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重いIV族元素を用いたダイヤモンド量子光源の光学特性を解明

量子ネットワークへの応用に期待

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2021.10.06

要点

  • ダイヤモンド結晶内で重いIV族元素である鉛(Pb)原子を用いた量子光源(PbV中心)を形成。
  • 2,000℃を超える加熱処理による高品質形成に成功するとともに、光学特性を世界で初めて解明。
  • 優れた光学特性とスピン特性が両立する可能性から、量子ネットワークへの応用に期待。

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の岩﨑孝之准教授(電気電子コース 主担当)と波多野睦子教授(エネルギーコース 主担当)、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の谷口尚拠点長、産業技術総合研究所 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センターの宮本良之上級主任研究員らの共同研究グループは、固体量子光源[用語1]として機能する、ダイヤモンド中の鉛-空孔(PbV)中心[用語2]の高品質形成に成功し、その光学特性を世界で初めて明らかにした。

本研究では、Pbイオンを注入したダイヤモンド基板を2,000℃以上で加熱処理をすることで、高品質なPbV中心を形成した。その光学特性評価により、PbV中心のゼロフォノン線[用語3]の発光波長が550 nmおよび554 nmであることを明らかにした。こうしたことから、重いIV族元素であるPbを用いることでフォノンの影響を受けづらくなるため、IV族元素を用いた従来のダイヤモンド量子光源に比べて、高い温度で長いスピンコヒーレンス時間[用語4]が期待できることが示された。

今後は、さらなる高品質化や、理想的な発光線幅の計測、長いスピンコヒーレンス時間の実証を通して、量子ネットワークへの応用が期待できる。

本研究成果は2021年9月14日、アメリカ化学会の「ACS Photonics」に掲載された。

背景

量子ネットワークは、量子状態を送受信することで完全に安全な情報伝達を可能にする情報ネットワークであり、長距離量子ネットワークの実現に向け、優れた光学特性とスピン特性を有する固体量子光源が求められている。これまで最もよく研究されている量子光源系のひとつに、ダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)中心があるが、情報伝達に用いられるゼロフォノン線の割合が全発光中の約4%程度と非常に低いことと、構造対称性から外部ノイズの影響を受けやすいことが問題とされている。それに対して、ダイヤモンド中のIV族元素を用いた量子光源は、ゼロフォノン線の割合が大きく、さらに反転対称の構造を有するためノイズに強い。その一方で、準位間でのフォノン吸収がスピン特性を制限するという問題がある。たとえばシリコン-空孔(SiV)中心では、長いスピンコヒーレンス時間を達成するために、希釈冷凍機を用いてミリケルビン(mK)温度領域まで冷却する必要がある。

本研究グループはこれまでに、重いIV族元素であるスズを用いたスズ-空孔(SnV)中心の形成に成功している。このSnV中心では、大きな基底状態分裂[用語5]によってフォノンの影響を抑制できるため、2 K程度でSiV中心と同等の長いスピンコヒーレンス時間が得られることが予測されている。この成果を受けて、スズよりもさらに重いIV族元素である鉛を用いた鉛-空孔(PbV)中心の研究が世界各国で始まっているが、高品質な量子光源の形成が難しく、その光学特性は明らかになっていなかった。

研究成果

本研究では、2,000℃を超える高温加熱処理を行うことでダイヤモンド中に高品質なPbV中心を形成し、その光学特性を世界で初めて解明することに成功した。

Pbは非常に重い元素であるため、ダイヤモンド基板へのPbイオン注入時に多数の欠陥を導入してしまう。さらに、Pbと空孔が結びついて特定の結晶構造を取ることで量子光源として機能するが、格子密度の大きいダイヤモンド結晶内では、大きなPb原子が動きづらいという問題もある。そこで、これらの課題を解決するために、本研究ではイオン注入後の加熱処理を、通常の1,000~1,200℃を大幅に超える2,100℃で行った。なおこの加熱処理は、ダイヤモンド相を安定にするために約8万気圧の高圧下において実施した。

ダイヤモンド中のIV族-空孔中心では、IV元素が格子間位置に存在し、その両隣の炭素が空孔になった原子レベル構造になると考えられている(図1bの挿入図)。この構造が持つ基底状態と励起状態はそれぞれ2つに分裂しており、そのエネルギー準位間で光学遷移が起こることが期待できる。形成した高品質PbV中心の発光スペクトルを測定したところ、その構造対称性に起因する550 nmと554 nmの2本の鋭い波長のピーク(C、Dピーク)が観測された(図1b)。この2本のC、Dピークは、それぞれ2つの励起状態のうち低いほうの準位から、2つの基底状態の準位への光学遷移に対応するものと考えられる(図1a)。

