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300 GHz帯無線トランシーバの省電力化に成功

5Gの先を見据えた超高速無線通信を小型・低コストICで実現

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2020.08.24

要点

  • 従来の4分の1以下の消費電力で次世代300 GHz帯無線トランシーバを実現
  • 新たに考案したミキサ回路により低コスト化・省面積化・省電力化を達成
  • スマートフォン等のモバイル機器に搭載可能

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一教授(電気電子コース 主担当)らと日本電信電話株式会社の研究グループは、5G[用語1]で用いられる28GHz帯の10倍高い周波数である300 GHz帯[用語2]を用いる超高速無線通信トランシーバの開発に成功した。

この無線トランシーバは、34 Gbps(ギガビット/秒)の高速な無線通信を、送信・受信合わせて、わずか410 mWの低消費電力で実現できる。新たに考案した高利得なミキサ回路[用語3]を採用することで、安価で量産が可能なシリコンCMOSプロセス[用語4]による製造を可能とした。

低コスト化・省面積化・省電力化が達成できたことにより、スマートフォン等のモバイル端末への搭載が可能となった。5Gの次の世代の無線通信システムの実用化を加速させる成果である。

研究成果の詳細は、8月4日(米国太平洋時間)からオンライン開催される国際会議IMS 2020「International Microwave Symposium 2020」で発表する。

背景

2020年3月に国内で5Gのサービスが開始された。その一方で、早くも5Gの次の世代の無線通信に関する研究が活発に行われている。より高速・大容量な無線通信を実現するために、5Gにおけるミリ波帯よりもさらに10倍以上高い周波数帯である300 GHz帯の利用が期待されている。

5Gでは一般に28GHz帯の周波数を用いることで最大10 Gbpsの通信速度を実現可能である。そこからさらに周波数を上げ300 GHz帯を用いることにより、利用できる通信帯域幅を増やし、最大で300 Gbpsを超えるような無線通信も夢ではなくなってきた。300 GHz帯無線機の早期実用化に向け、小型・低コスト化、そして将来モバイル端末にも搭載できるような省電力化技術が強く求められている。

課題

コスト面で優位なシリコンCMOSプロセスを用いた300 GHz帯無線機は、これまでにも発表されてきたが、消費電力および回路面積の削減が難しいという問題があった。これは、300 GHz帯ではシリコンCMOS上で増幅器を実現することが困難で、この制約のもと無線機の出力電力を向上させるには、小さな出力電力の回路を複数用いて、その出力を足し合わせる必要があるためである。

その結果、無線IC上に搭載されるトランシーバの数が増大し、消費電力および面積の増大を招いていた。一方で、より高周波特性の優れたインジウムリン(InP)などの化合物半導体を用いることで、300 GHz帯の増幅器を実現することも可能であるが、集積化において課題が残る。

研究成果

本研究では、新たに高利得なミキサ回路を考案することで、シリコンCMOSプロセスにおいても、省面積かつ低消費電力で動作する無線トランシーバの開発に成功した。今回開発した無線トランシーバの全体構成を示す(図1、2)。送信機、受信機ともに新たに開発したミキサ回路を用いることで、アンテナとミキサの間に増幅器を搭載することなく、無線通信に必要な高い信号対雑音比(SNR=signal-noise ratio)を実現できる。

図1. 開発した300 GHz帯無線トランシーバの全体構成

図1. 開発した300 GHz帯無線トランシーバの全体構成

図2. 開発した300 GHz帯無線機IC(プリント基板上に実装)

図2. 開発した300 GHz帯無線機IC(プリント基板上に実装)

従来のミキサでは、中間周波数帯の変調信号と周波数変換に用いるローカル信号を同じ端子から入力しているため、トランジスタの電圧電流変換の非線形性を利用する方式で周波数変換を行っており、ミキサ回路の利得(電気回路における入力と出力の比)の向上が困難だった。また両方の信号に対してインピーダンス整合[用語5]をとる必要があるために中間周波数とローカル信号周波数を同じ周波数帯にする必要があり、変調波信号とローカル信号双方に対して100 GHzを超える増幅器が必要だった。

増幅器の消費電力は周波数に応じて増大するため、このことが、従来の無線トランシーバの大きな消費電力の一因となっていた。今回、新たに変調信号とローカル信号[用語6]を異なる端子から入力するようなミキサ回路構成を考案した。このような構成により、トランジスタのスイッチングを利用する方式で周波数変換が可能になり、従来よりもミキサ回路の利得を約2倍向上させることに成功した。また本方式では、中間周波数[用語7]は100 GHz以下に設定することができるため、消費電力を大幅に削減することが可能となる。

開発した300 GHz帯無線トランシーバをシリコンCMOS 65nmプロセスを用いて試作を行い(図3)、300 GHz帯における無線通信特性の測定評価を通して提案技術の有効性を確認した。トランシーバは、IEEE802.15.3d[用語8]の無線規格において規定されるスペクトルマスクを278GHzから304GHzの周波数において満たしており、QPSK[用語9]から16QAM[用語10]の変調方式に対応可能である。

