生命理工学系 News
乳酸やピルビン酸は、グルコース代謝によって生じる重要な代謝産物です。解糖系でグルコースが分解されてATPとピルビン酸が生じ、ピルビン酸は好気条件でクエン酸回路に運ばれてさらなるATPが産生されます。一方嫌気条件では、乳酸発酵によってピルビン酸から乳酸が産生されます。細胞内の代謝状態をリアルタイムで解析するには、乳酸やピルビン酸などグルコース代謝関連分子の濃度変化を可視化できる蛍光タンパク質センサーが有効です。
東京大学大学院総合文化研究科の坪井貴司教授と東京工業大学科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の北口哲也准教授(ライフエンジニアリングコース主担当)らの研究グループは、緑色蛍光タンパク質を基盤とした乳酸センサーGreen Lindoblum(Green Lactate indicator suitable for fluorescence imaging)とピルビン酸センサーGreen Pegassos(Green Pyruvate sensing a single fluorescent protein-based probe)を開発しました。Green Lindoblumは乳酸存在下で蛍光輝度が約5.2倍に上昇し、Green Pegassosはピルビン酸存在下で蛍光輝度が約3.3倍に上昇しました。
このGreen LindoblumやGreen Pegassosを細胞に発現させ、蛍光顕微鏡で観察したところ、細胞内の乳酸およびピルビン酸濃度変化を可視化することができました。また、Green Lindoblumと赤色Ca2+蛍光指示薬Rhod2、Green Pegassosと赤色cAMPセンサータンパク質Pink Flamindoの2色同時イメージングにもそれぞれ成功しました。さらに、ヒトiPS細胞由来心筋細胞で電子伝達系を阻害する薬剤を加えた際の細胞内乳酸およびピルビン酸動態の可視化にも成功しました。
以上の結果から、Green LindoblumおよびGreen Pegassosは細胞内のエネルギー代謝をリアルタイムで解析するツールとして有用であることが示され、さまざまな細胞種において代謝分子の相互作用に関する研究を加速させると考えられます。
多くの生物はグルコースをエネルギー源として利用しています。グルコースが細胞質で解糖系によって分解されるとATPとピルビン酸が生じます。ピルビン酸は好気条件でミトコンドリアのクエン酸回路に運ばれ、さまざまな分子へと代謝される過程でNADHを生じ、NADHは電子伝達系でさらなるATP産生を引き起こします。一方嫌気条件では、乳酸発酵によってピルビン酸から乳酸が産生されます。乳酸やピルビン酸の代謝にかかわる酵素の遺伝子変異は代謝疾患の発症にも関与していることから、細胞内の乳酸およびピルビン酸動態を高い時空間分解能で解析することは、細胞の生理機能の理解に重要です。
細胞内の乳酸およびピルビン酸動態を可視化解析するため、蛍光タンパク質と乳酸およびピルビン酸結合タンパク質を組み合わせた蛍光タンパク質センサーがこれまで開発されてきました。蛍光タンパク質センサーは、その構造によってフォルスター共鳴エネルギー移動(Förster resonance energy transfer, FRET)型と単色輝度変化型の2つに大きく分類されます。前者は異なる2色の蛍光タンパク質を使って標的分子の動態を可視化しているため、他の細胞内シグナル伝達分子の動態を同時に観察することが困難になります。一方後者は1色の蛍光タンパク質のみを用いているため、異なる分子との同時観察が行いやすい利点があります。これまで、乳酸センサーの開発例はFRET型のみでした。ピルビン酸センサーはFRET型と単色輝度変化型の両者が存在しますが、ピルビン酸に対する親和性が低く、低濃度域でのピルビン酸濃度変化の可視化は困難でした。
本研究では、緑色蛍光タンパク質を基盤とした単色輝度変化型乳酸センサーGreen Lindoblum(Green Lactate indicator suitable for fluorescence imaging)、およびピルビン酸センサーGreen Pegassos(Green Pyruvate sensing a single fluorescent protein-based probe)の開発に成功しました。これらは、発色団付近で分割した緑色蛍光タンパク質GFPの間に、乳酸結合ドメインまたはピルビン酸結合ドメイン配列を融合した構造を持ちます(図1A)。蛍光タンパク質と結合ドメインをつなぐリンカー領域の長さとアミノ酸配列を最適化することにより、Green Lindoblumは乳酸存在下で蛍光輝度が約5.2倍に上昇し、Green Pegassosはピルビン酸存在下で蛍光輝度が約3.3倍に上昇しました(図1B)。Green LindoblumのEC50値は30 µM 、Green PegassosのEC50値は70 µMで、いずれもこれまでに開発されたセンサーより高い親和性を示しました。Green Lindoblumにマウスの血漿を添加し、蛍光輝度の変化率から乳酸濃度を算出することで、市販の簡易血中乳酸測定器と同様に血漿中の乳酸を検出できました。さらに、脳を構成するグリア細胞の一種アストロサイト[用語2]から放出されるD-セリン[用語3]を、D-セリンがD-セリンデヒドラターゼという酵素によって分解されてピルビン酸となる性質を利用し、Green Pegassosによって検出することにも成功しました。
Green Lindoblumをヒト胎児腎臓由来細胞株HEK293T細胞に、Green Pegassosをヒト子宮頸がん細胞株HeLa細胞にそれぞれ発現させ、蛍光顕微鏡で観察すると、細胞外から投与した乳酸やピルビン酸に応じて蛍光輝度の上昇が見られました(図2A、B)。また、HeLa細胞にGreen LindoblumとCa2+蛍光指示薬Rhod2、ヒトiPS細胞由来心筋細胞にGreen Pegassosと赤色cAMPセンサータンパク質Pink Flamindoをそれぞれ共導入することで、乳酸とCa2+、ピルビン酸とcAMPの2色同時イメージングにも成功しました(図2C、D)。
