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新たな蛍光色で細胞内のグルコース動態を可視化
東京大学大学院総合文化研究科の坪井貴司教授と三田真理恵日本学術振興会特別研究員らは、東京工業大学科学技術創成研究院の北口哲也准教授(ライフエンジニアリングコース主担当)、株式会社マイオリッジの石田賢太郎博士(本社:京都府京都市、代表取締役社長:牧田直大)らと共同で、細胞内のグルコース(ブドウ糖)を可視化できる、赤色のグルコースセンサーRed Glifon(Red Glucose indicating fluorescent protein)の開発に成功しました。この研究成果は、2021年6月30日にCell Chemical Biology(オンライン版)に掲載されました。
今回開発されたRed Glifonは、赤色蛍光タンパク質を基盤として構築され、グルコース濃度に応答して蛍光輝度が変化する、蛍光タンパク質型分子センサー[用語1]です。Red Glifonを細胞に発現させ、蛍光顕微鏡で観察すると、細胞内のグルコース動態を蛍光輝度の変化を通して可視化することができました。また、グルコース、ATP、乳酸、ピルビン酸の緑色蛍光センサーと併用することで、細胞内でグルコースとその代謝産物との階層的な動態変化を同時可視化することに成功しました。
Red Glifonを用いた可視化解析は、人工甘味料[用語2]が腸管の内分泌細胞内の糖代謝に影響を与えてホルモン分泌異常を引き起こす可能性があることや、ヒト心筋細胞の拍動変化と糖代謝変化に関連があることを明らかにしました。Red Glifonは、細胞内のグルコース動態を高い時空間分解能で検出することができ、バイオイメージングのための有効なツールとなる可能性があります。細胞内のグルコース動態を理解することは、個体レベルでの病態を解析する上でも重要であり、糖尿病や心筋症などの疾患研究・薬剤探索への貢献が期待されます。
グルコースは生物にとって重要なエネルギー源の一つとして利用されています。グルコースは、細胞内で乳酸やピルビン酸などに代謝され、最終的にATPが産生されます。この糖代謝を理解するため、グルコースとその代謝産物の細胞内動態を可視化する技術開発が行われてきました。同研究グループはこれまでに、3色のATPセンサー MaLions(Monitoring ATP level intensity based turn on indicators)に加え、緑色グルコースセンサーGreen Glifon(Green Glucose indicating fluorescent protein)、緑色乳酸センサーGreen Lindoblum(Green Lactate indicator suitable for fluorescence imaging)および緑色ピルビン酸センサーGreen Pegassos(Green Pyruvate sensing a single fluorescent protein-based probe)の開発にも成功しています。しかし蛍光タンパク質型分子センサーは、上記も含めて緑色のものが多いため、細胞内でグルコースと別分子の動態を同時可視化するデュアルカラーイメージングを行うためには、緑色以外の蛍光色のグルコースセンサーが必要でした。
本研究では、世界初となる赤色の蛍光タンパク質型グルコ―スセンサーRed Glifonの開発に成功しました。このセンサーは、分割した赤色蛍光タンパク質mAppleと、グルコース結合ドメインMglBの配列を融合した構造を有します(図1A)。mAppleとMglBの間にはリンカー領域[用語3]を設け、この領域のアミノ酸配列の長さと種類を最適化することで、大きな蛍光輝度変化を起こす変異体を作出しています(図1B)。そしてグルコースは、生体内でさまざまな濃度で存在しているため、MglBに点変異を導入することで、グルコースへのEC50値[用語4]が異なる2種(Red Glifon 300とRed Glifon 3000)と、グルコースにほとんど反応せず陰性対照に利用できる1種(Red Glifon nega)の合計3種を構築しました(図1C)。
図1.Red Glifonの構造模式図とその性質。
(Development of red genetically encoded biosensor for visualization of intracellular glucose dynamics. Mita et al., Cell Chemical Biology, 2021, doi: 10.1016/j.chembiol.2021.06.002より一部改変)
これらのセンサーを、ヒト子宮頸がん細胞株HeLa細胞内で発現させ、蛍光顕微鏡で観察すると、Red Glifon 300とRed Glifon 3000は細胞外から投与したグルコース刺激に応じた輝度変化を示しました(図2)。またHeLa細胞内で、緑色のATPセンサー、乳酸センサーおよびピルビン酸センサーとRed Glifon 300をそれぞれ併用すると、単一細胞内のATP、乳酸およびピルビン酸とグルコース動態を同時可視化することができました(図3)。グルコース刺激により、ATPと乳酸濃度が上昇するにも関わらず、ピルビン酸濃度は上昇せず、がん細胞であるHeLa細胞では解糖系が亢進していることと、ピルビン酸が速やかに乳酸へと代謝されることが示唆されました。
図2.Red Glifonを用いた細胞内グルコース動態の可視化実験。
(Development of red genetically encoded biosensor for visualization of intracellular glucose dynamics. Mita et al., Cell Chemical Biology, 2021, doi: 10.1016/j.chembiol.2021.06.002より一部改変)
図3.HeLa細胞におけるグルコースと代謝産物の同時可視化実験。
