生命理工学系 News
生命理工学系にはライフサイエンスとテクノロジーに関連した様々な研究室があり、基礎科学と工学分野の研究のみならず、医学や薬学、農学等、幅広い分野で最先端の研究が活発に展開されています。 研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介。今回は、1分子光化学の研究により、1分子分析・診断法の開発に取り組んでいる、川井研究室です。
生命理工学コース
教授 川井 清彦
キーワード | 生物有機化学、光化学、1分子分析 |
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WEBサイト | 川井研究室 |
光を吸収し光を放つ蛍光分子は情報を読み分けるツールとして、病理臨床検査、遺伝子診断、生体イメージング、そして分子生物学の基礎研究など、様々な分野で使われています。私たちは、分子を1つ1つ見た時にはじめて気付くような分子の光り方、輝き方に注目すれば、1分子を区別してはっきりと見つけられるだろうと考えました。そこで、1分子レベル特有の現象、蛍光の点滅=blinkingに注目して研究をしています。
blinkingは1つの分子に注目し、その分子に光を繰り返しあてて何度も発光させることにより観測されます。良く使われている良く光る蛍光分子は、普通は光を吸収して得たエネルギーをまた光として発してもとに戻ります。でも、何らかの反応が起こって分子の状態が変わると、しばらく光ることが出来なくなることがあります。多くの分子がいる場合、光ることができない分子の存在は気付いてもらえませんが、1つの分子に注目すると見えてきます。分子に光をあてて、分子が光ってまたもとにもどる。このサイクルが繰り返されている時がblinkingの<ON状態>です。分子が化学反応により、光をあてても光ることができなくなっている時がblinkingの<OFF状態>になります。ON状態、OFF状態が繰り返されることにより蛍光の点滅として観測されます。
消えている状態=OFF状態が、1)可逆的に生じること。すなわち、またもとの光ることができる状態に戻れることが大事です。でないと消えたままになってしまいます。 また、OFF状態が、2)しばらくの間存在できること、が必要です。1つの分子を何度も光らせますが、次の光子が来る前に、またもとの光ることができる状態に戻ってしまっていたら、たとえOFF状態ができていても私たちはそれに気付くことはできません。しばらくの間と言っても、OFF状態でいる時間が1マイクロ秒より長ければblinkingを観測できます。
点滅頻度はOFF状態になる頻度によって決まります。頻度高くOFF状態へとなる分子は、ON状態の時間が短くなります。光反応でOFF状態ができる場合、レーザー強度を上げると、ON状態の時間が短くなります。 消えている時間の長さ=OFF timeはOFF状態でいる時間の長さです。OFF状態で長く存在する分子は、OFF timeが長くなります。我々は、レーザー強度や励起光率に影響を受けない、OFF time測定に基づく分析・診断法に注目しています。
1.なんと言っても1分子レベルで見つけられるところです。極微量のサンプルを用いた分析・診断、究極的なゴールとして1分子からの情報読み出しを目指しています。
2.私がblinkingを好きなのは、いろいろな速度を調べることができるからです。しかも、マイクロ秒(10-6 秒)の、時間分解能で!OFF状態が電荷分離状態の場合、OFF timeが電荷分離寿命になり、その逆数が電荷再結合速度になります。通常このような現象をマイクロ秒の時間分解能で調べるためには過渡吸収測定が用いられ、多くのサンプルが必要となります(> 1 μM 200 μL)。blinkingは0.1 nM 20 μL程度、実に10万分の1の量で測れます。
blinkingを、制御・活用することによって、1分子レベル分析・診断法
Kinetic Analysis based on the Control of the fluorescence Blinking: KACB法
を開発し、いろいろな生命化学現象を明らかにしていくことを目指して研究をしています。
二つの蛍光分子間で起こる、一重項-一重項のエネルギー移動=FRETは、幅広く使われています。一方、エネルギー移動は三重項-三重項=TTETでも進行します。FRETは、比較的長距離(~100 Å)でも起こるのに対し、TTETは分子間衝突が必要となります。このため、TTETを観測することにより、ある2地点が衝突する速度を求めることができます。光による分子の分解を防ぐことが知られている「1,4,5,8-cyclooctatetraene(COT)」を、安定化剤、兼、三重項エネルギーアクセプターとして用いることにより、TTET速度の1分子測定に成功しました。動きを調べたい、例えば生体分子に蛍光分子とCOTを結合することにより、蛍光分子とCOTを衝突させるような生体分子の運動速度を求めることができます。
DNAをうまく設計すると、DNA内電荷分離過程を蛍光の点滅としてみることができます。プラス電荷(ホール)がDNA内を移動する速度は配列によって変わるので、点滅を見れば配列情報がわかります。脳腫瘍の診断に用いられる、IDH1と言う遺伝子のR132Hと言う点変異を、病理切片上でmRNA 1分子から診断することに成功しました。
還元剤(犠牲酸化剤)存在下で励起三重項状態をラジカルアニオンOFF状態へと変換し、かさ高い金属錯体の酸化剤FeDTPAとの電子移動反応により、もとの光るON状態へと戻します。蛍光分子と、還元剤、酸化剤がぶつかることにより、反応が起こります。蛍光分子が溶液に突き出しているほど速く反応が起こるため、蛍光分子の置かれた環境をblinkingにより読み出すことができます。核酸のヘアピン構造と二本鎖構造を読み分けることにより、DNAの1分子検出に成功しました。また、抗原-抗体相互作用の1分子観察を達成しました。