さらに、ヒトiPS細胞由来心筋細胞に電子伝達系の阻害剤であるオリゴマイシン、carbonyl cyanide 4-trifluoromethoxyphenylhydrazone(FCCP)、ロテノンおよびアンチマイシンAの混合液を投与した際の応答を解析しました。緑色Ca2+センサータンパク質Inverse-pericamを用いて拍動頻度を解析すると、阻害剤投与直後に拍動頻度が一過的に増加し、その後徐々に減少しました(図3A)。そしてGreen Lindoblumの蛍光輝度は阻害剤投与直後に一過的に上昇した一方(図3B)、Green Pegassosの蛍光輝度は阻害剤投与後直後から持続的に低下しました(図3C)。これらの結果から、心筋細胞では電子伝達系阻害によりエネルギー代謝がかく乱されて細胞内のCa2+濃度制御に障害が生じ、不整脈と似た状態となって拍動頻度が増加したのち、エネルギーが枯渇して拍動停止に至ると考えられました。
今回開発したGreen LindoblumおよびGreen Pegassosは、細胞内の乳酸およびピルビン酸動態の可視化解析を可能にし、とりわけ他の分子との同時イメージングに有用であることが確かめられました。これまで本研究グループは、緑色蛍光タンパク質を基盤としたグルコースセンサーGreen Glifon(Green Glucose indicating fluorescent protein, Analytical Chemistry 91, 4821-4830, 2019)や、緑・赤・青色蛍光タンパク質を基盤としたマルチカラーATPセンサーMaLions(Monitoring ATP level intensity based turn on indicators, Angewandte Chemie International Edition 57, 10873-10878, 2018)の開発にも成功し、さらなる代謝分子センサーの開発やセンサーのマルチカラー化にも取り組んでいます。今後、多岐にわたる細胞において、乳酸およびピルビン酸、そしてグルコースやATPなどはもちろん、各種代謝分子やシグナル分子と階層的機能相関の解析が可能となり、イメージングを用いたエネルギー代謝の研究が加速することが期待できます。最終的には、肥満や糖尿病のような生活習慣病の病態や、正常細胞とは異なる代謝メカニズムをもつがんの病態の解明に大きな貢献をもたらします。
[用語1] 蛍光タンパク質センサー : 蛍光タンパク質は、ある特定の波長の光(励起光)を吸収し、吸収した光よりも波長が長い光(蛍光)を放出する性質を持つ。その性質の獲得に重要な発色団という構造の付近で配列を分割し、標的分子へ結合するタンパク質の配列を融合すると、標的分子の結合によって発色団のイオン環境が変化し、蛍光タンパク質の蛍光輝度が変化する。標的分子の濃度変化や活性などを蛍光輝度の変化を通して検出する。
[用語2] アストロサイト(星状膠細胞) : 脳を構成する細胞には、神経細胞以外にグリア細胞と呼ばれる細胞群があり、その中でも最も多くの割合を占める細胞をアストロサイトという。脳の形態維持や、血管から神経細胞への栄養供給を行うほか、近年ではグルタミン酸や後述するD-セリンなどの情報伝達物質(グリア伝達物質)を分泌し、神経細胞間の情報伝達にも積極的に関与していることが報告されている。
[用語3] D-セリン : アミノ酸にはL型とD型の2種類がある。生体を構成するアミノ酸は基本的にL型だが、一部のD-アミノ酸は細胞内で合成されて生理機能を有する。D-セリンは主にアストロサイトで合成・分泌され、グルタミン酸受容体の作動薬としてはたらき、神経伝達を調節しているとされる。
原田一貴 | (東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 助教) |
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千原貴美 | (東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 修士課程2年(研究当時)) |
早坂優希 | (東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 修士課程2年(研究当時)) |
三田真理恵 | (東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 博士課程3年) |
滝沢舞 | (東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 博士課程3年) |
石田賢太郎 | (株式会社マイオリッジ 主任研究員) |
新井美存 | (九州大学大学院理学研究院生物科学部門 研究員) |
角沙樹 | (協同乳業株式会社研究所 研究員) |
松本光晴 | (協同乳業株式会社研究所 主幹研究員) |
石原健 | (九州大学大学院理学研究院生物科学部門 教授) |
上田宏 | (東京工業大学科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 教授) |
北口哲也 | (東京工業大学科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 准教授) |
坪井貴司 | (東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 教授) |
掲載誌 : | Scientific Reports |
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論文タイトル : | Green fluorescent protein-based lactate and pyruvate indicators suitable for biochemical assays and live cell imaging |
著者 : | Kazuki Harada, Takami Chihara, Yuki Hayasaka, Marie Mita, Mai Takizawa, Kentaro Ishida, Mary Arai, Saki Tsuno, Mitsuharu Matsumoto, Takeshi Ishihara, Hiroshi Ueda, Tetsuya Kitaguchi*, Takashi Tsuboi* |
DOI : | 10.1038/s41598-020-76440-4 |
※11月28日 15:45 「背景」項目内の誤字の修正を行いました