生命理工学系 News
公益財団法人川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)および東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所の西山伸宏教授(兼 iCONM主幹研究員)(ライフエンジニアリングコース 主担当)、本田雄士助教(同 主任研究員)(ライフエンジニアリングコース 主担当)と長尾周平研究員(研究当時 大学院修士課程学生)らは、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)[用語1]を搭載した新規スマートナノマシン[用語2]を用いることで、「中和抗体の産生」および「肝毒性」といったAAVベクターを用いた遺伝子治療の大きな課題を世界で初めて克服できたことをマウスで実証しました。
本研究チームは、ワインやお茶の成分であるタンニン酸[用語3]にフェニルボロン酸からなる精密合成高分子を組み合わせ、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を搭載したナノマシンを設計。それを用いることで、ウイルスベクターを用いた遺伝子治療の課題である、「中和抗体による遺伝子導入効率の低下」および「肝臓への集積による肝毒性」をマウスにおいて克服することに世界で初めて成功しました。
アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)は、遺伝子治療用ベクターとして臨床応用されていますが、AAVに対する中和抗体を有する患者では、十分な遺伝子導入効率が得られないことが知られていて、投与可能な患者および複数回の投与が制限されています。研究チームはワイン等に含まれる天然由来成分のタンニン酸が生体分子と簡単に接着する性質に着目して、フェニルボロン酸からなる精密合成高分子と組み合わせることで新規AAV搭載ナノマシンを開発しました。このAAV搭載ナノマシンは、AAV中和抗体存在下においても十分な遺伝子導入活性を示し、また、AAVの肝臓への集積を抑制することでAAV9による肝毒性マーカーの上昇を抑制できることも実証しました。一方、このAAV搭載ナノマシンは中枢神経系への遺伝子導入に関してAAV単体と同等の効率を示しており、十分な遺伝子治療効果が期待できます。
本研究成果は、中和抗体によって適応患者が制限されているウイルスベクター治療に対する新たな治療アプローチとして応用が期待されます。
本研究成果は、2月4日付の学術誌「ACS Nano」でオンライン掲載されました。なお、本研究は文部科学省・日本科学技術研究開発機構(JST)による「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」川崎拠点(プロジェクトリーダー:一木隆範 東京大学大学院工学系研究科教授/iCONM研究統括)の活動の一環として実施されました。
論文の筆頭著者には、東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所の本田雄士助教(iCONM 西山ラボ 主任研究員兼任)と長尾周平研究員(研究当時 大学院修士課程学生)が同等の貢献度として記され、喜納宏昭・iCONM副主幹研究員と西山教授が本田助教とともに論文責任著者、iCONMの研究員が共著者として記されています。
※ 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
遺伝子治療は、疾病の治療を目的として遺伝子または遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与する治療法です。その中で、ウイルスベクターは、ウイルスが細胞に感染する機構を利用した遺伝子導入法として用いられています。遺伝子治療に用いられるアデノ随伴ウイルスベクター(AAV)は、様々な細胞種に遺伝子導入が可能であり、長期的に遺伝子発現が継続することから、脊髄性筋萎縮症、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、血友病などの難治性疾患に対して臨床応用されています。しかしながら、成人の大半がAAV中和抗体を自然に持っていること、一度AAVを投与すると中和抗体が産生されてしまうことから、投与可能な患者および複数回の投与が制限されています。また、高容量のAAV投与は肝臓・腎臓への毒性を示しており、臨床試験において死亡例が確認されています。
