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指先につけるだけで非破壊検査できるデバイスを開発

カーボンナノチューブ膜によるテラヘルツ検査チップ

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2018.07.05

要点

  • カーボンナノチューブ膜の物性制御によりテラヘルツ帯検出器を高性能化
  • 検出器は指に装着可能で、配管の亀裂検査などの非破壊検査を実現
  • 対象物の形状によらず、任意の場所で簡便に検査することが可能に

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の河野行雄准教授、理化学研究所の鈴木大地博士(研究当時・東工大 河野研究室所属)、産業技術総合研究所 ナノ材料研究部門の桒原有紀博士らは、カーボンナノチューブ膜を材料としたウェアラブルなテラヘルツ検査デバイスを開発した。大規模な測定系を必要とせずに、指先につけるだけで配管の亀裂検査といった非破壊検査が可能になる。

テラヘルツ光の検出原理である光熱起電力効果[用語1]を高めるため、カーボンナノチューブ膜の吸収率や熱電性能を最適化し、高感度検出かつ折り曲げ可能な検出器を実現した。工業部品や医薬品などの製造で、製品の信頼性を保証するための高機能な検査技術が求められている。テラヘルツ帯[用語2]を活用した非破壊検査技術は測定対象内部の形状・材質の情報を計測可能なことから注目を集めており、実用化に向けた研究が精力的に行われている。

従来の検査技術は測定対象の形状やサイズによる場所の制限があったが、開発技術はあらゆる形状の測定対象を任意の場所で簡便に検査できる。工場内の入り組んだ環境での品質検査や訪問医療などの移動先での即時検査といった応用が期待でき、非破壊検査業界にブレークスルーをもたらす成果である。

研究成果は2018年6月6日付で米国化学会誌の1つ「ACS Applied Nano Materials」に掲載された。

研究の背景と経緯

工業用部品や医薬品などの品質を保証するため、製品への異物混入や変形・破損を検査する高機能な計測技術の開発が重要な社会的テーマになっている。テラヘルツ帯を活用した検査技術は、製品の内部に渡る形状・材質といった情報を非破壊で測定できる強力な手段として注目を集めており、実用化に向けた研究開発が盛んになっている。

しかし、二次元平面的な構造からなる一般的なカメラを使用する場合、測定対象を全方位に渡って検査するには、カメラないしは測定対象を360度機械的に回転させる機構が必要不可欠である。この手法は測定系の大規模・煩雑化や測定時間の増加、測定対象の制限といった課題を抱えており、生産現場におけるインライン検査やウェアラブルセンサーへの応用を困難なものとしていた。

河野准教授らは2016年にカーボンナノチューブ膜の光熱起電力効果を用いたフレキシブルなテラヘルツ帯撮像デバイスを開発し、注射器などの医療器具の全方位非破壊検査を達成した(D. Suzuki, et al., Nature Photonics 10, 809-813, 2016)。今回、先行研究において論及されずにいたカーボンナノチューブ膜の相対ゼーベック係数[用語3]やテラヘルツ光照射に対する吸収率を最適化し、人の指にも装着できるウェアラブルな検査デバイスの開発に成功した。

ウェアラブルテラヘルツ検査デバイスの概念図

図1. ウェアラブルテラヘルツ検査デバイスの概念図

研究成果

河野准教授らはまず、フレキシブルテラヘルツ検出器の高感度化に着手した。テラヘルツ光の検出原理はカーボンナノチューブ膜で発生する光熱起電力効果を利用しており、高感度化に向けてはカーボンナノチューブ膜の「熱雑音の低減」、「テラヘルツ光に対する吸収率の向上」、「相対ゼーベック係数の向上」が重要な課題となっていた。

これらを解決する鍵となるのがカーボンナノチューブ膜のフェルミ準位[用語4]の制御である。1本のカーボンナノチューブあるいは非常に薄いカーボンナノチューブ膜では、標準的な電界効果トランジスタ構造によってフェルミ準位を制御できる。一方でフレキシブルテラヘルツ検出器に用いる厚みのあるカーボンナノチューブ膜に対しては、この手法が適用できない。

