生命理工学系 News
バイオ医薬品の安価供給に期待
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の北口哲也准教授(ライフエンジニアリングコース主担当)と同 生命理工学院 生命理工学系の伊藤良浩大学院生(研究当時)らの研究チームは、味の素株式会社と共同で、バイオ医薬品[用語1]など有用タンパク質を高分泌生産する微生物株の迅速な作出を可能とする新規ハイスループット[用語2]スクリーニング手法の開発に成功した。
バイオ医薬品の製造においては、コストが安価であること、動物由来成分を含まないなどの利点から微生物にタンパク質を分泌生産させる手法が広く用いられている。一方で、タンパク質を高分泌生産する産業用微生物株の作出には、タンパク質分泌生産に寄与する多くの遺伝子改変の導入が必要であり、開発期間が長期に及ぶことが課題であった。
今回研究グループでは、さまざまな遺伝形質の微生物株からなる大規模ライブラリを、マイクロドロップレット[用語3]を用いて超並列にシングルセル培養し、バイオセンサー[用語4]であるQuenchbody/Q-body[用語5]によってドロップレット内で分泌生産された目的タンパク質を蛍光シグナルとして検出・選別することで、タンパク質高分泌株を迅速にスクリーニングすることに成功した。
このスクリーニング手法を用いて、約105個の突然変異株群の選別を、従来は不可能であった数日という短期間で実現し、増殖因子の一種であるヒトFGF9[用語6]の分泌生産量が約3倍に向上した微生物株を作出することに成功した。
この方法によれば、今後さまざまな有用タンパク質を高分泌生産する産業用微生物株の迅速な作出が可能となり、将来的にはバイオ医薬品の安価供給の実現が期待される。
本研究成果は、4月24日付の「Small(スモール)」にオンライン掲載された。
サイトカイン、アルブミンなどバイオ医薬品となる有用タンパク質の生産においては、製造コストが安価であること、動物由来成分を含まないといった利点から、細菌や酵母などの微生物を宿主として、目的タンパク質を生産する分泌生産系が広く利用されている。一般に、タンパク質を分泌生産する産業用微生物株は、分解に関わるプロテアーゼを欠失させる、転写・翻訳系に関わる遺伝子を発現強化させる、分泌に関わる遺伝子を発現強化させる、といった多数の遺伝子改変を導入することで作出される。しかしながら、候補となる遺伝子改変を一つずつ導入し、タンパク質生産における有効性の評価を試験管あるいはフラスコを用いて行う従来手法では、スループット性が低く高生産株の作出に長期間を要するという課題があった。
本研究では、107個を超える突然変異株からなる大規模ライブラリを構築し、ライブラリの中から目的タンパク質分泌生産能が向上した株をハイスループットに取得するスクリーニング法を開発し、タンパク質高分泌生産株の迅速な作出を目指した。
本研究では、大規模な遺伝子改変微生物株ライブラリを短期間で培養評価する方法として、マイクロドロップレットの一種であるWater-in-oil-in-water(W/O/W)エマルション[用語7]を培養リアクターとした超並列培養に着目した。直径約30 µmのエマルションに遺伝子改変微生物株を1株ずつ封入し、エマルション内で菌体増殖、目的タンパク質の分泌生産を行い、タンパク質分泌生産能が向上した株を選択回収するスクリーニング法の検討を行った。エマルション内で分泌された目的タンパク質を検出する方法として、クエンチ抗体Q-bodyを用いることとした。当研究室で開発されたQ-bodyは蛍光標識された抗体断片から構成されており、抗原となるタンパク質に結合すると抗原濃度依存的に素早く蛍光強度が増加するため、エマルション培養のバイオセンサーとして有望であると考えられた。
まずエマルション内でQ-bodyを用いて標的タンパク質の濃度変化の検出が可能か検証を行った。検出するバイオ医薬品のモデルとして、増殖因子の一種であるヒトFGF9を選択し、Q-bodyが応答するペプチド配列を融合したFGF9をさまざまな濃度で用意し、蛍光色素TAMRA修飾scFv型Q-bodyと共にエマルションに封入し、フローサイトメトリー[用語8]により蛍光強度を解析した。FGF9モル濃度が10-1,000 nMの範囲において濃度依存的な蛍光強度の上昇が認められ、エマルション内においてQ-bodyを用いたタンパク質検出が可能であることが示された (図2)。