蛍光分子Cy3はトランス体で発光しますが、シス体では発光しません。私たちは、Cy3の分子の大きさがDNAの三本鎖構造の断面図と同程度であることに注目し、Cy3をDNAのいろいろな構造に導入して見ました。三本鎖構造において、異性化速度が遅くなり、ON/OFF timeが長くなることを見出しました。ここで、アデニンにアミノ基を導入して、Hoogsteen結合を安定化すると、ON/OFF timeがさらに長くなり、Cy3を用いて、3本鎖構造の有無だけでなく、その剛直性=どれくらいゆらいでいるのか、に関して調べられるのでは!と提案しました。
Shuya Fan, Tadao Takada, Atsushi Maruyama, Mamoru Fujitsuka, Kiyohiko Kawai*
Programmed Control of Fluorescence Blinking Patterns Based on Electron Transfer in DNA
Chem. Eur. J.DOI:10.1002/chem.202203552
Shuya Fan, Tadao Takada, Atsushi Maruyama, Mamoru Fujitsuka, Kiyohiko Kawai*
Large Heterogeneity Observed in Single Molecule Measurements of Intramolecular Electron Transfer Rates through DNA
Bull. Chem. Soc. J.95, 1697-1702 (2022)
Shuya Fan, Jie Xu, Yasuko Osakada, Katsunori Hashimoto, Kazuya Takayama, Atsushi Natsume, Masaki Hirano, Atsushi Maruyama, Mamoru Fujitsuka, Kumi Kawai*, Kiyohiko Kawai*
Electron-Transfer Kinetics through Nucleic Acids Untangled by Single-Molecular Fluorescence Blinking
Chem 8, 3109-3119 (2022)
病理医の姉 川井 久美 教授 との共同研究です 記事 English (movie)
Kiyohiko Kawai*, Mamoru Fujitsuka
Single-Molecule Fluorescence Kinetic Sandwich Assay Using a DNA Sequencer
Chem. Lett. 51, 139-141 (2022)
川井 清彦, 丸山 厚, 藤塚 守
蛍光分子を一つひとつ見ると ― 蛍光の点滅パターンから情報を読む ―
化学(化学同人)2022年10月号, 68-69.
Jie Xu, Shuya Fan, Lei Xu, Atsushi Maruyama, Mamoru Fujitsuka, Kiyohiko Kawai*
Control of Triplet Blinking Using Cyclooctatetraene to Access the Dynamics of Biomolecules at the Single‐Molecule Level
Angew. Chem. Int. Ed. 60, 12941-12948 (2021)プレスリリースEnglish
Kiyohiko Kawai*, Mamoru Fujitsuka, Atsushi Maruyama
Single-Molecule Study of Redox Reaction Kinetics by Observing Fluorescence Blinking,
Acc. Chem. Res. 60, 12941-12948 (2021)
1994年 | 京都大学工学部合成化学科 卒業 |
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1999年 | 京都大学工学研究科後期博士課程 修了 博士(工学)を取得 |
1999年-2005年 | 大阪大学産業科学研究所 助手 |
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2005年-2022年 | 大阪大学産業科学研究所 助教授、准教授 |
2023年- | 現職 |
この間 | |
2006年 | カナダSimon Frasor University 客員助教授 |
2013年-2017年 | さきがけ研究者(兼任)分子技術領域 |
2017年-2018年 | ベルギーKU-Leuven/imec 客員教授 |
2002年 | 日本光医学・光生物学会奨励賞 |
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2008年 | 光化学協会奨励賞 |
2011年 | ISNAC Outstanding Oral Presentation Award in 2011 |
2021年 | 光化学協会賞 |
日本化学会、光化学協会、日本核酸化学会、日本光医学・光生物学会
合成から測定、解析までを一貫して行なえる人材育成を目指しています。とはいえ、何を面白いと思い、何をしんどいと思うのかは人によって違いますので、個々の興味を深く追求する形で一緒に研究を進められたらと思います。2023年1月にスタートした新しい研究室です。1つ1つ器具や試薬を買い揃えたり、研究室ルールを作ったりしながらのスタートになります。研究室の立ち上げを経験した初期メンバーはその後活躍する人が多いです、きっと皆さんの大切な財産となります。一緒に研究室の立ち上げに参加してくれる学生さんを募集しています!
お問い合わせ先
川井 清彦 教授
B2棟 1131号室(2023年3月末までは821号室)
E-mail : kawai.k@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5821
※この内容は掲載日時点の情報です。最新の研究内容については研究室サイトをご覧ください。