生命理工学系 News
植物の健康状態を長期モニタリングするスマート農業向けセンサの実現へ
東京科学大学(Science Tokyo) 生命理工学院 生命理工学系の藤枝俊宣教授(人間医療科学技術コース 主担当)、堀祐輔大学院生、堀井辰衛助教(人間医療科学技術コース 主担当)らの研究チームは、同 増田真二教授(生命理工学コース 主担当)と共同で、単層カーボンナノチューブ(SWCNT)からなる膜厚300 nm以下(最小70 nm)の薄膜電極を開発し、それを毛状突起[用語1]を持つ複雑な葉面に密着させ、植物の生体電位[用語2]を長期、かつ非侵襲でモニタリングすることに成功しました。
植物は、乾燥・病害などのストレスに応答する際に「生体電位」と呼ばれる電気信号を植物体全体に伝達するため、これをリアルタイムに計測すれば、ヒトの心電図のように作物の健康状態を早期に把握できます。しかし、多くの農作物(ナス科・マメ科など)の葉には「毛状突起」と呼ばれる毛が無数に生えており、従来の薄膜電極(厚さ約500 nm)はこのうぶ毛に邪魔されて葉面に密着できないという問題がありました。
研究チームは、ナノ薄膜の大量作製が可能なグラビアコート法[用語3]を用いて、疎水性のエラストマー[用語4]の超薄膜の上にSWCNTを塗布した二層構造のナノ薄膜電極を作製しました。この電極の膜厚を70–320 nm と極めて薄くすると、毛状突起によってナノ薄膜電極が突き破られ葉面に密着する、という新しいメカニズムが明らかになりました。このナノ薄膜電極は、数週間から数ヵ月以上の長期にわたって安定した生体電位の計測が可能でした。また、模擬降雨試験でも電極が壊れることはなく優れた耐水性も実証されました。さらに、光合成阻害剤[用語5](用語5)で処理した葉に電極を貼付したところ、光照射に伴う生体電位波形の変化が見られ化学ストレスの検出に成功しました。
本研究成果は、農作物の収量減少につながるストレスに至る前の段階で、生理変化を非破壊・リアルタイムに捉えることを可能にするものであり、将来的には農場での作物の健康状態モニタリングへの応用が期待されます。
本成果は、3月23日付(現地時間)の「Advanced Science」誌に掲載されました。
現在、地球温暖化が引き起こす高温や干ばつ等によって、農作物の収穫量が大きく減ってしまうことが世界中で問題となっています。植物の生体電位が、このような高温や低温、乾燥といった環境の変化に応答することから、生体電位を計測すれば、高温や干ばつが植物の生育に悪影響を与える兆候を早期に検出し、栽培環境を適切にコントロールできると考えられています。
一般に、植物の生体電位計測には針電極[参考文献1]、脳波用皿電極[参考文献2]やゲル電極[参考文献3]が使用されてきましたが、これらは植物組織を傷つけてしまう侵襲性があり、長期間電極を取り付けると葉が枯れてしまうといった問題がありました。さらに、これらの電極は耐水性に乏しく、屋外で測定するには、雨への対策に課題が残っていました。また、ナス科やマメ科植物をはじめとする多くの植物の表皮には、一般的にうぶ毛と呼ばれる毛状突起が存在します。従来のハイドロゲル電極などは、貼付の際に毛状突起を完全に覆ったり押しつぶしたりするため、光合成やガス交換といった毛状突起の機能を損なうことが懸念されます。近年、開発が進められている薄膜電極[参考文献4-6]でも、毛状突起が邪魔して、電極が葉面から浮いてしまい正確な測定ができないと懸念されてきました[参考文献7,8]。
そのため、長期間にわたり作物をモニタリングするには、植物の光合成や蒸散活動を阻害することなく、降雨に対する優れた耐水性を持ち、かつ毛状突起を有する葉面にも貼り付けられる電極が必要であると考えられます(図1)。
図1. (a) 葉面に貼付したナノ薄膜電極の概観。(b) 透明で、透湿性と耐水性に優れ、非侵襲的なナノ薄膜電極の概念図。
そこで本研究では、植物のうぶ毛が「薄膜電極を突き抜ける(穿孔する)」ことで葉面に密着する、高分子超薄膜電極(ナノ薄膜電極)を開発しました(図2)。この電極は、導電性材料である単層カーボンナノチューブ(SWCNT)と、柔軟な支持層であるエラストマーを組み合わせた二層構造をしています。
図2. 数μm厚の電極が毛状突起に阻害される様子と超薄膜電極が毛状突起に穿孔され、葉面に密着するメカニズム。
今回、グラビアコート法を用いて膜の厚さを70 nmから480 nmまで変化させ、葉への密着性を詳しく調べました。従来の研究で使用されていた膜厚約500 nmの電極では、ナノ薄膜が毛状突起に阻害されて浮いてしまうことが確認されました。その一方で、膜の厚さを70–320 nmに制御すると、ナノ薄膜は毛状突起に突き抜けられ、葉の表皮に直接密着できることを発見しました(図3)。特に最も薄い70 nmの膜では、毛状突起の密度や形に関わらず、非常に安定して密着できることが分かりました。これは、物質の曲がりやすさを表す「曲げ剛性」が、膜が薄くなるほどに劇的に低下するためです。厚さ70 nmの超薄膜は、複雑に生えるうぶ毛の隙間を縫うようにして、葉の表面に隙間なく追従できるようになったと考えられます。こうして、ナノ薄膜電極と葉面とが密着する独自の接着メカニズムについても考察しました。
図3. ダイズ葉とナス葉に貼付した膜厚400 nm以上のナノ薄膜と膜厚70 nmのナノ薄膜の密着状態の比較。