同准教授らは、通常は半導体と金属が混合しているカーボンナノチューブ膜を分離し(図2)、電気二重層[用語5]技術ならびにゲート電極を使用しない化学的ドーピングを用いることで、フェルミ準位を連続的に変えながら熱雑音(図3a)、テラヘルツ吸収率(図3b)、相対ゼーベック係数(図4)を系統的に調べることが可能となった。これにより、カーボンナノチューブ膜のフェルミ準位の位置とテラヘルツ応答の強度が密接な関係にあることを明らかにし、フェルミ準位の位置を最適化することで、上述の3つの課題を同時に克服することができた。

半導体・金属分離後のカーボンナノチューブ膜

図2. 半導体・金属分離後のカーボンナノチューブ膜

フェルミ準位制御による性能改善 (a)ノイズ電圧値の低減 (b)テラヘルツ吸収率の向上

図3. フェルミ準位制御による性能改善 (a)ノイズ電圧値の低減 (b)テラヘルツ吸収率の向上

化学的ドーピングによる性能改善 (a)ドーピングの概要図 (b)ドーピング濃度によるゼーベック係数の制御

図4. 化学的ドーピングによる性能改善 (a)ドーピングの概要図 (b)ドーピング濃度によるゼーベック係数の制御

作製したフレキシブルテラヘルツ検出器は、固体半導体素子に基づく検出器とは異なり、折り曲げ可能な耐久性を有する。このため、指先のような歪曲した部位であっても容易に検出器を装着することができる。この特徴を活かし、フレキシブルテラヘルツ検出器をグローブの指先に装着することでウェアラブルなテラヘルツ検査デバイスを開発した(図5a)。

このテラヘルツ検査デバイスは大規模な測定系を必要としない。そのため、従来の検査技術では難しいとされた工場内の配管設備など複雑に入り組んだ環境での検査も、検査デバイスを測定箇所に潜り込ませるだけで簡便に全方位非破壊検査を行うことができる(図5b)。このため、既存の非破壊検査応用の適応範囲を大幅に拡大する成果を確認した。

(a)ウェアラブルなテラヘルツ検査デバイス(b)および配管の非破壊検査応用

図5. (a)ウェアラブルなテラヘルツ検査デバイス(b)および配管の非破壊検査応用

今後の展開

今回の研究成果により、従来の検査技術のネックであった大規模な測定系を必要とせず、任意の場所で、あらゆる形状の測定対象を、簡便に検査することが可能となった。これにより、工場内の入り組んだ環境での品質検査や、訪問医療などの移動先での即時検査といった従来の非破壊検査技術では難しいとされた応用の実現が期待される。今後は検出器のさらなる多素子化、微弱信号の高感度読み出し回路や無線通信との結合などを行うことで、来たるIoT(モノのインターネット)社会に貢献するセンシングシステムを構築する。

謝辞

この研究は科学技術振興機構による未来社会創造事業、地域産学バリュープログラムの支援、及び日本ゼオン株式会社の試料提供を受けて実施した。

用語説明

[用語1] 光熱起電力効果 : 物質に光を照射した際に物質内で温度勾配が発生し、その温度勾配が電圧に直接変換される現象のこと。

[用語2] テラヘルツ帯 : 周波数100 GHzから10 THz程度の領域に位置する電磁波のこと。

[用語3] 相対ゼーベック係数 : ゼーベック係数は、熱起電力効果によって発生した電圧を温度差で割った値のこと。相対ゼーベック係数は、2種類の異種材料が接合した系におけるゼーベック係数のこと。

[用語4] フェルミ準位 : 電子の全化学ポテンシャルのこと。フェルミ準位の位置によって半導体材料の電子・光物性は劇的に変化するため、デバイスの性能を決定づける重要な因子の一つである。

[用語5] 電気二重層 : 外部電圧印加により荷電粒子が移動した結果、界面に正負の荷電粒子が対を形成して層状にならぶ現象のこと。本研究では、イオン液体中の陽イオンと陰イオンが電界にそって移動する。

論文情報

掲載誌 : ACS Applied Nano Materials
論文タイトル : Fermi-Level-Controlled Semiconducting-Separated Carbon Nanotube Films for Flexible Terahertz Imagers
著者 : Daichi Suzuki, Yuki Ochiai, Yota Nakagawa, Yuki Kuwahara, Takeshi Saito, and Yukio Kawano
DOI : 10.1021/acsanm.8b00421 別窓

実験に関するお問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
未来産業技術研究所 准教授 河野行雄

E-mail : kawano@pe.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3811 / Fax : 03-5734-3811

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