そうした光学遷移が実際に起こっていることを確かめるために、この2本のピークの偏光特性を評価した。C、Dピークは、それぞれ発光中心の主軸方向(空孔-Pb-空孔に沿う方向)と垂直な方向の双極子に起因するために、偏光方向は直交することが期待される。単一のPb原子からなるPbV中心を形成して、その発光の偏光特性を測定したところ、実際にCピークとDピークの偏光が直交に近い関係であることが確認できた(図1c)。以上の結果は、観測したC、Dピークがダイヤモンド中のPbV中心のゼロフォノン線に対応していることを強く示している。

次に、こうした光学特性から得られたエネルギー準位の情報を用いて、PbV中心に期待できるスピン特性を明らかにした。C、Dピーク間のエネルギー差は基底状態の分裂幅(約3,900 GHz)に対応する。この値は、他のIV族元素を用いた量子光源の場合よりも圧倒的に大きい。この大きな基底状態分裂幅とフォノンの吸収レートの理論を踏まえると、PbV中心では約9 Kにおいて長いスピンコヒーレンス時間が期待できる。

図1 (a) ダイヤモンド中のPbV中心のエネルギー準位。 (b) PbV中心の発光スペクトル(約6 K)。CとDピークの間にあるのは、ダイヤモンド結晶に由来するラマンピーク。挿入図はPbV中心の構造図。 (c) 単一PbV中心の偏光特性。

  1. 図1(a) ダイヤモンド中のPbV中心のエネルギー準位。 (b) PbV中心の発光スペクトル(約6 K)。CとDピークの間にあるのは、ダイヤモンド結晶に由来するラマンピーク。挿入図はPbV中心の構造図。 (c) 単一PbV中心の偏光特性。

今後の展開

本研究では、ダイヤモンド中の新しい量子光源であるPbV中心の高品質化を行い、その光学特性を世界で初めて明らかにした。さらにスピン特性が優れていることも予測したことから、量子ネットワークにおいて重要である、優れた光学特性とスピン特性が両立する固体量子光源の実現につながる研究成果だといえる。

今後は、さらなる高品質化や、共鳴励起[用語6]による理想的な発光線幅の確認、スピンコヒーレンス時間の実証を通して、量子ネットワークへの応用が期待できる。

  • 付記

本研究は、東レ科学技術研究助成および文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププロジェクト(Q-LEAP)(No. JPMXS0118067395)の支援を受けて行われた。

  • 用語説明

[用語1] 固体量子光源 : ダイヤモンドのような固体物質内に形成される、単一光子放出を可能とする複合欠陥。その光とスピン特性を用いることで量子ネットワークへの応用が期待されている。

[用語2] 鉛-空孔(PbV)中心 : 炭素原子からなるダイヤモンド結晶において、格子間位置に存在する鉛原子とその両隣の空孔からなる複合欠陥。

[用語3] ゼロフォノン線 : 量子光源の発光において、フォノンの遷移を伴わない発光。

[用語4] スピンコヒーレンス時間 : 量子状態をスピンに保存することができる時間。

[用語5] 基底状態分裂 : IV族元素を用いたダイヤモンド量子光源において、スピン-軌道相互作用によって起こるエネルギー準位の分裂。重いIV族元素を用いるほど分裂は大きくなる。

[用語6] 共鳴励起 : 量子光源の発光の理想的な線幅は非常に狭く、通常の発光スペクトル計測では測定が困難である。ゼロフォノン線と波長が厳密に一致するレーザを用いる高精度な共鳴励起計測は、この理想線幅の測定を可能にする。

  • 論文情報
掲載誌 :
ACS Photonics
論文タイトル Low-Temperature Spectroscopic Investigation of Lead-Vacancy Centers in Diamond Fabricated by High-Pressure and High-Temperature Treatment
著者 : Peng Wang, Takashi Taniguchi, Yoshiyuki Miyamoto, Mutsuko Hatano, Takayuki Iwasaki
DOI : 10.1021/acsphotonics.1c00840別窓
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東京工業大学 工学院 電気電子系

准教授 岩﨑孝之

E-mail : iwasaki.t.aj@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-2169

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