電気電子系 News
多様な環境の水質を高度に可視化
中央大学 理工学部の河野行雄教授(東京工業大学 科学技術創成研究院 特定教授兼任)、東京工業大学 工学院 電気電子系の李恒大学院生(博士後期課程3年)、大阪大学 産業科学研究所の関谷毅教授・荒木徹平助教らを中心とする研究グループは、オランダのEindhoven University of Technology、産業技術総合研究所らと共同で、新しい機能を示す光センサシートを開発した。また開発したセンサシートを用いることで、今までにない簡便な液体化学分析手法を確立した。
これまで、環境計測を指向した家庭・産業排水の化学的液質検査では、液体サンプルの採取や試薬の混合が必要とされてきた。遠隔操作を含むオンサイト[用語1]での長期的かつ、ユーザーの技量を問わない簡便な計測の実現には、サンプル非採取かつラベルフリー[用語2]な新規手法の確立が求められる。
今回研究グループはセンサシートの貼り付けという簡便な工程のみで、オンサイトな水溶液濃度計測に成功した(図1)。溶媒自身から発せられる広帯域な赤外線放射現象と、それに対する溶質での局所的な吸収に着目することで、サンプル非採取かつラベルフリーな液質計測が可能となる。この液質計測には、研究グループが併せて新規に開発した高感度・広帯域かつストレッチャブル[用語3]な薄膜状の光センサシートを用いている。植物や塩ビパイプ、蛇腹管、ゴムチューブといった柔らかい素材の液体配管にぴったりと貼り付けることができ、液体の流動性による配管の膨張・収縮・曲げ等の変形に対しても安定して追従可能である。ユビキタスな水質検査に資する基盤技術の実証という本研究成果は、将来、配管セーフティネットの構築に貢献できると期待される。
本研究成果は、米国東部時間2022年5月11日付で米国の国際科学誌「Science Advances」でオンライン公開された。
液体中の化学成分を分析する技術は、生活・産業に潜む社会様式の変化の兆しや、農作物の発育状況といった多様な環境の可視化に寄与する。代表的な手法としては遠心分離[用語4]や試薬反応[用語5]が挙げられ、長年に渡り環境計測を主導してきた。一方これら従来手法は検体採取や測定器内での試薬投与といった工程が求められ、観察対象に対するオンサイトかつ動的な環境での計測を実現するうえでボトルネックとなっていた。
サンプル非採取かつラベルフリーな液質検査手法には、代表例として紫外線計測が挙げられる。しかしこれら光学計測は外部光源や光学系を要する巨躯なシステムとなり、携帯性に更なる改善の余地を残す。加えてオンサイトかつ動的な環境計測に向けては、透明性の高い材料を用いた液体流路に限定され、不透明な流路内部に対する非破壊液質検査実現への障壁となる。以上を踏まえ、ユビキタスな液質検査の実現には、サンプル非採取かつラベルフリーな非破壊計測手法の創出が求められる。
今回研究グループは、観察対象流路へセンサシートを貼り付けるだけという極めて簡便な工程により、内部を流れる液体の濃度計測に成功した。これに併せて新たに構築したセンサシートは、フレキシブルな広帯域電磁波吸収材料であるカーボンナノチューブ(CNT)薄膜[用語6]と、高分子成分を含む薄膜支持基板及び読出し電極から成る[参考文献1]。センサシートは、光熱起電力効果[用語7]を含むCNT薄膜の特徴的な材料特性により、室温でミリ波・テラヘルツ波・赤外線まで広帯域に渡る光を高感度に検出する[参考文献2-3]。加えて、ゴムのように伸縮可能な印刷回路基板の作製や、その基板へCNT薄膜を実装する無歪領域デザインにより、元来の多機能な光センシングを70~280%の伸長状態でも安定して発揮することに成功した(図2)。成長を伴う植物や液体の流動性により変形するチューブへ、動きに追従しながら密着して装着可能である。
またセンサシートを多様な配管に貼り付けることで、内部の液体が自ら発する赤外線放射(黒体輻射[用語8])を高感度に検出可能である。研究グループは今回、溶媒からの黒体輻射が局所的に溶質に吸収されることを明らかにし、センサシートの検出信号の減衰強度から溶質の量、つまり水溶液濃度を計測することに成功した(図3)。今回達成した水溶液濃度計測レンジはグルコースを例に50–20,000 mg/dLであり、血中や農作物の濃度レンジに対応する。その他、液流の温度や粘度の非破壊モニタリング、更にセンサシートの無線式遠隔操作を可能にしており、様々なシーンでの将来的な活用が見込まれる。
本研究が示すサンプル非採取・ラベルフリー・外部光源不要なシート貼り付け式のコンパクトな非破壊液質計測手法は、ユーザーの技量や検体構造に制約されることなく、基盤要素技術として将来的なオンサイト環境計測の実現に貢献する。活用が見込まれる具体例としては、砂糖水等の飲料品製造現場、漂白液等の化学合成プラント、生理食塩水を用いる医療現場といった環境での品質管理が挙げられる。
一方で濃度計測対象となる化合物への選択性は極めて重要である。今後は素子性能や測定手法の観点からの更なる取り組みにより選択性を実証し、生活・産業排水や動植物等の体内栄養素といった複数化合物含有の液流を対象とするオンサイトモニタリングへと展開する。
