電気電子系 News
7月15日、「大学は、これからの社会を創る最先端研究と人材育成を、どのように進めていくべきか」というテーマで、益一哉学長、ヤコビー・アミール(Amir Yacoby)教授(ハーバード大学 物理学・応用物理学)と工学院 電気電子系の波多野睦子教授(エネルギコース 主担当)が、生命理工学院 生命理工学系の星野歩子准教授のファシリテーションのもとに鼎談を行いました。
量子研究における世界的権威であるヤコビー教授が、波多野教授と国際共同研究を進める中で垣間見た、東工大ひいては日本および世界の研究や教育環境の現状と将来性について、学長たちと語り合った内容を紹介します。
——ヤコビー教授は「Nature(ネイチャー)」をはじめとする主力学術誌で影響力ある論文を多数発表し、量子研究の分野をけん引されています。まずは現在のご研究と、波多野研究室との共同研究に取り組まれた経緯についてお教えください。
ヤコビー:今はスピン量子ビッド、トポロジカル電子電磁力学などをテーマに、固体の物性理解と量子科学情報技術への応用などに取り組んでいます。共同研究も積極的に進めており、今回は波多野教授からお声がけいただきました。
波多野:世界の一流研究者との交流の重要性について、益学長が常々メッセージされていることもあり、思い切って私からメールを差し上げたところ、快くご了承くださいました。
ヤコビー:波多野教授はダイヤモンドの量子センサ など応用面から興味深い研究を進められています。私は同じテーマに物性理解の面から取り組んでおり、共同研究によって高い相乗効果を上げられると考えました。
益:今の時代、優れた研究を行うにはネットワークも重要になります。そこで東工大では、今回のように1ヵ月や2週間の滞在を繰り返す踏み込んだ国際共同研究にも力を注いでいます。ヤコビー教授にはラボでの研究に加え、セミナーやセッションを通じて学内外に広く刺激を与えていただき、大変ありがたく思っています。
ヤコビー:こちらも新たな測定手法を開発し、多彩な応用手法も学ぶことができて、大変満足しています。
波多野:今度は私の研究室にいる博士後期課程の学生が、米国のヤコビー教授の研究室で3ヵ月間研究させていただくなど関係も深まっています。
——ヤコビー教授の研究室では、先進企業で研究をリードする優秀な博士人材を多数輩出しています。米国では博士人材が研究界、産業界を問わず広く活躍していますね。
ヤコビー:博士号の取得は、米国では学術研究機関に職を得る必須条件です。産業界でも、学士や修士ではIBM(アイビーエム)やGoogle(グーグル)といった先進企業の研究職に就くのは難しい。特に量子力学の分野などでは、博士号の取得はこうした職へのチケットだと言えます。
波多野:教授は日本ご滞在時、博士後期課程の学生の少なさに驚かれていました。その一因は就職先の有無にある。日本ももう少し博士人材が活躍するフィールドを広げ、キャリアパスを多様化する必要がありますね。
益:科学技術を発展させる上でも、日本社会を活性化させる上でも、博士人材の力は不可欠ですから、大学としても努力をより強化していきたいと考えています。
——ヤコビー教授は「ハーバード・クオンタム・イニシアチブ(Harvard Quantum Initiative)(以下、HQI)」の執行委員でもありますが、HQIでは研究を進める上でどのような取り組みをしているのでしょうか。
ヤコビー:ハーバード大学は量子科学を重要な研究分野と位置づけ、HQIでは雇用の促進のための博士課程プログラムの開発をしています。また、HQIの研究費からの一部がポスドクに「創設資金(seed funding)」として支給されます。助成金申請のための提案書を作成し、その提案が評価され、最も優れたものが支援される、という助成金を得る経験を彼らは積むことができます。こうした方法で「いろいろなアイデアのスタートアップ」を推進しています。
波多野:「創設資金」を得るプロセスが今後の糧になるということですね。若手研究者にとって機会を得られ、創造が生まれやすい環境が整っていることを感じました。
——個々のプロジェクトマネジメントについても伺います。研究主宰者(Principal Investigator)の役割について、どのようにお考えでしょうか。
