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スライムの化学でがん治療の幅をひろげる

ホウ素中性子捕捉療法の効果アップ 記者説明会を開催

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2020.03.06

「スライムの化学」西山教授と野本助教が記者説明会を開催

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の西山伸宏教授と野本貴大助教(共に、ライフエンジニアリングコース主担当)による記者説明会を1月22日、大岡山キャンパスで開催しました。記者説明会には9名の記者が参加しました。

今回の記者説明会では、第5のがん治療法として期待されているホウ素中性子捕捉療法(BNCT)※1に、ポリビニルアルコール※2(PVA)を組み合わせることで、従来の方法よりも劇的な効果が得られたという研究成果について説明がありました。革新的ながん治療法につながる研究とあって、メディアの皆さんの興味も高く、説明後には活発な質疑応答が行われました。

記者説明会の様子

記者説明会の様子

研究の背景

BNCTは、ホウ素をがん細胞に取り込ませて熱中性子を照射することで、ホウ素を取り込んだがん細胞のみを殺傷する治療法です。がん細胞に特異的にホウ素を取り込ませ、熱中性子を照射する部位を限局することで、全身への影響はほとんどない安全性、効果ともに良好な治療法になると考えられています。BNCTは1968年に悪性脳腫瘍に対して日本で実施されて以来、日本がリードしている領域です。臨床研究の症例数は他国を圧倒しています。現在は、ステラファーマ株式会社が、BNCT用の化合物ボロノフェニルアラニン(BPA)※3について、再発頭頚部がんの適応で承認申請を行っています。

BPAは、がん細胞で過剰に発現しているLAT1※4というアミノ酸トランスポーターを介して細胞内に取り込まれます。しかし、細胞外の濃度が低くなると細胞内から外に出ていってしまうため、細胞内の濃度を長時間高く保つことができません。臨床現場では、BPAを患者さんに投与した後、中性子を照射する設備まで移動したり照射部位を固定したりする必要があるため、照射するまで2時間程度かかります。そのため、細胞内に長時間薬剤が保持できる技術が求められています。

研究概要を説明する西山教授

研究概要を説明する西山教授

研究のポイント

昨今の医薬品は高価な材料を用いて複雑なプロセスで製造されています。そのため、製造コストの増大、品質保証の難しさといった課題が生じており、シンプルかつ高機能な医薬品の開発が求められています。このような社会的要請に答えながらBPAの課題も解決するのがPVAでした。

西山教授、野本助教は、スライムの化学※5にヒントを得て、PVAとBPAを水中で混ぜ、高分子の薬剤(PVA-BPA)を作成しました。すると、BPAとは異なり、LAT1を介したエンドサイトーシス※6でエンドソーム・リソソームに取り込まれ、細胞内に長時間保持できることがわかりました。マウスの腫瘍モデルに投与した実験では、BPAは6時間後にはかなりの量が腫瘍から消失し、BNCTを行える量を下回るのに対し、PVA-BPAは6時間後でも十分BNCTを行うことができる量を維持していました。

マウスの大腸がんをマウスの皮下に移植したモデルで抗腫瘍効果を調べました。がん細胞を移植して約2週間後に化合物を投与し、熱中性子線を照射しました。熱中性子の照射のみでは、腫瘍はどんどん大きくなり、照射25日後には100倍近くになりました。従来のBPAの場合は15日後ぐらいから腫瘍の増殖がみられるようになりました。一方、PVA-BPAの場合は、25日後も腫瘍の増殖は見られず、根治に近い結果が得られました。

PVA-BPAについて説明する野本助教

PVA-BPAについて説明する野本助教

今後の展望

熱中性子線はこれまで原子炉で作られていました。しかし、原子炉を病院に併設するのは困難です。今後は、加速器型中性子線源が主流になると考えられます。加速器BNCTでも日本は世界をリードしていて、既に南東北病院や国立がんセンターなどいくつかの病院で導入されています。日本が世界に輸出できる革新的な医療技術として期待されます。

PVA-BPAに関しては、ステラファーマ株式会社の協力を得て、非臨床試験の実施に向けて研究を推進していきます。

資料

※1 ホウ素中性子捕捉療法(boron neutron capture therapy: BNCT )

ホウ素原子(10B)と熱中性子の核反応により生じるアルファ粒子とリチウム反跳核を利用してがんを治療する放射線療法の一種。従来の放射線療法では治療することが困難な再発性のがんや多発性のがんに対しても有効な治療法であるとされている。楽天メディカルが開発している光免疫療法と並び、BNCTは第5のがん治療法としても注目を集めている。BNCTの研究は50年以上前から日本を中心に進められてきた歴史があり、現在でも日本が最先端の研究をリードしている。最近、熱中性子源として、加速器型中性子線源の開発が活発に進められ、新たなホウ素薬剤の開発が求められていた。

※2 ポリビニルアルコール

水溶性の高分子で洗濯のりや液体のりの主成分として日常に幅広く浸透している材料。生体適合性の高い材料としても知られており、医用材料として既にさまざまな形で利用されている。最近では東京大学のグループがポリビニルアルコールを用いることで造血幹細胞を増幅することに成功したとして広く報道された。

※3 ボロノフェニルアラニン=BPA:

必須アミノ酸のフェニルアラニンと類似した構造を持ちながら、ホウ素原子を含有した化合物。がん細胞に選択的かつ効率的に取り込まれることが知られている。熱中性子を当てると化合物中のホウ素原子が核反応を起こしてがん細胞を殺傷する。

※4 LAT1:

細胞がアミノ酸を取り込むためのタンパク質の一つ。正常な細胞にはほとんど発現していないが、がん細胞では細胞膜上に多く発現していることが知られている。

※5 スライムの化学

洗濯のりとホウ砂を混ぜるとスライムができる。これはホウ砂から生じるホウ酸イオンが化学反応により複数のポリビニルアルコールをつなぐからである。本研究ではこの化学反応を応用している。

※6 LAT1介在型エンドサイトーシス

エンドサイトーシスとは、細胞が細胞外の物質を細胞内へ取り込む方法の一つである。今回開発した物質は、最初に細胞膜上のLAT1にくっつき、その後にエンドサイトーシスで細胞に取り込まれる。この過程をLAT1介在型エンドサイトーシスと呼んでいる。

お問い合わせ先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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