生命理工学系 News

【研究室紹介】野々村研究室

  • RSS

2022.06.06

  生命理工学系にはライフサイエンスとテクノロジーに関連した様々な研究室があり、基礎科学と工学分野の研究のみならず、医学や薬学、農学等、幅広い分野で最先端の研究が活発に展開されています。研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介。今回は、生体組織におけるメカノセンシングの役割をPIEZOメカノセンサーチャネルに着目して研究を進めている野々村恵子研究室です。

生命理工学コース
准教授 野々村 恵子別窓

キーワード メカノセンシング、PIEZOチャネル、脳神経科学、感覚神経、呼吸、リンパ管
WEBサイト 野々村研究室Outer

研究紹介

生体組織は「力を感じて」機能する

  皆さんの体を構成する器官や組織にはそれぞれに特徴的な「動き」や「硬さ」があります。例えば、心臓は拍動し、この力より血液は全身を循環します。また硬い組織としては骨があり、柔らかい組織としては脳が挙げられます。近年の研究により、体を構成する細胞は機械的な要素をモニターし、遺伝子発現や細胞形態などを変化させることが明らかにされてきました。これらはメカノセンシングとメカノレスポンスと呼ばれます。野々村研究室では生体組織の機能発現においてメカノセンシングが果たす役割を解明するために、細胞膜の張力変化に応じて開口するメカノセンサーチャネルであるPIEZOに着目し、PIEZO遺伝子改変マウスの解析や培養細胞や組織に対する機械的な要素を操作した際の応答の解析を行なっています。

野々村研が着目する生体組織とメカノセンサーチャネルPIEZO

図1.野々村研が着目する生体組織とメカノセンサーチャネルPIEZO

  例えば携帯電話がバイブレーションし、あなたがそれを「感じる」とき、あなたの皮膚の下に存在するメカノセンシングを担う感覚神経が皮膚の変形を検出しその情報を脳に伝えています。また上皮組織は多数の細胞同士の接着により作られていますが、そこに傷が生じたときには、その際の上皮組織内の張力などの機械的な要素の変化を細胞が検出し、損傷修復のため細胞移動や増殖が駆動されることが近年の研究により明らかにされてきました。それでは細胞はこれらの機械的な要素をどのようなメカニズムにより検出するのでしょうか? 分子生物学的手法を用いた解析により、これまでに細胞間の接着、細胞と基底膜成分との接着に寄与するタンパク質や細胞骨格を構成するタンパク質などが機械的な力に応じて細胞内化学シグナルを発する分子として同定されてきました。また、細胞膜上にも機械的な力を検出するチャネルが存在することが知られていましたが、分子実体は長らく不明でした。2010年にこのようなメカノセンサーチャネルとしてPIEZOが、スクリプス研究所のパタプティアン研究室から報告されました。PIEZOチャネルは扇風機の羽、あるいはプロペラのような形をしたタンパク質です。大きな羽の部分を介して細胞膜上に存在しており、細胞膜の張力が上昇すると中心の孔が開口し、カチオンが通過します。哺乳類にはPIEZO1とPIEZO2の2種類があり、それぞれ発現している細胞の種類が異なります。感覚神経の一部にはPIEZO2が高発現しており、このPIEZO2が皮膚触覚を担うメカノセンサータンパク質であることが、PIEZO2欠損マウスの解析やPIEZO2に機能欠損変異を持つヒトの患者さんの解析から明らかにされました。皮膚触覚の分子機構は人類を惹きつけてきた長年の謎の一つであり、PIEZOの発見によりこの解明を進めたパタプティアン博士には2021年にノーベル生理学・医学賞を授与されました。

呼吸パターンの調節におけるPIEZO2の寄与について

図2.呼吸パターンの調節におけるPIEZO2の寄与について

  野々村研究グループではこのようなユニークな機能と構造を持つPIEZOチャネルに着目し、生体内の組織や臓器におけるメカノセンシングの役割を解明してきました。例えば、PIEZO2を発現する感覚神経が肺にも投射しており、これにより吸気の際の肺の体積増加を検出し、吸気による肺の体積の過度な増加を防ぐことを明らかにしました。また、哺乳類の新生児は生まれた直後から呼吸を開始し、空気中の酸素を自発的に取り込み始める必要がありますが、PIEZO2はこのような新生児の正常な呼吸パターンにも必要であることがわかりました。

PIEZO1はリンパ管の弁形成に必要である

図3.PIEZO1はリンパ管の弁形成に必要である

  PIEZOは感覚神経以外の細胞においても発現しています。老廃物を含む体液の移動の経路であるリンパ管ではPIEZO1が発現しており、これがリンパ液の逆流を防ぐ構造である弁の形成に必要であることも野々村研究グループの解析により明らかになりました。これらの研究に加え、野々村研究室では、脳を構成する細胞におけるメカノセンシングの役割についても国内の複数の研究グループと連携し精力的に研究しています。

