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任意数のアンテナ直交ビームを形成するマトリックスの最小レイヤ数構成を提案

構造決定パラメータを数値的に発見

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2021.09.30

要点

  • ビーム数がN個の平面マトリックスを方向性結合器と移相器からなる構成要素縦続接続数(レイヤ数)N個で実現可能であることを見出した。
  • 構成要素のレイヤ数を、ビーム数5個以上の場合では従来手法より20~50%程度削減できる。
  • 1枚の基板上へのプリント回路基板技術の低コスト実装に適し、2次元システムへも展開できる。

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系 廣川二郎教授(電気電子コース 主担当)と欧州宇宙機関[用語1]RFペイロード技術[用語2]部門アンテナ・サブミリ波セクション研究員ネルソン J. G. フォンセカ博士は、複数のアンテナ直交ビームを形成するマトリックス[用語3]一般化構成[用語4](図1(c))において、任意のビーム数に対して、レイヤ数を最小で構成する回路の構造(図1(d))を決定する方向性結合器[用語5]交差[用語6]を含む)、移相器[用語7]のパラメータを数値的に発見した。

無線通信の信号処理を軽減させるためのアンテナ直交ビーム形成マトリックスとして、バトラーマトリックス、ノレンマトリックス[用語8]などが従来から知られているが、小型化や出力特性バランス等の課題があった。今回の発見はこのような平面実装特有の課題に対して従来の構成より優れており、方向性結合器と移相器からなる構成要素をビーム数と同じ縦続接続数(レイヤ数)で実現可能であることを示した。

ビーム数が5個以上の場合にはバトラーマトリックス、ノレンマトリックスより少ないレイヤ数の構成要素で実現できる。図1には、ビーム数が8の場合を示している。バトラーマトリクスではレイヤ数が10であるのに対し、提案マトリックスでは8と20%削減されている。ビーム数が大きくなると削減率は大きくなり50%に近くなることを示している。受動アンテナ直交ビーム形成マトリックスにおいてこの削減率は極めて有用であり、次世代無線移動通信システムや通信衛星搭載の設計に役立つ。

本成果はIEEE Journal of Microwavesに2021年9月23日(現地時間)に掲載された。

図1 マトリックスの構成(ビーム数8個の例) 上から(a)ノレンマトリックス、(b)バトラーマトリックス、(c)一般化構成、(d)提案マトリックス

図1. マトリックスの構成(ビーム数8個の例)

  1. 上から(a)ノレンマトリックス、(b)バトラーマトリックス、(c)一般化構成、(d)提案マトリックス

背景

無線通信において、アンテナ直交ビーム形成マトリックスを導入して信号処理を軽減させる手法がある。近年、大量の情報を送るために、使用される電波の周波数が高くなってきており、アンテナ直交ビーム形成マトリックスにおいて、損失の低減、小型化、構成要素による入力ポート間での出力特性バランスの改善などが課題となっている。

従来から知られているアンテナ直交ビーム形成マトリックスには1960年代に提案されたノレンマトリックス(図1(a))、バトラーマトリックス(図1(b))等がある。バトラーマトリックスはその回路の構成法から、適用できるビーム数は2のべき乗に限られている。また、ノレンマトリックスは任意のビーム数が可能であるが、図1(a)のように入力ポートから出力ポートまでに電波が通る構成要素の数が入力ポートと出力ポートにより大きく異なっているため、構成要素による入力ポート間での出力特性差が大きいという問題があった。

研究成果

与えられたN個のビーム数に対し、図1(c)のように、方向性結合器と移相器からなる構成要素をM個縦続接続した一般化構成を考える。一般化構成ではNとMは同じである必要はないが、図1(c)ではN=M=8としている。各構成要素のパラメータは方向性結合器の結合量と移相器の移相量の2つである。入力ポートのそれぞれに対して、図1のように出力のビーム方向を割り当てる。条件を満足する各構成要素のパラメータの値を数値的に求めたところ、値を決定できる縦続接続数(レイヤ数)Mの最小値はNであることが分かった。

また、すべての方向性結合器の2つの出力ポートの出力の振幅を0以上の正に限定すると、すべての移相器の移相量を一意に決めることができた。図1(d)のビーム数8での提案マトリックスの構成において、図1(a)のノレンマトリックスと異なり、入力ポートから出力ポートまでに電波が通る構成要素の数が、入力ポートと出力ポートにより大きく異なっていないので、構成要素による入力ポート間での出力特性バランスは小さいと考えられる。