次に、このFGF9を分泌生産するグラム陽性細菌Corynebacterium glutamicum及びFGF9を分泌しない陰性対照株をQ-bodyと共にエマルションに封入して培養を行い、セルソーターを用いてFGF9分泌生産株を蛍光を指標として選択的に回収できるかどうかを検討した。結果として、FGF9分泌生産株封入エマルションは陰性対照株封入エマルションに比べて有意に高い蛍光強度を示すことがわかり、分泌されたFGF9をQ-bodyで蛍光検出することで、FGF9分泌生産株のみを回収することに成功した (図3)。
さらに、FGF9分泌生産株について化学的変異原N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジンを用いて変異誘導した107個以上の突然変異株を含むライブラリを構築し、そのうち約105個の変異株をエマルション内で培養し、セルソーターを用いて高い蛍光強度を示す上位約50株を選択的に回収できることを実証した。スクリーニングで取得した変異株群を培養評価した結果、変異処理前に比べてFGF9分泌生産量が有意に向上し、非変異処理株に対して最大で約3倍に分泌量が増加した株の取得に成功した (図4)。以上のことから既存手法では不可能だった膨大な菌株ライブラリの迅速な選別が可能となり、マイクロドロップレット培養とQ-bodyを用いたタンパク質高分泌生産株スクリーニング法の有効性が示された。
本研究で開発した手法は、従来を大きく超えるスループット性でタンパク質高生産株のスクリーニングが可能であり、有意にタンパク質分泌生産能が向上した株が取得できることが示された。近年、需要が増大しているバイオ医薬品を高生産する産業用微生物株の迅速な作出が可能となり、数年以内にさまざまなバイオ医薬品の安価供給の実現が期待される。
本研究で開発したスクリーニング法をバイオ医薬品の研究開発に実装を進めるとともに、バイオ医薬品以外の有用タンパク質にも横展開を進める。
また、より検出精度の高いバイオセンサーとしてフェルスター共鳴エネルギー移動[用語9]を利用したQ-bodyなどを用いてスクリーニング法の効率及び精度向上を検討する。
[用語1] バイオ医薬品 : バイオテクノロジーを応用して製造されるタンパク質を有効成分とする医薬品。
[用語2] スループット : 単位時間あたりの検体処理速度。
[用語3] マイクロドロップレット : マイクロ流体装置などを用いて作製される直径数 µm~数百 µmの微小な液滴。
[用語4] バイオセンサー : 生体分子が持っている機能を利用して、化学物質の存在や濃度を検出するセンサー。
[用語5] Quenchbody/Q-body : 抗体断片の部位特異的に蛍光色素修飾したバイオセンサー。蛍光色素が抗体内のトリプトファン残基で消光され、抗原結合により回復する現象を利用して抗原が検出できる。
[用語6] FGF9 : 細胞の増殖や分化を促進する増殖因子の一種であるFibroblast growth factorファミリーに分類されるタンパク質。
[用語7] Water-in-oil-in-waterエマルション : 内部の水相が油相によって周囲を覆われており、外部の水相と隔離された構造を持つ複合型エマルション。
[用語8] フローサイトメトリー : 流体中に分散させた測定対象の粒子について、レーザーなどを用いて光学的に分析する手法。
[用語9] フェルスター共鳴エネルギー移動 : 近傍に存在する2つの蛍光色素間で、励起エネルギーが電子の共鳴により直接移動する現象。2つの蛍光色素の蛍光強度のレシオ計算により、温度、pH、イオン濃度などの外部環境による影響を軽減することができる。
掲載誌 : | Small |
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論文タイトル : | Efficient Microfluidic Screening Method Using a Fluorescent Immunosensor for Recombinant Protein Secretions |
著者 : | Yoshihiro Ito, Ryuichi Sasaki, Sayaka Asari, Takanobu Yasuda, Hiroshi Ueda, Tetsuya Kitaguchi* |
DOI : | 10.1002/smll.202207943 |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
准教授 北口哲也
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