生命理工学系 News
生命理工学系にはライフサイエンスとテクノロジーに関連した様々な研究室があり、基礎科学と工学分野の研究のみならず、医学や薬学、農学等、幅広い分野で最先端の研究が活発に展開されています。研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介。今回は、多くの生物学的イベントを司る根幹機構「エピジェネティクス」について、植物と分裂酵母を材料に基礎と応用の両面から研究を展開する、藤泰子研究室です。
生命理工学コース
准教授 藤 泰子
キーワード | エピジェネティクス、植物、ゲノミクス、合成生物学 |
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WEBサイト | 藤研究室 |
多細胞生物の一個体内の細胞は、基本的に同じDNA配列を持ちます。細胞に固有の形質を発現させるためには、細胞毎に特有の遺伝子を使いわける必要があり、それを可能にするのが「エピジェネティクス」です。エピジェネティクスとは、DNAやヒストンタンパク質に化学修飾を施して、DNA配列の変化を伴わずに遺伝子の活性状態を規定する仕組みです(図1)。その制御の中核は多くの真核生物に保存され、生殖、発生、環境応答など様々なプロセスにおいて重要な役割を果たします。
多くの生物のゲノムDNAには、生命機能に必要な遺伝子だけでなく、転移因子やウィルスなどの潜在的に有害な配列も多量に含まれます。そのため生物は、これらをきちんと見分け、それぞれに適したエピジェネティック修飾を施して、その発現を制御します。この制御機構に異常や破綻が生じれば、発生異常や癌などの疾患を誘発します。それだけ重要であるにもかかわらず、生物がゲノム内の遺伝子と有害配列をどのように見分けるのか? いつ、どの細胞で見分けるのか?外から新しく有害配列が侵入した場合はどうなる?など、今だに多くの謎が未解決のまま残されています。
私たち藤研究室では、多くの生物学的イベントを司る根幹機構「エピジェネティクス」について、植物や分裂酵母(図2)を実験材料に用いて、基礎と応用の両面から、精力的に研究を展開しています(図3)。特に、生物がエピジェネティック修飾を介して遺伝子や有害配列を適切に制御する仕組みや、そうした修飾がどのように次世代へと遺伝するのか、環境変動がエピゲノムパターンに与える影響などを解明しようとしています。加えて、こうした基礎研究の成果を軸として、人為的エピゲノム編集技術の開発にも挑戦しています。得られた新技術を、モデル生物だけでなく作物や動物細胞にも応用展開し、SDGs達成や医療技術開発にも貢献していくことを目指しています。
Crosstalk among pathways to generate DNA methylome. To TK#, Kakutani T*. Current Opinion in Plant Biology, 2022, 68, 102248.
To TK*#, Yamasaki C, Oda S, Tominaga S, Kobayashi A, Tarutani Y, Kakutani T*. Local and global crosstalk among heterochromatin marks drives DNA methylome patterning in Arabidopsis. Nature Communications 2022, 13: 861.
To TK*#, Nishizawa Yª, Inagaki Sª, Tarutani Yª, Tominaga S, Toyoda A, Fujiyama A, Berger F, Kakutani T*. RNA interference-independent reprogramming of DNA methylation in Arabidopsis. Nature Plants, 2020, 6: 1455–1467.
Kim JM#, To TK#, Matsui A, Tanoi K, Kobayashi NI, Matsuda F, Habu Y, Ogawa D, Sakamoto T, Matsunaga S, Bashir K, Rasheed S, Ando M, Takeda H, Kawaura K, Kusano M, Fukushima A, Endo TA, Kuromori T, Ishida J, Morosawa T, Tanaka M, Torii C, Takebayashi Y, Sakakibara H, Ogihara Y, Saito K, Shinozaki K, Devoto A, Seki M. Acetate-mediated novel survival strategy against drought in plants. Nature Plants, 2017, 3: 17097.
To TK#, Saze H#, Kakutani T. DNA methylation within transcribed regions. Plant Physiology, 2015, 168: 1219-1225.
Ito T#, Tarutani Y#, To TK#, Kassam M, Duvernois-Berthet E, Cortijo S, Takashima K, Saze H, Toyoda A, Fujiyama A, Colot V, Kakutani T. Genome-wide negative feedback drives transgenerational DNA methylation dynamics in Arabidopsis. PLoS Genetics, 2015, 11: e1005154.
To TK*#, Kim JM. Epigenetic regulation of gene responsiveness in Arabidopsis. Frontiers in Plant Science, 2014, 4: 548.
金 鍾明, 関 原明, 藤 泰子. 酢酸を介した植物の乾燥応答とプライミング効果 酢酸を使って乾燥に耐える植物の生存戦略. 化学と生物, 2018, 56(2): 67-69.
* 責任著者, # 筆頭著者
2001年 | 東京大学理学部 卒業 |
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2011年 | 東京大学理学系研究科 博士課程 修了 博士(理学)を取得 |
2003年-2005年 | カリフォルニア大学ロサンゼルス校 Staff Research Associate |
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2011年-2015年 | 国立遺伝学研究所 研究員 |
2015年-2023年 | 東京大学理学系研究科生物科学専攻 助教 |
2023年 | 現職 |
2010年 | 理化学研究所リトリート ポスター賞受賞 |
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2022年 | 日本遺伝学会 奨励賞受賞 |
2022年 | 日本遺伝学会 best papers(BP)賞受賞 |
エピジェネティクスは真核生物に共通し、生命現象の根幹を司る仕組みです。変異体を種として保存でき、動物では致死性変異でも生存可能な例が多い植物は、当該分野をリードしてきました。実際に他生物研究者との交流も盛んです。分子生物学、生化学、遺伝学などに加え、ゲノミクス(情報解析)も学べます。技術進歩により解析手法が簡便化した今、研究の良し悪しはアイデア勝負です。なぜ?どうして?を深く追究し、現象から真理を探究する楽しさを是非味わってください。また植物は、食糧、エネルギー、環境問題などSDGs解決に欠かせません。エピジェネティクスを応用した人為的遺伝子操作技術の創出にも挑んでおり、物を作り出す楽しさも体験できます。基礎も応用も、ウェットもドライも。欲張りな方、考えることが好きな方を歓迎します!
※この内容は掲載日時点の情報です。最新の研究内容については研究室サイトをご覧ください。