このような治療の課題に対して、ウイルスベクターのカプシドをポリエチレングリコール(PEG)で修飾するアプローチや、リポソームなどの送達担体にAAVを内包する試みもありますが、ウイルスベクターの細胞内取り込みを阻害してしまい、遺伝子導入効率の低下を招く問題が存在します。
従って、血液中の中和抗体からAAVを回避し、肝臓への集積を抑えつつ、標的細胞への遺伝子導入を制御できるようなAAV送達システムが求められています。
中和抗体からAAVを回避するために、研究グループは、タンニン酸に精密合成高分子を組み合わせたAAV搭載ナノマシンを開発しました。ワインや茶に多く含まれるポリフェノールの一種であるタンニン酸は、疎水性相互作用や水素結合を介してタンパク質やウイルスベクターなどの生体分子と相互作用し、複合体を形成します。また、タンニン酸は天然由来成分であり、生分解性や生体適合性に優れている点から、医薬品の素材としても注目されています。
このようなタンニン酸の優れた性質に着目し、本田らはタンニン酸とエステル形成するフェニルボロン酸導入精密合成高分子を組み合わせた生体分子送達ナノマシンについてこれまで報告しています(Y Honda, et al. ACS Appl. Mater. Interfaces 2021, 13, 54850−54859)。このナノマシンは水中で搭載したい分子とタンニン酸、精密合成高分子を混合するだけで簡単に形成する上に、細胞内の酸性pHで搭載分子を放出できるため、十分活性を示すことができます。そこで、研究グループは、このナノマシンにAAVを搭載させ、AAVの活性を損なうことなく、治療における課題(中和抗体、肝毒性)を解決することを図りました。
全身投与したAAVセロタイプ9型(AAV9)はAAV中和抗体存在下のマウスにおいて、脳および肝臓などでの遺伝子導入効率は5-15%に低下した一方、AAV9をナノマシンに搭載することで全身投与した際の脳及び肝臓での遺伝子導入効率は約50-60%と、AAV9単独投与よりも活性低下を顕著に抑えることに成功しました。さらに、このナノマシンは肝臓への影響を10%以下に抑えることにも成功しており、高用量投与したAAV9の肝毒性も抑制することに成功しています。この様に、遺伝子治療用ウイルスの課題を克服した上に、このナノマシンの脳における遺伝子導入はAAV9単体と同等であり、AAVの活性を下げる従来の送達担体の課題も解決することができており、十分な遺伝子治療効果が期待できます。
さらに、マイクロバブル−集束超音波照射を組み合わせることで、脳への遺伝子導入選択性を6倍にすることに成功しており、医用デバイスを組み合わせることでさらなる高機能化を達成できることを明らかにしました。
[用語1] アデノ随伴ウイルスベクター(AAV):ベクターとは、分裂細胞および非分裂細胞への効率な遺伝子導入が可能であり、これら標的細胞では遺伝子発現が長期間持続することから、遺伝子治療用ベクターとして臨床応用されている。
[用語2] ナノマシン:近年、1〜100 nm程度の粒子径を持つ微小な粒子であるナノ粒子を用いた医療への応用が多数開発され、特に、薬剤送達システム(ドラッグデリバリーシステム、DDS)と呼ばれる薬剤を体内で運搬する担体として注目が集まっている。薬や核酸の効果を上げ、副作用を減らすために、ターゲットとなる細胞や組織に効率的に薬を到達させ、必要量をタイミングよく放出させるシステムで、ナノ粒子を用いたDDSを「ナノDDS」あるいは、高機能化されたものを「ナノマシン」と呼称することがある。
[用語3] タンニン酸(Tannic Acid):赤ワインや茶などに多く含まれる、植物由来のポリフェノール化合物の一種である。疎水性相互作用や水素結合を介して、タンパク質などの様々な生体分子と結合して複合体を形成する。
ACS Nano 誌について
化学、材料科学、生物学、医学、物理学、工学などの分野にわたる、アメリカ化学会(American Chemical Society)が発行するナノサイエンス・ナノテクノロジー分野の査読付き学術論文誌です。直近のインパクトファクター(IF)は、15.8。ISSN: 1936-086X(Web)。CODEN:ANCA C3。年間12号発行。
公益財団法人川崎市産業振興財団について
川崎市の100%出捐により昭和63年に設立され、川崎市内及び周辺地域の産業経済の発展に寄与すること、また、先端的な医療分野、薬学分野等における研究開発の推進等により医療・福祉の向上などを目的としています。行政や関係機関、各拠点と連携し、川崎市産業振興会館を市内中小企業・ベンチャーの支援拠点として位置づけ、経営支援強化をはじめ、新産業・新技術の創出支援など、産業振興に関わる諸事業に積極的に取り組むと同時に、中小企業・ベンチャー等の抱える課題の解決に向けて、「総合的な支援サービスの提供」に注力しています。