[1] T. Araki, T. Uemura, S. Yoshimoto, A. Takemoto, Y. Noda, S. Izumi, T. Sekitani, Wireless Monitoring Using a Stretchable and Transparent Sensor Sheet Containing Metal Nanowires, Advanced Materials 32, 1902684, 2020. DOI: 10.1002/adma.201902684
[2] D. Suzuki, S. Oda, Y. Kawano, A flexible and wearable terahertz scanner, Nature Photonics 10, 809–813, 2016. DOI: 10.1038/nphoton.2016.209
[3] K. Li, R. Yuasa, R. Utaki, M. Sun, Y. Tokumoto, D. Suzuki, Y. Kawano, Robot-assisted, source-camera-coupled multi-view broadband imagers for ubiquitous sensing platform, Nature Communications 12, 3009, 2021. DOI: 10.1038/s41467-021-23089-w
本研究は、科学技術振興機構 未来社会創造事業、同 センターオブイノベーションプログラム、同 研究成果最適展開支援プログラム、同 創発的研究支援事業、日本学術振興会 科学研究費助成事業(基盤研究(A)、基盤研究(B)、挑戦的研究(萌芽)、新学術領域研究(研究領域提案型)、学術変革領域研究(A))、東レ科学技術研究助成、立石科学技術振興財団研究助成、東京工業大学 DLab Challenge、物質・デバイス領域共同研究拠点の援助ならびに日本ゼオン株式会社からのカーボンナノチューブ試料提供を受けて実施された。
[用語1] オンサイト : 「現場で」という意味。
[用語2] ラベルフリー : 「反応性の試薬等を投与する必要がない」という意味。
[用語3] ストレッチャブル : 「伸縮可能」という意味。
[用語4] 遠心分離 : 対象試料に遠心力をかけ、含有物の重量に応じて個別に抽出する方法。
[用語5] 試薬反応 : 対象試料に反応性の試薬を投与し、反応の差異から内容物を分析する手法。
[用語6] カーボンナノチューブ薄膜 : 筒状構造体であるカーボンナノチューブを積層した膜。
[用語7] 光熱起電力効果 : 物質に光を照射した際に物質内で温度勾配が生じ、その温度勾配が電圧に直接変換される現象。
[用語8] 黒体輻射 : 有限温度を持つ物質から発せられる電磁波。高温であるほど放射強度は高く、また発光強度ピークは高周波電磁波側へシフトする。室温付近での発光強度ピークは遠赤外帯に位置する。
掲載誌 : | Science Advances |
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論文タイトル : | Stretchable broadband photo-sensor sheets for nonsampling, source-free, and label-free chemical monitoring by simple deformable wrapping |
著者 : |
Kou Li1,2,†, Teppei Araki3,†, Ryogo Utaki1,2, Yu Tokumoto1,2, Meiling Sun1,2, Satsuki Yasui1,2, Naoko Kurihira3, Yuko Kasai3, Daichi Suzuki4, Ruben Marteijn5, Jaap M.J. den Toonder5, Tsuyoshi Sekitani3,*, Yukio Kawano1,2,6,7,* †共同筆頭著者 *責任著者 |
所属 : | 1東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 2東京工業大学 工学院 電気電子系 3大阪大学 産業科学研究所 4産業技術総合研究所 センシングシステム研究センター 5Department of Mechanical Engineering and Institute for Complex Molecular Systems, Eindhoven University of Technology 6中央大学 理工学部 電気電子情報通信工学科 7国立情報学研究所 |
DOI : | 10.1126/sciadv.abm4349 |
お問い合わせ先
中央大学 理工学部 教授(電気電子情報通信工学科)
東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 特定教授兼任
国立情報学研究所 客員教授兼任
河野行雄
E-mail : kawano@elect.chuo-u.ac.jp
E-mail : kawano@pe.titech.ac.jp
Tel : 03-3817-1860