(Development of red genetically encoded biosensor for visualization of intracellular glucose dynamics. Mita et al., Cell Chemical Biology, 2021, doi: 10.1016/j.chembiol.2021.06.002より一部改変)
また、腸と心臓において生理機能とグルコース動態との機能相関をRed Glifonを用いたイメージングによって解析しました。腸において人工甘味料スクラロースは、腸ホルモンの分泌異常を引き起こす可能性が報告されていました。しかし小腸の内分泌細胞[用語5]において、スクラロースがどのように感知され、どのようなシグナル変化が起きているかは不明でした。マウス小腸内分泌L細胞株GLUTag細胞を用いたイメージングにより、細胞へのスクラロース投与は、細胞内のCa2+動態だけでなく、cAMPおよびグルコース動態にも影響することが分かりました(図4A)。さらに人工甘味料は、複数のGタンパク質共役型受容体[用語6]によって感知されていることも分かり、そのシグナルがグルコース取り込みを制御することなどによって分泌異常を引き起こす可能性が示されました(図4B)。また、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いたイメージングでは、細胞内のエネルギー輸送を阻害すると、心筋の拍動は一過的に上昇した後に停止してしまうことが分かりました(図4C)。このとき、拍動変化に伴った細胞内グルコース濃度変化が生じることが示唆され、拍動を維持するために糖代謝が調節されている可能性が明らかになりました(図4D)。
図4.小腸内分泌細胞における人工甘味料スクラロースの作用と、心筋細胞における拍動と糖代謝との関係の解析。
(Development of red genetically encoded biosensor for visualization of intracellular glucose dynamics. Mita et al., Cell Chemical Biology, 2021, doi: 10.1016/j.chembiol.2021.06.002より一部改変)
今回開発されたRed Glifonは、細胞内のグルコース動態の可視化解析に有効であり、緑色蛍光センサーや他の蛍光色のセンサーと組み合わせることで、マルチカラーによる同時可視化へと発展させることができます。そして、さまざまな細胞や組織での糖代謝に関わる複数の分子の階層性をイメージングによって時空間分解能高く検出することで、生体のエネルギー恒常性を維持する機能の解明に迫ることはもちろんのこと、疾患研究や治療法探索においても有効な手段になることが期待されます。
[用語1] 蛍光タンパク質型分子センサー : 蛍光タンパク質は、発色団をもち、特定の波長の光(励起光)を吸収し、吸収した光よりも波長が長い光(蛍光)を放出する性質をもつ。これを利用し、特定の分子への結合ドメインと融合することで、標的分子の結合または解離によって、蛍光タンパク質の蛍光輝度変化を示すように改変されたタンパク質ベースのセンサーのこと。
[用語2] 人工甘味料 : 甘味をもつ化合物で、食品などの甘味料として広く使用される。天然には存在せず、合成甘味料とも呼ばれている。細胞表面の受容体に感知されることで甘味シグナルを誘導するが、細胞内には取り込まれず代謝もされないため、生体はエネルギーとして利用することができない。
[用語3] リンカー領域 : タンパク質同士をつなぐ、数個から数十個のアミノ酸からなる領域。
[用語4] EC50値 : 50%効果濃度(半数効果濃度)のこと。薬剤や分子センサーなどが、最低値からの最大反応の50%を示す濃度。
[用語5] 内分泌細胞 : ホルモンを分泌する細胞。生体内の環境変化を感知して、ホルモンを分泌し、生体機能を調節している。小腸内分泌L細胞は、小腸下部に存在し、食欲や記憶・学習を司る消化管ホルモンの1つであるグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)を分泌する。
[用語6] Gタンパク質共役型受容体 : 細胞膜表面に存在し、細胞外部からのさまざまな刺激物質を感知する受容体の一種。細胞膜を7回貫通する構造をもち、細胞質側では三量体Gタンパク質というタンパク質複合体が結合している。受容体に対して特異的な刺激物質が結合することで、細胞内のCa2+やcAMP動態に影響を与え、細胞内シグナル伝達を調節する。
掲載誌 : | Cell Chemical Biology(オンライン版:2021年6月30日掲載) |
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論文タイトル : | Development of red genetically encoded biosensor for visualization of intracellular glucose dynamics |
著者 : | Marie Mita, Izumi Sugawara, Kazuki Harada, Motoki Ito, Mai Takizawa, Kentaro Ishida, Hiroshi Ueda, Tetsuya Kitaguchi, Takashi Tsuboi |
DOI : |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
准教授 北口哲也
E-mail : kitaguct-gfp@umin.ac.jp
Tel : 045-924-5270
東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系
教授 坪井貴司
E-mail : takatsuboi@bio.c.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5465-8208