ナノ医療イノベーションセンターについて
川崎市川崎区殿町の国際戦略拠点(キングスカイフロント)におけるライフサイエンス分野の拠点形成の核となる先導的な施設として、文部科学省より「地域資源等を活用した産学連携による国際科学イノベーション拠点整備事業」の支援を受け、川崎市、公益財団法人川崎市産業振興財団が整備を進め、2015 年 4 月に運営を開始した研究センターです。産学官が一つ屋根の下に集い、異分野融合体制で革新的課題の研究および研究成果の実用化に取り組んでいます。片岡一則センター長は、2023 年、英国・クラリベイト社のデータ解析に基づきノーベル賞級の研究成果を創出する研究者を表彰する Citation LaureateTM(引用栄誉賞)に選出されました。
すずかけ台キャンパスに位置する分子創成化学領域、分子組織化学領域、分子機能化学領域、分子生命化学領域に、分子先駆化学領域の5 つの研究グループから構成された研究所。1939年2月に東京工業大学 資源化学研究所として設置され、その後、組織改革により2016年4月より東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所となり、2024年の10月の東京医科歯科大学との大学統合により東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所と名称変更した。
大学等が中心となって未来のあるべき社会像(拠点ビジョン)を策定し、その実現に向けた研究開発を推進するとともに、プロジェクト終了後も、持続的に成果を創出する自立した産学官共創拠点の形成を目指す産学連携プログラム。JSTの既存の拠点形成型プログラムの一つである、センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムがコンセプトとして掲げる「ビジョン主導・バックキャスト型研究開発」を基軸とした制度設計を行ったことから、本プログラムの愛称を「COI-NEXT」ともいいます。知と人材の集積拠点である大学等のイノベーション創造への役割が増している中、これまでの改革により、大学等のガバナンスとイノベーション創出力の強化が図られてきました。今後、「ウィズ/ポストコロナ」の社会像を世界中が模索する中、我が国が、現在そして将来直面する課題を解決し、世界に伍して競争を行うためには、将来の不確実性や知識集約型社会に対応したイノベーション・エコシステムを「組織」対「組織」の産学官の共創(産学官共創)により構築することが必要となります。
プロジェクトCHANGEについて
文部科学省/JSTによる「令和4年度共創の場形成支援プログラム COI-NEXT」(共創分野・本格型)に川崎市産業振興財団(理事長:三浦 淳、所在地:川崎市幸区、略称:KIIP)が代表機関となり申請し、2022年10月25日に採択が決まったCOI-NEXT川崎拠点のことをプロジェクトCHANGEと呼びます。「医工看共創が先導するレジリエント健康長寿社会」をビジョンに掲げ、少子高齢社会にあって負担が増える医療職種の中でも、これまで工学がほとんど介入してこなかった看護領域に特に着目して看護業務の負担軽減を工学の力で行うとともに、老化に抗う身体を造る術について研究開発を行い社会実装します。さらには、市民のケアコンピテンシー(ケアする力)を高め、誰もが簡便に扱えるケア製品やシステムを開発します。
掲載誌: | ACS Nano |
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タイトル: | Adeno-Associated Virus Self-Assembled with Tannic Acid and Phenylboronic Acid Polymers to Evade Neutralizing Antibodies and Reduce Adverse Events |
著者: | Yuto Honda*, Shuhei Nagao, Hiroaki Kinoh*, Xueying Liu, Nozomi Matsudaira, Anjaneyulu Dirisala, Shoko Nitta-Matsutomo, Takahiro Nomoto, Hiromi Hayashita-Kinoh, Yutaka Miura, Takashi Okada, Nobuhiro Nishiyama* |
DOI: | 10.1021/acsnano.4c11085![]() |