電気電子系 News
新開発「時分割MIMO」技術で高データレート無線通信を実現
東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一教授(電気電子コース 主担当)らの研究チームは、次世代の6G[用語1]に向け、高面積効率・低消費電力で高ビットレート動作が可能な新しいMIMO技術[用語2]によるフェーズドアレイ[用語3]受信機を開発した。
第5世代移動通信システム(5G)[用語4]では、ミリ波[用語5]帯の周波数を用いて通信速度の向上を図っているが、さらなる高速化のために、より高い周波数の活用や大規模MIMO[用語6]の利用が期待されている。しかし従来のMIMO技術は空間分割[用語7]により複数の無線経路を確立しているため、アンテナ数とMIMOストリーム数の積に比例して回路規模が肥大化し、大規模MIMOの集積化が困難になるという課題があった。
本研究では高速同期ビーム切り替えをフェーズドアレイ部で実現、MIMOストリーム数に回路規模が依存しない時分割[用語8]のMIMO技術を新たに開発した。時分割による回路再利用により回路規模を大幅に削減し、MIMOによる高データレートを実現しつつも、低消費電力かつ省面積コストのフェーズドアレイが実現できた。
開発した時分割MIMOフェーズドアレイ受信機ICは、65 nm世代のシリコンCMOSプロセスで作製した。このICを、アンテナを有するプリント基板に実装し、OTA測定[用語9]を行った結果、5G NR規格準拠の4ストリーム信号のMIMO通信に成功し、9.6 Gbpsの高ビットレート動作を実証した。これまで発表されている最新の5Gフェーズドアレイ受信機の中でも最高のビットレートを、最高の面積効率で実現した。
本研究で開発した受信機は5G及び6G向けのIoTやモバイル端末に搭載できるため、衛星通信への応用など、高ビットレートの特長を生かした新しい通信サービスの実用化・アプリケーション展開を大きく進展させる成果といえる。
本研究成果は、6月16日~20日に米国ホノルルで開催された「2024 IEEE Symposium on VLSI Technology & Circuits」で発表された。
デジタルトランスフォーメーション(DX)[用語10]の加速により、移動通信システムに求められる通信容量は指数関数的に増加している。このような社会的要求に応えるため、第5世代移動通信システム(5G)では史上初めてミリ波帯が用いられ、広帯域を生かした高速・大容量通信の大規模商用サービスの展開が進んでいる。その先の6Gでは、さらなる高速化のために、より高い周波数の活用や大規模MIMOの利用が期待されている。
空間分割多重を用いたマルチビームのMIMO技術は複数の信号ストリームを同時に利用することで高ビットレートの伝送を実現するもので、高性能・高電力効率伝送を目指したMIMO受信機の研究開発が盛んに行われている。特にアンテナ素子それぞれにアナログ-デジタル変換回路(A/D変換回路)を備えて、その出力をデジタル処理することでビームフォーミングを行うデジタルMIMO技術が、主としてマイクロ波帯で広く用いられてきた。しかしながら、ミリ波帯の無線通信においてマイクロ波帯と同じようにデジタルMIMO技術を用いようとした場合、通信距離を延ばすために多数のアンテナを用いるため回路規模が大きくなりすぎることから、ミリ波帯ではデジタルMIMO方式を適用できないことが課題とされてきた。
そこで、ミリ波帯ではアナログビームフォーミング方式を踏襲しつつ、MIMOストリーム数分だけビームフォーマーを備える全接続型の回路構成(図1左)が用いられてきた。ただ、この全接続型のMIMO対応ビームフォーマーにおいても、同時に伝送するMIMOストリーム数を増やすとそれに比例して回路規模、消費電力が増大してしまうという課題がある。すなわち、全接続型のMIMO対応ビームフォーマーにおいてアンテナの数をm、MIMOストリームの数をnとすると、回路の規模はm×n+nとなり、MIMOストリーム数nを増やせば飛躍的に回路規模が肥大化し、ビームフォーマーの実現が現実的でなくなってしまう。そのため、高ビットレート化のためのストリーム数の増加にはチップ面積、消費電力の観点から、実質的な上限が存在する。実際に、これまでの研究報告では、二次元アレイの実装が可能な小型なビームフォーマーにおいて、2ストリームまでのものが上限であった。上記の背景から、MIMOストリーム数に回路規模が依存しない面積効率、低消費電力特性に優れた現実的なMIMO対応ビームフォーマーの実現が望まれていた。