実際に、これらの電極をダイズの葉に貼付し、光を照射したときに発生する生体電位応答を測定しました(図4a)。膜厚480 nmのナノ薄膜電極は、葉面から浮いて風などの揺れで容易に壊れてしまい、2週間以内に生体電位が測定できなくなりました。その一方で、葉面に安定して密着できる膜厚70 nmのナノ薄膜電極は、2週間以上安定して生体電位を測定できることが明らかになりました(図4b)。
図4. (a) 光照射によって起こる生体電位応答の典型的な波形。(b) 膜厚480 nmと70 nmのナノ薄膜電極で装着1日目(Day1)と14日後(Day14)に測定されたダイズ葉の生体電位応答を比較。
このとき、電極と葉の界面の電気化学インピーダンス[用語6]を測定すると、膜厚480 nmの電極と比較して、膜厚70 nm、320 nmの電極の界面の電気化学インピーダンスは8分の1から50分の1にまで低くなっていました。この結果から、密着性の向上した膜厚70 nmと320 nm のナノ薄膜は、ノイズに侵されにくく、より安定に生体電位が取得できることが示されました。
また、植物の状態をリアルタイムで正確に把握するためには、センサが植物の成長を邪魔しない「透明さ」を備えていることが不可欠です。本研究で開発したSWCNTナノ薄膜電極は、光合成に不可欠な可視光領域(主に波長400–500 nm、500–600 nm)において80%以上の高い光透過率を実現しました。これにより、市販のハイドロゲル電極(光透過率約40%)や不透明な電極とは異なり、光合成を妨げることなく長期測定ができるようになります。
高い光透過率に加え、ナノ薄膜は接着剤を使用せずに葉面に貼付できるために極めて侵襲性が低く、2ヵ月以上(最大10ヵ月)の長期にわたって高品質な信号を記録し続ける安定性を実現しました(図5)。
図5. (a) 貼付から2週間後のナノ薄膜電極と市販の脳波測定用皿電極の非侵襲性の比較。(b) ナノ薄膜電極による長期測定の結果。
また、本電極は屋外利用を想定した「耐水性」においても優れた性能を示しました。導電材料であるSWCNTは水に馴染みにくい疎水性という性質を持っています。豪雨を模した流水試験において、従来の導電性高分子(PEDOT:PSS)を用いた電極は吸水によって葉面から剥離してしまいましたが、SWCNTナノ薄膜は水流を受けても葉面から剥がれ落ちることなく、生体電位を測定し続けられることが確認されました。
この電極の実用性を評価するため、光合成阻害剤(DCMU、除草剤の一種)を用いたストレス検知試験を行いました。光照射によって誘起された生体電位の振幅の変化を調べたところ、光合成が妨げられた葉では、信号の振幅が正常な状態の約3分の1にまで低下することを捉えました。この変化は、植物内で電子の輸送が滞っていることを敏感に検出できたことを示しています。このように、植物のわずかな生理的変化を生体電位として検知できたことから、本電極が将来的に農場での薬剤ダメージの早期発見に大きく貢献できる可能性が示されました。
本研究では、膜厚をナノメートルスケールで制御することで、うぶ毛のある複雑な葉の表面にも接着剤なしで密着できる、透明かつ耐水性に優れるナノ薄膜電極を開発しました。従来の農業では、経験や勘、あるいは葉の色が変わるといった「目に見える変化」が起きてから対処するのが一般的でしたが、この電極を用いれば、植物がストレスを感じた瞬間のわずかな電気信号を、植物を傷つけることなくリアルタイムで捉えることができると期待されます。これにより、水不足や病害虫の被害を、深刻化する前に発見し、必要な場所に最小限の資源を投入するピンポイントな管理が可能になります。これは、肥料や農薬の過剰な使用を抑えつつ、異常気象下での安定した食料生産を支える、次世代の「スマート農業」の基盤技術として大きく貢献すると期待されます。
今後は、研究室内の実験にとどまらず、風雨や振動がある実際の農場でも、より確実に信号を取得できるシステムの構築を目指します。具体的には、葉の揺れによるノイズを防ぐための新しい配線技術や、より良好な界面の電気化学インピーダンスを有する材料を用いた電極の開発などに取り組んでいきます。
また、人工知能(AI)を活用し、生体電位の波形データや温度・湿度などの環境データから、水不足や栄養不足、病害虫による異常をいち早く検知し、作物の健康状態を予測する高度な診断アルゴリズムを開発する予定です。また、将来的には、本電極を温度や湿度などの環境センサと統合したセンサユニットとして実用化し、データ駆動型農業の実現を目指したいと考えています。
本研究は、文部科学省JSPS科学研究費助成事業(21H03815、24K21709)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(FOREST)(助成番号:JPMJFR203Q)、JST 先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)「TopのためのASPIRE」「次世代のためのASPIRE」(JPMJAP2336、JPMJAP2510)、サムコ科学技術振興財団および池谷科学技術振興財団の助成を受けました。
[参考文献1] D. Tran et al., “Electrophysiological assessment of plant status outside a Faraday cage using supervised machine learning”, Scientific Reports, vol. 9, no. 1, Dec. 2019, doi: 10.1038/s41598-019-53675-4.