図3. 試作した無線トランシーバICの写真

図3. 試作した無線トランシーバICの写真

最大の通信速度は34 Gbpsであり、そのときの消費電力は、送信機・受信機合わせて410 mWとなり、シリコンCMOSの300 GHz帯トランシーバの先行研究に対して4分の1以下の省電力化を達成した。また複数のトランシーバを用いた電力合成を必要とせず、1系統のトランシーバのみで構成できるため、チップ面積はトランシーバ全体で3.8 mm2と省面積で実現できた。

今後の展開

今回開発した300 GHz帯無線トランシーバは、シリコンCMOSプロセスを用い、省電力化および省面積化を実現した。省電力化は無線機の小型化、さらにはモバイル端末への搭載を可能にし、CMOSプロセスによる省面積な無線ICは、無線機の低コスト化につながる。本研究成果を基に、さらなる高速化を図り、次世代の100 Gbpsを超える超高速・大容量な300 GHz帯無線通信の実用化を目指して開発を進めていく。

  • 用語説明

[用語1] 5G : 2019年に展開を開始した、国際的な移動通信ネットワークの第5世代技術標準。現在ほとんどの携帯電話に用いられている第4世代移動通信システム(4G)ネットワークの後継の規格である。5Gネットワークの主な利点の一つは、より大きな帯域幅を持つことであり、さらなる高速化によって、最終的には10 Gbps(ギガビット/秒)以上の通信速度を目標としている。既にサービスを開始している5Gの移動通信のほとんどは従来技術の延長であり、4G携帯電話と同じかわずかに高い、6 GHz程度までの限られた帯域の周波数範囲を使用している。一方で、高度な技術が必要とされる、ミリ波を利用した5Gシステムも活発に研究されており、新たなテクノロジーの突破口となることが期待されている。

[用語2] 300 GHz帯 : 現在5Gに割り当てられている28 GHzの周波数帯の10倍以上高い周波数帯で、最大で約70 GHzの帯域幅を利用することができるため、超高速無線通信の実現が期待されている。

[用語3] ミキサ回路 : 無線トランシーバにおいて、送信するために所望の周波数帯まで周波数を上げたり、受信のために中間周波数帯まで周波数を下げたりする回路。

[用語4] シリコンCMOSプロセス : CMOSプロセスはN型とP型のMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)を相補的に用いた集積回路であり、バイポーラプロセスと比較し消費電力の削減と高い集積率を実現したプロセスである。近年の集積回路はほぼCMOSプロセスとなっている。

[用語5] インピーダンス整合 : 最大の電力を負荷に伝送するために、入力と出力のインピーダンスを合わせること。

[用語6] 変調信号とローカル信号 : 変調信号とは、無線通信される情報をもつ信号で情報量に応じた帯域幅を持つ。一方で、ローカル信号は単一の周波数成分しか持たず、変調信号を無線通信が行われる所望の周波数帯に変換するために用いる。

[用語7] 中間周波数 : 無線通信が行われる所望の周波数帯よりも低い周波数。この中間周波数において変調信号を作成することがある。

[用語8] IEEE802.15.3d : IEEE(米国電子電気学会)において標準化された300 GHz帯の無線規格。

[用語9] QPSK : Quadrature Phase Shift Keyingの略。搬送波の4つの位相を用いる変調方式。

[用語10] 16QAM : 16 Quadrature Amplitude Modulationの略。搬送波の振幅および位相変化の16値を用いる変調方式。

  • 発表予定

この成果は8月4日からオンライン開催される国際会議IMS 2020(International Microwave Symposium 2020)において、「A 300GHz Wireless Transceiver in 65nm CMOS for IEEE802.15.3d Using Push-Push Subharmonic Mixer (IEEE802.15.3d向け65nm CMOSプロセスによるプッシュプッシュサブハーモニックミキサを用いた300GHz帯無線トランシーバ)」の講演タイトルで、現地時間8月5日午前11時00分から発表される。

講演セッション : We2C: Millimeter-Wave and Terahertz Transmitter and Receiver Systems
講演時間 : 現地時間8月5日午前11時00分より視聴可能
講演タイトル : A 300GHz Wireless Transceiver in 65nm CMOS for IEEE802.15.3d Using Push-Push Subharmonic Mixer (IEEE802.15.3d向け65nm CMOSプロセスによるプッシュプッシュサブハーモニックミキサを用いた300GHz帯無線トランシーバ)
会議Webサイト : IMS 2020(International Microwave Symposium 2020) 別窓
IMS2020 TECHNICAL SESSIONS 別窓
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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系

教授 岡田健一

E-mail : okada@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3764 / Fax : 03-5734-3764

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