らかくなる性質があり、フレキシブルで快適なデバイスを作ることができる。
高分子薄膜に、電気が流れるインクを用いてインクジェットプリンタで回路を描くという技術を用いることで、局所的に光やエネルギーを照射することが可能となり、医療用デバイスへの応用が期待できる。
生体内の腫瘍組織に高分子薄膜を貼付し、生体外から交流磁場を与えると、IHクッキングヒーターと同じ原理で薄膜が発熱するというコンセプトに基づき試作した。
高分子薄膜は生体内に入れることから、生体適合性のあるポリ乳酸[用語1]で作成し、金ナノインク[用語2]をインクジェット印字することを考えた。金ナノインクは250℃処理することで安定化剤が除かれ導電性を発揮する。そのため、一旦高温処理に耐えうる高分子素材のポリイミド膜上に印字し、250℃処理をした後にポリ乳酸薄膜に転写した。作成した薄膜の厚さは7マイクロメートル(µm=10-6メートル)という薄さであるが、内視鏡手術のときの鉗子で取り扱っても耐えうる強度と柔軟性をもっている。
このデバイスを動物の肝臓表面に貼付し、磁場を与えると1分間の給電で約7℃、5分間で約8℃、表面の温度を上昇させることができた。このときの肝臓は正常組織であり、実験後に病理検査をおこなったところ、熱傷などの傷害はみられなかった。
今回作成した高分子薄膜による発熱デバイスは、内視鏡などを使って非侵襲的に腫瘍組織に送ることができる。大がかりな設備を必要とせずに、生体外から磁気を与えることにより、腫瘍組織に熱をかけることが可能であり、がん温熱療法を、より普及させることが期待できる。
[用語1]ポリ乳酸 : 乳酸を重合させた高分子。植物を原料とするバイオマスプラスチックとしても知られ、生分解性を有する。医療材料や環境低負荷材料として注目されている。
[用語2]金ナノインク : 金ナノ粒子を溶媒に分散させたインク。金は導電性を有するため、印刷機を用いて電子回路を作製できる。
掲載誌 : | Advanced Functional Materials |
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論文タイトル : | Flexible induction heater based on the polymeric thin film for local thermotherapy |
著者 : | Masato Saito, Eiichi Kanai, Hajime Fujita, Tatsuya Aso, Noriyuki Matsutani, and Toshinori Fujie |
DOI : |
超高齢社会を迎え、医療の高度化が進む現代において、医理工の枠組みを超えた斬新なコンセプトの医療機器開発が世界中で進んでいます。本研究では、IHクッキングヒーターをヒントにしたユニークな体内埋め込み型の発熱デバイスを開発しました。本研究成果は、シミュレーションによる回路設計から臨床医との原理実証に至る医工連携体制が結実した内容とも言え、今後がん温熱療法を普及させるための第一歩になると期待されます。
研究の過程で、臨床現場の視点から様々な医療課題・ニーズを提供していただいた帝京大学の松谷哲行教授をはじめ、御協力頂いた共同研究者に感謝申し上げます。本技術をがんと闘う患者さんやその御家族、また、医療従事者に一日も早く届けるため、我々研究チームでは、今後も医療ニーズと研究シーズをマッチングさせた医療機器開発を進めて参ります。