生命理工学系 News
オートファジーを特異的に制御する薬剤開発に道
JST 戦略的創造研究推進事業において、北海道大学の野田展生教授(微生物化学研究所 特任研究員)、微生物化学研究所の丸山達朗上級研究員、モハメド・ジャハンギル・アラム博士研究員らは、東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの中戸川仁教授(ライフエンジニアリングコース 主担当)のグループと共同で、オートファゴソーム[用語1]を形作るのに必要な膜嵌入過程を試験管内で再構成することに初めて成功し、この過程がオートファジーにおいて中心的に働くたんぱく質Atg8とその脂質化反応を行う酵素群が担うことを明らかにしました。
オートファジーは、細胞内の有害あるいは不要なものを分解し再利用する仕組みの1つです。これまでにAtg8とその脂質化を担うE1、E2、E3酵素群がオートファジーにおいて中心的な役割を果たすことが分かっていましたが、オートファゴソーム形成、特にその形を作る過程に果たす役割はよく分かっていませんでした。
本研究グループは、脂質化したAtg8とE1-E2-E3酵素群が全てそろった時に膜が嵌入することを試験管内の実験で発見しました。このとき、これらたんぱく質は天然変性領域[用語2]を介して、膜上で柔軟な高次複合体を形成することを高速原子間力顕微鏡[用語3]および核磁気共鳴法[用語4]による解析で明らかにしました。さらにこれまで細胞内局在が不明であったE1酵素も、Atg8およびE2、E3酵素とともにオートファゴソーム形成中の膜に局在することを酵母の実験で確かめました。以上の結果から、これらたんぱく質は協力してオートファゴソームを形作る過程に働くことが分かりました。
本研究によりオートファゴソーム形成の新たな仕組みが明らかになり、今後、オートファジーを特異的に制御する薬剤の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2023年12月6日(英国時間)に英国科学誌「Nature Structural & Molecular Biology」のオンライン版で公開されました。
オートファジーは細胞内の主要な分解経路であり、有害なたんぱく質凝集体や傷ついたミトコンドリアなどの分解を通して、細胞の恒常性維持に働いています。そしてオートファジーの異常は神経変性疾患やがんなど、重篤な疾病を引き起こすことが知られています。したがって、オートファジーは、生体にとって極めて基本的かつ重要な現象であり、その仕組みを知ることは疾病の治療や予防法の開発のために欠かせません。
オートファジーでは、オートファゴソームと呼ばれる脂質膜の袋を新たに作り出し、分解対象を包み込んでリソソームへと運び、分解します(図1a)。オートファゴソームの新生はオートファジーにおける最も特徴的かつ基本的な過程であり、多くのAtgたんぱく質[用語5]が担っています。オートファゴソームは隔離膜と呼ばれる前駆体膜が内部へと膜嵌入を起こすことで形作られます。しかしこの成形過程がどのような仕組みで起きるのか、Atgたんぱく質がそれに対してどのような役割を担うのかは分かっていませんでした。
Atg8は、他のいくつかのAtgたんぱく質が触媒する脂質化反応によって、膜を構成するリン脂質の1つであるホスファチジルエタノールアミンと共有結合を形成し、隔離膜やオートファゴソームに局在します(図1b)。この脂質化反応はユビキチン化反応[用語6]に類似しており、E1酵素はAtg7、E2酵素はAtg3、E3酵素はAtg12-Atg5-Atg16複合体であることが知られています。Atg8の脂質化反応は試験管内において再構成することが可能であり、数多くの研究グループが脂質化Atg8の機能を試験管内で調べてきました。これまでに本研究グループは脂質化Atg8が膜摂動活性[用語7]をもっており、この活性はオートファゴソームを効率良く作るのに重要であることを示してきました。しかし、それ単体では膜嵌入を起こす活性は確認できず、オートファゴソームの成形過程に対する脂質化Atg8の役割は不明なままでした。このときの試験管内の再構成は部分的であったため、Atg8脂質化反応の構成要素を完全に再現したときに、どのような活性を示すのか検証する必要がありました。
オートファゴソーム前駆体である隔離膜は非球状であるため、本研究グループは隔離膜に形状が近い扁長(へんちょう)の巨大人工脂質膜を調製し、それに対しAtg8の脂質化反応を行い、膜の形態へ及ぼす影響を共焦点顕微鏡にて調べました。その結果、E1-E2-E3酵素群を全て含めた場合、脂質化Atg8の形成に伴って、扁長の脂質膜の一部が内部へと嵌入することを見出しました(図1c)。そこで脂質化反応中のE1-E2-E3酵素群の局在を調べた結果、まず脂質化Atg8とE2(Atg3)がほぼ同時に膜上に局在し、次いでE1(Atg7)、最後にE3(Atg12-Atg5-Atg16)が局在することが新たに分かりました。次に、この脂質化Atg8とE1-E2-E3酵素群の集合体を高速原子間力顕微鏡にて観察しました。その結果、脂質化Atg8とE1-E2-E3酵素群の集合体は、膜の表面を覆うように網目状の高次複合体(膜複合体と呼ぶ)を形成していることが明らかになりました(図2a)。膜複合体の網目構造は形を柔軟に変えており、構造的柔軟性が高いことも分かりました。
次に、脂質化Atg8とE1-E2-E3酵素群の柔軟な膜複合体がどのような相互作用を介して形成されるのかを、共焦点顕微鏡および核磁気共鳴法による解析にて調べました。その結果、E1とE2に含まれる天然変性領域を介してAtg8とE1-E2-E3酵素群が互いに弱く相互作用していること、E3酵素を構成するAtg16が脂質膜と相互作用していることが明らかになりました(図2b)。このような柔軟性の高い構造領域を介して複数の弱い相互作用を形成しているために、膜複合体は柔軟であると考えられます。