また、近年、地球上のほぼどこでも通信が可能で災害の被害を受けにくい衛星電話等の衛星通信サービス普及の期待が高まっているが、衛星通信では頻繁にリンクする衛星を切り替える必要があり、多接続が可能な新しいビームフォーマー技術が求められている。
本研究では、信号が変化するよりも速くビーム方向を切り替えることで、多数のMIMOストリームを同時に受信することができる時分割MIMO(図1右)を新たに考案し、回路規模増大の問題を解決した。具体的には、高速同期ビーム切り替えをフェーズドアレイ部で実現することで、MIMOストリーム数に回路規模が依存しないMIMO受信機を新たに開発した。時分割による回路再利用によりMIMOにかかる回路規模を大幅に削減できることから、MIMOによる高データレートを実現しつつも、低消費電力かつ省面積コストのフェーズドアレイが実現できる。
時分割MIMO動作は高速切替移相器[用語11]と同期技術により、異なるMIMOストリームを高いアイソレーションをもって切り替えることで実現した。本研究で開発した高速切替移相器は0.15 ns(ナノ秒)という従来比20倍以上の高速スイッチングが可能で、これより400 MHz帯域の信号周期2.5 nsの間に、4回のビームパターンの切替を行い、4ストリームの時分割MIMO動作を可能にした(図2)。
開発した時分割MIMOフェーズドアレイ受信機IC(図3)は、雑音除去と電流再利用技術を用いた低雑音増幅器と高速切替移相器、利得可変増幅器からなる受信回路を8系統有し、電力合成回路や制御回路も1チップに集積化した。本ICは65 nm(ナノメートル)世代のシリコンCMOSプロセスで作製、8個のパッチアンテナを有するプリント基板に実装してOTA測定を行った。5G NR規格準拠信号を用いて1 mの距離で評価した結果、4ストリームのMIMO通信が確認できた。64QAM[用語12]で400 MHz帯域の4ストリームのMIMO通信により、9.6 Gbpsの伝送速度を達成した。本ICの1MIMOストリーム当たりのチップ面積は僅か0.1 mm2、消費電力は8 mWで、これまで発表されている最新の5Gフェーズドアレイ受信機の中でも最高の面積効率で、最高のビットレートを実現した(図4)。
本研究成果によって、回路規模を増加させることなく、MIMOストリーム数を増やすことが可能になり、大規模MIMOを用いた6Gならではの高データレート利用した、新しい通信サービスの実用化が今後ますます進展していくものと思われる。特に、時分割による回路再利用により、MIMOにかかわる回路規模を大幅に削減し、MIMOによる高データレートを実現しつつも、低消費電力かつ省面積(コスト)なフェーズドアレイが実現可能となり、大規模MIMOをIoT端末/モバイル端末への実装を現実的なものとした。このことは6Gの高データレート無線通信システムの実用化を加速するうえで大きな意味がある。
また本研究成果の受信機は、すでに普及している通常のCMOSプロセスによってIC化が実現されているため、低コスト化・小型化が可能であり、IoT/モバイル端末をはじめとするさまざまなアプリケーションに展開できる。そうしたアプリケーションを通じて、高速・大容量6G通信の社会実装を加速させるという意味で、本成果が与える社会的インパクトは非常に大きいといえる。
今後は、今回開発した技術のサブテラヘルツ帯[用語13]等のさらなる高周波帯への展開を図るとともに、高機能化・高性能化・小型化・低コスト化などを通して、本技術の実用化に向けた研究開発を推進していく。
また、最近急速に開発・実用化が進んでいる衛星通信において、リンクしている衛星を切り替える際にMake-Before-Break(MBB:メークビフォアブレーク)[用語14]が必要となるが、本研究で開発した時分割MIMO技術はこれを容易に実現できることから、地上側、衛星搭載側含め本技術を用いた新しいアプリケーションの展開が期待できる。
本研究は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の委託研究「継続的進化を可能とするB5G IoT SoC及びIoTソリューション構築プラットホームの研究開発」(JPJ012368C00801)の成果の一部である。
[用語1] 6G : 第5世代移動通信システム(5G)の次の世代の移動通信システム。
[用語2] MIMO技術 : MIMO(multiple input multiple output)とは、複数の送受信アンテナを使用することで複数の無線通信経路を確立し、利用する技術であり、帯域あたりの伝送速度の向上が可能である。