ヤコビー:私たちの仕事は、第一に科学的にクリエーティビティを発揮すること、第二に学生へのメンタリングを通して、研究や勉学と同時に、貢献につながるよう導くことだと認識しています。そして、第三には記事の出版や論文の発表のために資金を調達する努力が必要です。そういう意味で研究主宰者というのは、スタートアップ企業の最高経営責任者(CEO)と同じように多彩なものだと思います。雇用や資金調達、宣伝といった、いろいろな側面を果たしていくことがプロジェクトの成長に必要だと考えます。
——科学的なクリエーティビティの発揮をしていく中で、メンタリング、論文発表、出版活動は全て重要だと思いますが、もし優先順位をつけるとすれば、どういう順序になるでしょうか。
ヤコビー:もし順序をつけるのであれば、「科学的にどのような影響を与えるのか」というところを第一の選択基準にします。メンターシップで最も重要なのは、相手からクリエーティビティを引き出すことです。
益:人と、そこから生まれるクリエーティビティを育むことの重要性を改めて認識します。
——近年、量子の最先端研究への期待がさらに高まっています。
ヤコビー:IBMなどとも協力して量子コンピュータの研究を進めていますが、実現にはもう少し時間がかかりそうで、波多野先生が取り組まれている量子センサの方が実用化は早いのではないかと感じます。
波多野:物理の理解という科学と応用への技術(エンジニア)で新たな価値を創出し、社会課題を解決する。それには分野を横断した国際的な連携が欠かせません。ヤコビー先生との共同研究も、まさにそのために進めているものです。
益:私の専門である半導体デバイスの分野でも、量子研究の成果が大きな進化をもたらすのではないかと期待しています。例えば今の主流な半導体構造の一つであるCMOS(相補型金属酸化膜半導体:Complementary metal oxide semiconductor)と同じような対称性が量子で実現できれば、一気に世界が変わりそうですね。
ヤコビー:実用化の場面では、知識の融合が不可欠です。私が研究環境を選ぶとき最も重視しているのも、どんな相手と研究ができるかという点です。設備や研究支援体制ももちろん重要ですが、優れた相手との交流は自身のクリエーティビティの向上にもつながり、共同研究を行えば相乗効果で個々の研究を行う以上のインパクトを社会に与えられるからです。そのためにも、私は包括的であることを常に意識するようにしていて、研究や職場の環境をどんな方でも快適に感じられるように努めています。
益:例えば波多野先生は、企業で基礎研究や実用化に携わった後、東工大で応用を中心とした研究に活躍されています。国籍や性別に加え、分野や経験の多様性が研究活動を活性化する。そこで東工大でも「ダイバーシティ&インクルージョン推進宣言」のもと、知的活力に満ちた環境づくりを進めています。
——最後に、ヤコビー教授は学生を指導する際に留意されていることや学生へのアドバイスはありますか。
ヤコビー:私は自分を学生のボスではなく、彼らの研究活動を支援する助言者、協働役だと考えています。ですから学生と対話して関心事を引き出しながら、彼らが研究目標を達成し、キャリア形成の手助けができるよう心がけています。アドバイスとして研究室の学生に言っているのは、クリエーティビティは無駄や余裕の中から生まれるということ。また、研究テーマや進路の選択に迷っている学生には、ぜひ「学びが浅い段階で無理にテーマを探そうとするより、まずは良いアドバイザーを探すといいのでは」と伝えたいですね。
波多野:私もヤコビー先生からは、学生の指導法や研究の視座の高さなど、研究面以外でも多くのことを学んでいます。今後もこうした国際頭脳循環の仕組みを、引き続き拡大していければ嬉しいですね。
ヤコビー:私も次のコラボレーションを楽しみにしています。
益:ぜひよろしくお願いします。優れた研究を行い、社会に貢献していくには、すぐれた「人」の育成と獲得、そしてその「連携」が重要だということが改めて理解できたディスカッションだったと思います。
——本日はどうもありがとうございました。