さらに、これまで明らかになっていなかったE1の酵母細胞内の局在を蛍光顕微鏡にて調べました。その結果、E1は隔離膜上のAtg8と共局在することが明らかになりました。これまでにE2とE3も隔離膜上のAtg8と共局在することが報告されていることから、細胞内においてもAtg8とE1-E2-E3酵素群が隔離膜上で膜複合体を形成していることが示唆されます。
以上の結果から、E1-E2-E3酵素群は脂質化Atg8を作る酵素として働くだけでなく、脂質化Atg8とともに網目状の柔軟な膜複合体を形成して、膜嵌入を引き起こすことが明らかになりました。この活性により、オートファゴソーム成形過程に必須な膜嵌入が促進され、オートファゴソーム形成が進むと考えられます。
本研究は、オートファゴソームの成形過程を試験管内で再構成することに初めて成功しました。細胞内では脂質化Atg8とE1-E2-E3酵素群に加えて多数の他のAtgたんぱく質もともに脂質膜に作用することで、オートファゴソームが完成します。脂質膜環境において全てのAtgたんぱく質群がどのように協調して働くのかを明らかにすることで、オートファゴソーム形成の全過程(図1a)の分子機構の理解につながることが期待されます。
オートファゴソーム形成はオートファジーの最も基本的かつ重要な過程であり、その理解を深めることは、オートファジーを人工的かつ高度に制御するためには不可欠です。本研究で確立した試験管内での活性測定系は、オートファジー制御化合物の活性評価に応用可能であり、オートファジーに関連したさまざまな疾病の治療や予防法の開発研究の促進にも寄与することが期待されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「細胞内現象の時空間ダイナミクス」
(研究総括:遠藤斗志也 京都産業大学 生命科学部 教授)
研究課題名:「多階層高次構造体群が駆動するオートファジーダイナミクス」(JPMJCR20E3)
研究代表者:野田展生(北海道大学 遺伝子病制御研究所 教授)
研究期間:令和2年12月~令和8年3月
CREST「細胞内現象の時空間ダイナミクス」領域では、超分子複合体からオルガネラ、非膜オルガネラに至る細胞内の高次構造体の微小空間でのダイナミクスを観察・計測し、その機能相関を解析することにより細胞の統合的理解を目指します。
上記研究課題では、細胞が自身の一部を分解して再利用する基本的な生命現象の1つであるオートファジーについて、その諸過程を必要最小限の因子を用いて試験管内で再現するとともに、高速原子間力顕微鏡、核磁気共鳴法、電子顕微鏡、蛍光イメージングなどの手法を駆使して、メカニズムの解明に取り組んでいます。
[用語1] オートファゴソーム : オートファジーが誘導されると、細胞質に新たに作り出される二重膜のオルガネラ。オートファゴソームが取り囲んだもの(さまざまなたんぱく質やミトコンドリアなど)は全て分解の場であるリソソーム(酵母の場合は液胞)へと輸送され、リソソーム内の分解酵素群の働きで分解される。
[用語2] 天然変性領域 : たんぱく質の構造中に存在し、定まった三次元構造を取らない、柔軟な領域のこと。他のたんぱく質や核酸との相互作用などを介して、さまざまな細胞プロセスに関与している。
[用語3] 高速原子間力顕微鏡 : 高速原子間力顕微鏡は、探針と試料の間に働く原子間力を元に分子の形状を可視化する顕微鏡であり、溶液中で動いているたんぱく質などの生体分子をナノメートルの空間分解能とサブ秒という時間分解能で観察することが可能である。
[用語4] 核磁気共鳴法 : 強い磁場中に置かれた原子核は、原子核の性質や周囲の環境に応じた周波数(共鳴周波数)の電磁波と相互作用する。核磁気共鳴法は、その電磁波を信号として捉えることで、たんぱく質などの物質の構造や性質の情報を非侵襲的に取得する分光法である。
[用語5] Atgたんぱく質 : 酵母で同定されたオートファジーに関与するたんぱく質群の名称で、これまでに40種類以上報告されている。Atgの後におおよそ同定された順に通し番号が付けられている。Atgたんぱく質群のうち、栄養飢餓時のオートファゴソーム形成に重要なものは19種類である。
[用語6] ユビキチン化反応 : ユビキチンと呼ばれる小さなたんぱく質が、活性化酵素(E1)、結合酵素(E2)、連結酵素(E3)の働きによって、標的たんぱく質に共有結合する反応のこと。たんぱく質の分解や輸送、細胞内のシグナル伝達などのさまざまな細胞プロセスに関与している。
[用語7] 膜摂動活性 : 脂質化されたAtg8が、2つの層からなる脂質膜の外側の層に自身の一部を埋め込むことで面積を広げ、内側の層との間に面積差を生じさせる活性のこと。十分な大きさと数のオートファゴソームを形成するために寄与している。
掲載誌 : | Nature Structural & Molecular Biology |
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論文タイトル : | Complete set of the Atg8-E1-E2-E3 conjugation machinery forms an interaction web that mediates membrane shaping (Atg8結合反応系は網目状の膜複合体を形成して膜を成形する) |
著者 : | Jahangir Md. Alam, Tatsuro Maruyama, Daisuke Noshiro, Chika Kakuta, Tetsuya Kotani, Hitoshi Nakatogawa, Nobuo Noda* (*corresponding author) |
DOI : | 10.1038/s41594-023-01132-2 |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター
教授 中戸川仁
E-mail hnakatogawa@bio.titech.ac.jp
Tel 045-924-5735 / Fax 045-924-5743