また、ビーム数Nが偶数の場合には、図1(d)に示すように、ビーム数がN/2(図1(d)の場合には4)のノレンマトリックス2個が並列に給電されている構造となることが分かった。ビーム数Nが奇数の場合には同様な構造は現時点では見つかっていない。ビーム数5の場合の提案マトリックスをポスト壁導波路(基板集積導波路)[用語9]の構造を用いて設計し、所望動作を確認している。

表1に、ビーム数と各マトリックスのレイヤ数の関係、提案マトリックスのノレンマトリックス、バトラーマトリックスに対するレイヤ数の削減率を示す。ビーム数が5個以上の場合には、提案マトリックスのレイヤ数は、従来から知られているバトラーマトリックス、ノレンマトリックスより少ない。ビーム数Nにおいて、提案マトリックスのレイヤ数はNであり、ノレンマトリックスのレイヤ数は2N-3である。ビーム数が大きくなると削減率は大きくなり50%に近くなる。バトラーマトリックスに対しても、ビーム数8の場合、レイヤ数は10から8と20%削減できることを示している。

表1. ビーム数と各マトリックスのレイヤ数の関係

ビーム数 提案マトリックス ノレンマトリックス
(バトラーマトリックス)
削減率(%)
3 3 3 0
4 4 5 (4) 20 (0)
5 5 7 29
6 6 9 33
7 7 11 36
8 8 13 (10) 38 (20)

今後の展開

現時点は、条件を満足する各構成要素のパラメータの値を数値的に発見した段階である。従来のバトラーマトリックスは、高速フーリエ変換と同じ手法で理論的に構成できるので、今回の提案マトリックスにおいても同様な理論的構成法を創出し系統的な設計を可能にしたい。また、応用については、移動通信、衛星通信などへの適用に向けて、実際にマトリックスを設計、試作し、出力特性の周波数特性、損失特性の評価を行っていく。

  • 用語説明

[用語1] 欧州宇宙機関 : 1975年5月30日にヨーロッパ各国が共同で設立した宇宙開発・研究機関。現在22カ国が参加。スタッフは2,000人を超える。本部はフランスにある。

[用語2] RFペイロード技術 : 衛星に搭載する高周波(RF、Radio Frequency)の回路に関する技術。衛星では搭載機器(ペイロード)の重量の管理が重要となっている。

[用語3] アンテナ直交ビーム形成マトリックス : 複数の入力ポートと複数の出力ポートをもつ構成回路。1つの入力ポートからの入力はすべて複数の出力ポートへ出力される。複数の出力ポート間での出力の振幅は等しく、隣接出力ポート間の位相差は同じである。すなわち、入力ポートを切り替えることで、複数の出力ポートからの出力の放射によるビーム方向を変えることができる。それぞれのビームの最大放射方向では、他のすべてのビームは放射しない直交性を有し、ビーム間干渉を最小にできる。

[用語4] 一般化構成 : 任意のビーム数に対して、構成要素の縦続接続数(レイヤ数)を任意とした場合の回路構成。

[用語5] 方向性結合器 : 2つの入力ポートと2つの出力ポートをもつ構成回路。1つの入力ポートからの入力はすべて2つの出力ポートへ任意の分配比で出力され2つの入力ポートへ出力されない方向性をもつ。方向性結合器のパラメータは結合量である。結合量は1つの入力ポートの入力の振幅に対して反対側の1つの出力ポートへの出力の振幅を表す。入力で規格化された振幅の絶対値は0から1までとる。0の場合には方向性結合器は結合のない2本の伝送線路となり、1の場合には後述の交差となる。

[用語6] 交差 : 方向性結合器の1つであり、2つの入力ポートのそれぞれの入力が、交差してそれぞれの反対側の1つの出力ポートに対しすべて出力される。

[用語7] 移相器 : 入力された電波の位相を変化させて出力するための構成回路。

[用語8] バトラーマトリックス、ノレンマトリックス : アンテナ直交ビーム形成マトリックスとして用いられる代表的な構成回路。バトラーマトリックスは1960年にバトラーらにより、ノレンマトリックスは1965年にノレンにより提案された。

[用語9] ポスト壁導波路(基板集積導波路) : 両面に金属膜を有する誘電体基板に密に配列された金属ポスト列を2つ設け、その間に電波を伝搬させる導波路。

  • 論文情報
掲載誌 : IEEE Journal of Microwaves
論文タイトル : Generalized One-Dimensional Parallel Switching Matrices with an Arbitrary Number of Beams
著者 : Jiro Hirokawa and Nelson J. G. Fonseca
DOI : 10.1109/JMW.2021.3106871別窓
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