[用語3] フェーズドアレイ : 複数のアンテナをアレイ状に配置し(アレイアンテナ)、各アンテナへ位相差・振幅差をつけた信号を給電する技術。ビームフォーミングの実現に利用される。
[用語4] 第5世代移動通信システム(5G) : 2019年に展開を開始した、国際的な移動通信ネットワークの第5世代技術標準。現在ほとんどの携帯電話に用いられている第4世代移動通信システム(4G)ネットワークの後継の規格である。4Gまでは6 GHz以下の周波数帯が用いられてきたが、5Gではその6 GHz以下の周波数帯と併用してミリ波も利用することで、大幅な通信速度の向上を可能にしている。
[用語5] ミリ波 : 波長が1~10 mm、周波数が30~300 GHzの電波。
[用語6] 大規模MIMO : 大規模MIMOは、より多数のアンテナを用いるMIMO技術の総称である。Massive MIMO(マッシブマイモ)と呼ばれることが多い。
[用語7] 空間分割 : 空間的に別の経路に分けることにより、多重化を実現する方法。
[用語8] 時分割 : 同じ経路でも時間で区切って異なる時間スロットを使用することで多重化を実現する方法。
[用語9] OTA測定 : OTAはOver The Airの略。実際に電波を飛ばして測定すること。
[用語10] デジタルトランスフォーメーション(DX) : 5G、IoT、AI等の通信・デジタル技術を活用し、浸透させることで、人々の生活や社会の構造などをより望ましい方向に変化させていく概念をいう。
[用語11] 移相器 : 入力した信号に対して、位相を一定の角度でシフトした信号を出力する回路・装置。
[用語12] 64QAM : 16 Quadrature Amplitude Modulationの略。搬送波の振幅および位相変化の16値を用いる変調方式。
[用語13] サブテラヘルツ帯 : テラヘルツ(THz)に迫る高い周波数帯で、一般には100 GHz~1 THzあたりを指すが、移動通信システムでは100 GHz近辺、90 GHz~300 GHzあたりを言うことが多い。
[用語14] Make-Before-Break(メークビフォアブレーク) : スイッチングデバイスにおいて、前の接続がオープンになる前に新しい接続経路を確立すること。 このことによって、スイッチされる経路が開放になることを避けることができる。
本研究成果は6月16日(現地時間)からハワイ(ホノルル)で開催された国際会議2024 IEEE Symposium on VLSI Technology & CircuitsのSession C9: Wireless Transceiversにおいて、「A 28GHz 4-Stream Time-Division MIMO Phased-Array Receiver Utilizing Nyquist-Rate Fast Beam Switching for 5G and Beyond (Late News)」の講演タイトルで発表された。
講演セッション : | Session C9: Wireless Transceivers |
講演時間 : | 6月18日 17時5分(現地時間) |
講演タイトル : | A 28GHz 4-Stream Time-Division MIMO Phased-Array Receiver Utilizing Nyquist-Rate Fast Beam Switching for 5G and Beyond (Late News) |
会議Webサイト : | 2024 IEEE Symposium on VLSI Technology & Circuits |
講演セッション : | Session C9: Wireless Transceivers |
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講演時間 : | 6月18日 17時5分(現地時間) |
講演タイトル : | A 28GHz 4-Stream Time-Division MIMO Phased-Array Receiver Utilizing Nyquist-Rate Fast Beam Switching for 5G and Beyond (Late News) |
会議Webサイト : | 2024 IEEE Symposium on VLSI Technology & Circuits |