[参考文献2] K. Ando, Y. Hasegawa, T. Yaji, and H. Uchida, “Study of plant bioelectric potential response due to photosynthesis reaction”, IEEJ Transactions on Sensors and Micromachines, vol. 131, no. 9, 2011, doi: 10.1541/ieejsms.131.337.
[参考文献3] J. Li et al., “Illumination/Darkness-Induced Changes in Leaf Surface Potential Linked With Kinetics of Ion Fluxes”, Front. Plant Sci., vol. 10, Nov. 2019, doi: 10.3389/fpls.2019.01407.
[参考文献4] A. Armada-Moreira et al., “Plant electrophysiology with conformable organic electronics: Deciphering the propagation of Venus flytrap action potentials”, Science Advances, vol. 9, no. 30, p. eadh4443, Jul. 2023, doi: 10.1126/sciadv.adh4443.
[参考文献5] M. Zhu et al., “Ultrathin Self-Healing Nanofibrous Membrane with a Hierarchical Confined Structure for Biomimetic Epidermal Electrodes”, ACS Nano, vol. 18, no. 42, pp. 28834–28848, Oct. 2024, doi: 10.1021/acsnano.4c08617.
[参考文献6] S. Yin and L. Dong, “Plant Tattoo Sensor Array for Leaf Relative Water Content, Surface Temperature, and Bioelectric Potential Monitoring”, Adv. Mater. Technol., vol. 9, no. 12, p. 2302073, 2024, doi: 10.1002/admt.202302073.
[参考文献7] Y. Luo et al., “A Morphable Ionic Electrode Based on Thermogel for Non-Invasive Hairy Plant Electrophysiology”, Adv. Mater., vol. 33, no. 14, p. 2007848, 2021, doi: 10.1002/adma.202007848.
[参考文献8] Y. J. Wong et al., “Adaptable thermoresponsive polymer for long-term electrical coupling in plant electrophysiology monitoring”, Science Advances, vol. 12, no. 4, p. eady1400, Jan. 2026, doi: 10.1126/sciadv.ady1400.
[用語1]毛状突起:植物の葉や茎の表面に見られる、毛のような突起物のこと。トライコームとも呼ばれる。害虫から身を守ったり、強い光を遮ったり、蒸散を調整する役割がある。
[用語2]生体電位:生物の細胞や組織が活動する際に発生する、ごく微弱な電気信号のこと。植物の場合、光の変化や乾燥、病害などの外部刺激を全身に伝える電気信号としての役割を持っている。ヒトの心電図や脳波と同じような性質の信号。
[用語3]グラビアコート法:ロール状基材上に塗料を薄く均一に塗布する方法。ロール・ツー・ロール印刷法の一種。
[用語4]エラストマー:ゴムのような弾性をもつ柔らかい高分子材料。シリコーンやスチレンブタジエン共重合体が知られる。
[用語5]光合成阻害剤:植物が光エネルギーを化学エネルギーに変換する光合成の過程をストップさせる薬剤。除草剤の一種として使われる。
[用語6]電気化学インピーダンス:交流回路における電気の流れにくさを表す指標。本研究では、電極と測定対象が接する界面での電気の伝わりやすさを評価するために用いている。電極が対象に隙間なく密着するほどこの値は低くなり、外来ノイズの影響を抑えた高品質な信号を安定して計測できるようになる。
| 掲載誌: | Advanced Science |
|---|---|
| タイトル: | Pierceable, Water-Resistant, and Transparent Nanofilm Electrodes Comprising Carbon Nanotubes for Long-Term Monitoring of Plant Electrophysiology |
| 著者: | Yusuke Hori, Tatsuhiro Horii, Shinji Masuda, Toshinori Fujie |
| DOI: | 10.1002/advs.202522824 |
藤枝 俊宣 Toshinori Fujie
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 教授
研究分野:高分子化学、生体材料学、生体医工学、バイオエレクトロニクス
堀井 辰衛 Tatsuhiro Horii
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 助教
研究分野:高分子化学、電気化学
増田 真二 Shinji Masuda
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 教授
研究分野:植物生理学、光合成科学
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東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系
教授 藤枝 俊宣
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