生命理工学系 News

ナノ粒子の安定性向上を生体適合性環状高分子で実現

高温・低温・生理条件下でも安定し医療を含む多分野での応用に期待

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2020.12.25

要点

  • 生体適合性の環状高分子を混合するだけで簡便に金ナノ粒子の分散安定化に成功。
  • 現在広く使用されるチオール系高分子の化学吸着よりも手順が簡便かつ優れた安定性を示す。
  • 動物実験でも効果を示しバイオイメージング素子や腫瘍の光温熱治療への応用に期待。

概要

北海道大学大学院工学研究院の山本拓矢准教授、同総合化学院博士後期課程の王钰博氏、東京工業大学科学技術創成研究院の三浦裕准教授(生命理工学コース主担当)らの研究グループは、代表的な生体適合性高分子であるポリエチレングリコール(PEG)を環状化し金ナノ粒子[用語1]と混合することで表面に強く吸着し、高温・低温・生理条件を含む多様な条件において優れた分散安定性を示す方法を開発しました。

現在、ドラッグデリバリーシステム(DDS)キャリアに代表される様々なナノ粒子系医薬品の研究が進展していますが、それらの多くは生体適合性のPEGによる粒子表面の修飾(PEGylation)を基盤としています。その中で、金属ナノ粒子のPEGylationは、チオール[用語2]との化学吸着を利用したものにほぼ限定されています。これに対して、研究グループは構造欠陥のない環状PEGの物理吸着により修飾した金ナノ粒子が、非常に高い分散安定性を示すことを見出しました。さらに、この方法はチオールとの化学吸着よりも分散安定性に優れており、動物実験でも効果を示しました。

環状PEGの物理吸着を用いる本手法は、簡便かつ粒子の材質に関係なく広く適用でき、医療を含む多岐の分野において様々なナノ材料への応用が期待されます。

なお、本研究成果は、2020年11月30日(月)公開のNature Communications誌に掲載されました。

種々のポリエチレングリコール(PEG)により修飾した金ナノ粒子の加熱実験。環状PEGを使用すると金ナノ粒子が分散安定化され、その特徴である赤色が最も強く残存した。右図では各種PEGを使用した場合の色の濃さを定量的に示した。

種々のポリエチレングリコール(PEG)により修飾した金ナノ粒子の加熱実験。環状PEGを使用すると金ナノ粒子が分散安定化され、その特徴である赤色が最も強く残存した。右図では各種PEGを使用した場合の色の濃さを定量的に示した。

背景

現在、金属ナノ粒子を含む数多くのナノ粒子系医薬品が盛んに研究されていますが、造影剤や薬物を内包するドラッグデリバリーシステム(DDS)用のキャリアも含め、それらの多くは粒子表面が生体適合性のポリエチレングリコール(PEG)で覆われたものになります。このPEGによる修飾はPEGylationと呼ばれ、生理的条件下での分散安定性を得るため生物学的応用には必須です。また、PEGylationにより生体内での免疫系による検出から保護されます。しかし、ナノ粒子系医薬品のPEGylationはチオールに代表される化学吸着(図1)に基づくため、対応するPEG化剤の合成が必要な上、手順が煩雑であり、十分な分散安定性が得られない場合もしばしば存在します。

つまり、ナノ粒子の簡便かつ安定したPEGylationは、生物学的応用に限らずナノ粒子を利用する幅広い領域において強く求められる技術です。

図1. (a)直鎖状HS–PEG–OMeの化学吸着により修飾されたナノ粒子。(b)環状PEG(c-PEG)の物理吸着により修飾されたナノ粒子の模式図。

図1. (a)直鎖状HS–PEG–OMeの化学吸着により修飾されたナノ粒子。
(b)環状PEG(c-PEG)の物理吸着により修飾されたナノ粒子の模式図。

研究手法

直径約十数nmの金ナノ粒子の水分散液に対し、両末端に水酸基(HO–)を持つ直鎖状HO–PEG–OH(図2a)、両末端にメトキシ基(MeO–)を持つ直鎖状MeO–PEG–OMe(図2b)、チオール(HS–)と金属原子の化学反応によりナノ粒子のPEG化剤として広く利用される直鎖状HS–PEG–OMe(図2c)及び直径数nmの環状PEG(図2d)をそれぞれ加え、冷凍、加熱、生理条件下での分散安定性を調査しました。また、凍結乾燥後に再分散についても評価しました。さらに、マウスを用いた動物実験を行い、生体適合性、血中滞留性及び腫瘍への蓄積性を評価しました。

