生命理工学系 News
令和6年度第3回(通算第106回)蔵前ゼミ印象記
2024年6月21日、すずかけ台キャンパス J2-203講義室にて、令和6年度第3回蔵前ゼミ(通算第106回)が開催されました。
蔵前ゼミは同窓生による学生・教職員のための講演会です。日本社会や経済をリードしている先輩が、これから社会に出る大学院生に熱いメッセージを送ります。卒業後の進路は?実社会が期待する技術者像は?
卒業後成功する技術者・研究者とは?など、就職活動(就活)とその後の人生の糧になります。
1998年 東京工業大学 生命理工学部 生体機構学科 卒業
2000年 東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生命情報専攻 修士課程修了
2003年 東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生命情報専攻 博士課程修了(6月博士号取得)
当日の印象記を、広瀬茂久名誉教授が綴りました。その一部をご紹介します。
武田薬品工業㈱は1781年の創業で、本学の創立より100年も古く、今年が243年目となる。初代近江屋長兵衞(おうみや・ちょうべえ、4代目の時に武田に改姓)は「患者さんを我が子のように思い…」と当時の奉公人たちに説いていたそうだ。とても分かりやすく、現代の『タケダイズム』に受け継がれている。野上さんも、創薬という厳しい道を仲間と一緒に歩みながら、難局に直面した時は、「原点に立ち返る」ようにしている。挑戦心を持ち続けるための精神的原点は“患者”であり、研究者としての原点は“大学での研究室生活”だというから、卒論・修論・博論では単なる学位以上のものが取得できるようだ。
高血圧や糖尿病などの薬に比べて、ALS(筋委縮性側索硬化症)や統合失調症などの難治性神経疾患には有効な治療法がほとんどなく、患者は新薬の登場に希望を託している。従来の低分子化合物ライブラリーをスクリーニングして 偶然 薬効のある物質を見つけ、薬にする方式では、労力・時間・費用がかかり過ぎて現実的でなくなっている。そこで注目を浴びているのが「抗体医薬」や今回のテーマ「RNA標的薬」だ。通常の抗体は大形の分子で、細胞膜を透過できないので、細胞表面の分子しか標的にできないのに対し、RNA標的薬は小さいので細胞内に効率よく導入でき、デザインも分子生物学の知見に基づいて論理的に行うことができる。創薬研究者も、偶然に頼らず、希望が持てるようになった訳だが、それだけに製薬企業間の競争も激しくなっている。以下では、野上さんの経験をたどりながら、創薬の最先端を垣間見て、進路選択の参考にして貰えれば幸いだ。読み易くするために研究開発の詳細は脚注にまわし、本文中ではテーマの紹介にとどめた。
印象記の続きは以下のPDFよりご覧ください。
「蔵前ゼミ担当幹事からのコメント」淺川吉章(1977機械物理、79 MS)副支部長
この度は素晴らしい蔵前ゼミをありがとうございました。関東も梅雨入りしたこの日は大雨になりましたが、広いJ2-203講義室に大勢の学生が集まり、関心の高さが窺えました。学生と話をする機会が時々ありますが、修士で就職するという学生が多いものの、博士課程に進学するかどうか、アカデミアの道を選ぶかどうかについて迷っているという学生も一定数います。野上様のお話は、学位を取得して企業での研究者としてキャリアを積むというロールモデルとして、キャリアプランを考える学生にとって、大いに参考になったものと思います。また、ご講演の内容は、専門性が高いようにも思われましたが、企業社会論を履修している学生の大半が生命理工やライフエンジニアリングを専攻していることから、身近なテーマとして捉えることができたのではないかと思います。
野上様は役に立つ研究を目指して、薬に例えられる社会実装に繋がるような大事な基礎研究を製薬会社で行おうと、武田薬品に入社されました。そして、社内でも少ないRNA標的創薬の専門家になりたいと考え、社費留学で知見を広め、激動する研究環境においてもRNA標的創薬にこだわって研究を続けてこられました。もちろん、基礎・初期ステージの研究ではRNA専門家として研究現場をリードし、創薬後期ステージではプロジェクトチームリーダーとしてチームの合意を得ながら進めるといったように研究スタイルは異なるわけですが、社会に役立つ研究をするという初心を大切にしてこられたことがよく分かりました。そして、独創性を意識して誰もやっていないことにチャレンジするという言葉に、野上様の研究者としての矜持を感じました。
今回ご提示いただいたパネルディスカッションテーマは、「創薬における、アカデミアと企業の違いとは」でしたが、パネリストに立候補する学生が少なく、パネルディスカッションを見送りました。これは学生が企業での創薬研究をイメージしづらかったからかもしれません。一方で、講演時間が長く取れたことで、創薬のプロセスやそれぞれのステージで仕事をする上での研究スタイルの違い等を詳しくご説明いただけましたことは、質疑応答でアカデミアと企業との違いに関する質問が出たことからも、学生が具体的イメージを持つうえで、大いに役立ったことと思います。交流会でも、野上様に質問したりアドバイスを求めたりする学生が多かったように思いました。
素晴らしい蔵前ゼミに改めて感謝申し上げます。今後ますますのご活躍をお祈り申し上げますとともに、引き続き母校東工大(10月から東京科学大)と蔵前工業会へのご支援、ご協力をお願い申し上げます。