図2. 各物質の化学構造。(a)直鎖状HO–PEG–OH(b)直鎖状MeO–PEG–OMe(c)直鎖状HS–PEG–OMe(d)環状PEG

図2. 各物質の化学構造。 (a)直鎖状HO–PEG–OH (b)直鎖状MeO–PEG–OMe (c)直鎖状HS–PEG–OMe (d)環状PEG

研究成果

その結果、HO–PEG–OHやMeO–PEG–OMeでは無修飾の金ナノ粒子とほとんど変わらず不可逆的に沈殿したのに対し、環状PEGを加えた金ナノ粒子は、これらの過酷な条件下でも分散安定性を保持していました(図3)。さらに興味深いことに、HS–PEG–OMeを用いた場合でも、上述の加熱条件には耐えられずほとんど再分散できませんでした(図3c)。つまり、環状PEGは従来のHS–PEG–OMeよりも優れた分散安定剤であることが示されました。さらに、動物実験では環状PEG修飾金ナノ粒子の生体適合性、血中滞留性及び腫瘍への蓄積性が確認されました(図4)。

図3. 種々のPEGで修飾された金ナノ粒子の各条件下での分散安定性試験結果。環状PEG(c-PEG)修飾の金ナノ粒子のみ全ての条件において溶解または沈殿せず、表面プラズモン共鳴の赤色を確認。

図3. 種々のPEGで修飾された金ナノ粒子の各条件下での分散安定性試験結果。環状PEG(c-PEG)修飾の金ナノ粒子のみ全ての条件において溶解または沈殿せず、表面プラズモン共鳴[用語3]の赤色を確認。

(a)凍結後に融解(Freezing)
(b)凍結乾燥後に再分散(Lyophilization)
(c)85℃に加熱(Heating)
(d)生理条件(Physiological condition)

図4. マウスの血液(左)及び腫瘍(右)における金の生体分布。環状PEG(c-PEG)修飾の金ナノ粒子を用いたときのみ血中滞留性及び腫瘍への蓄積を確認。

図4. マウスの血液(左)及び腫瘍(右)における金の生体分布。環状PEG(c-PEG)修飾の金ナノ粒子を用いたときのみ血中滞留性及び腫瘍への蓄積を確認。

今後への期待

今回開発した環状PEGによるナノ粒子の修飾・安定化技術は、シンプルかつ幅広い金属種へ対応可能であることから、バイオの応用分野において革新をもたらす製品開発へとつながると考えられます。例えば、環状PEGによって修飾された金ナノ粒子、銀ナノ粒子、超微細酸化鉄ナノ粒子は、バイオイメージング素子としての応用の他に腫瘍の光温熱治療の新たなツールとして期待できます。

  • 用語説明

[用語1] ナノ粒子 : nmサイズの大きさを持つ粒子であり、医薬品をはじめ、触媒、電池など様々な製品に応用されている。

[用語2] チオール : 水素化された硫黄(HS–)を末端に持つ有機化合物のことで、幅広い金属と化学反応により結合することで吸着する。

[用語3] 表面プラズモン共鳴 : 物質表面の電子が光によって集団で振動する現象のこと。金ナノ粒子の 場合、表面プラズモン共鳴により赤く見える。

  • 特許情報
発明の名称 修飾金属ナノ粒子及び医薬組成物
日本出願番号 : 2018-213201
米国出願番号 : 16/188509
出願人 : 国立大学法人北海道大学
発明者 : 山本拓矢、キンサート・ホセ・エンリコ
  • 論文情報
掲載誌 : Nature Communications(自然科学の専門誌)
論文タイトル : Enhanced dispersion stability of gold nanoparticles by the physisorption of cyclic poly(ethylene glycol)(環状ポリエチレングリコールの物理吸着による金ナノ粒子の分散安定性向上)
著者 : 王钰博1、キンサート・ホセ・エンリコ2、小野朋子2、真栄城正寿2、渡慶次学2、磯野拓也2、田島健次2、佐藤敏文2、佐藤信一郎2、三浦裕3,4、山本拓矢2
所属 :

1 北海道大学大学院総合化学院

2 北海道大学大学院工学研究院

3 東京大学大学院工学系研究科

4 東京工業大学科学技術創成研究院

DOI : 10.1038/s41467-020-19947-8 別窓

お問い合わせ先

北海道大学大学院工学研究院

准教授 山本拓矢

E-mail : yamamoto.t@eng.hokudai.ac.jp
Tel : 011-706-6606 / Fax : 011-706-7882

東京工業大学 科学技術創成研究院

准教授 三浦裕

E-mail : miura.y.ai@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5225 / Fax : 045-924-5275

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