研究成果

  • 論文・総説
  1. 1.Mochida Y, Ochiai K, Nagase T, Nonomura K, Akimoto Y, Fukuhara H, Sakai T, Matsumura G, Yamaguchi Y, Nagase M. Piezo2 expression and its alteration by mechanical forces in mouse mesangial cells and renin-producing cells. Sci Rep. 2022 Mar 10;12(1):4197.
  2. 2.Nonomura K, Hirata H. Cell mechanosensing underlies homeostasis of multicellular systems. Biophys Physicobiol. 2020 Aug 28;17:100-102.
  3. 3.Matsumoto Y, Yamaguchi Y, Hamachi M, Nonomura K, Muramatsu Y, Yoshida H, Miura M. Apoptosis is involved in maintaining the character of the midbrain and the diencephalon roof plate after neural tube closure. Dev Biol. 2020 Dec 1;468(1-2):101-109.
  4. 4.Nonomura K*, Lukacs V, Sweet DT, Goddard LM, Kanie A, Whitwam T, Ranade SS, Fujimori T, Kahn ML, Patapoutian A*. Mechanically activated ion channel PIEZO1 is required for lymphatic valve formation. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 Dec 11;115(50):12817-12822. *Corresponding authors.
  5. 5.Xu J, Mathur J, Vessières E, Hammack S, Nonomura K, Favre J, Grimaud L, Petrus M, Francisco A, Li J, Lee V, Xiang FL, Mainquist JK, Cahalan SM, Orth AP, Walker JR, Ma S, Lukacs V, Bordone L, Bandell M, Laffitte B, Xu Y, Chien S, Henrion D, Patapoutian A. GPR68 Senses Flow and Is Essential for Vascular Physiology. Cell. 2018 Apr 19;173(3):762-775.e16.
  6. 6.Nonomura K, Woo SH, Chang RB, Gillich A, Qiu Z, Francisco AG, Ranade SS, Liberles SD, Patapoutian A. Piezo2 senses airway stretch and mediates lung inflation-induced apnoea. Nature. 2017 Jan 12;541(7636):176-181.
  7. 7.Nonomura K, Yamaguchi Y, Hamachi M, Koike M, Uchiyama Y, Nakazato K,Mochizuki A, Sakaue-Sawano A, Miyawaki A, Yoshida H, Kuida K, Miura M. Local apoptosis modulates early mammalian brain development through the elimination of morphogen-producing cells. Dev Cell. 2013 Dec 23;27(6):621-34.
  8. 8.Yamaguchi Y, Shinotsuka N, Nonomura K, Takemoto K, Kuida K, Yosida H, Miura M. Live imaging of apoptosis in a novel transgenic mouse highlights its role in neural tube closure. J Cell Biol. 2011 Dec 12;195(6):1047-60.
  9. 9.Yoshida A, Yamaguchi Y, Nonomura K, Kawakami K, Takahashi Y, Miura M. Simultaneous expression of different transgenes in neurons and glia by combining in utero electroporation with the Tol2 transposon-mediated gene transfer system. Genes Cells. 2010 May;15(5):501-12.
  • プレスリリース
  1. 1.メカノセンサーチャネルPIEZO1がリンパ管の弁の形成に必要であることを発見, https://www.nibb.ac.jp/press/2018/11/27.html 別窓, 自然科学研究機構基礎生物学研究所 日本医療研究開発機構 広報, 2018年11月27日
  2. 2.TSRI Study: Protein Monitors Lung Volume and Regulates Breathing, https://www.scripps.edu/newsandviews/e_20170109/patapoutian.html Outer, The Scripps Research Institute, News & Views, 2017年1月9日
  3. 3.脳を正確に形作る仕組み -スケジュールされた細胞死による司令塔細胞の除去-, https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/p01_251224.html Outer, 東京大学本部広報課, 2013年12月24日
  • 主な和文総説および著書
  1. 1.野々村恵子 「PIEZOの発見物語 皮膚触覚のミステリーを解いたPIEZOチャネルの発見」学術変革領域研究B プレッシオ脳神経科学の創生:閉鎖空間における圧縮刺激を介した脳機能の発現原理 ウェブサイト, 特設ページ 研究代表による2021年ノーベル医学・生理学賞解説, 2021年, https://pressio-neurobrain.org/2021/10/16/post-2/  Outer
  2. 2.野々村恵子 「リンパ管の弁形成におけるメカノセンサーチャネルPIEZO1の寄与」日本リンパ学会機関誌リンパ学, 第43巻2号, 2021年12月15日発行
  3. 3.野々村恵子 「5-16 がん細胞」動物学の百科事典 日本動物学会編, 2019年9月
  4. 4.野々村恵子 「呼吸パターンはメカノセンサータンパク質Piezo2により調節される」実験医学 35(8) 1346-1348, 2017年5月
  5. 5.野々村恵子 「カチオンチャネルPiezo2は肺の体積のセンサーとして呼吸を制御する」ライフサイエンス新着論文レビュー, 2017年1月24日, https://first.lifesciencedb.jp/15101  Outer
  6. 6.野々村恵子, 山口良文, 三浦正幸 「局所において起こるアポトーシスはモルフォゲンを産生する細胞の除去を介し哺乳類の発生の初期における脳の形成を制御する」ライフサイエンス新着論文レビュー, 2014年1月20日, https://first.lifesciencedb.jp/8229  Outer
  7. 7.野々村恵子, 山口良文, 三浦正幸 「アポトーシス1 細胞社会におけるアポトーシス制御とがん」がんの分子標的治療 150-155, 南山堂, 2008年9月

教員紹介

  • 学歴
2007年3月 東京大学 薬学部 卒業
2009年3月 東京大学薬学系研究科 修士課程 修了
2012年3月 東京大学薬学系研究科 博士課程 修了 (薬学博士)
  • 職歴
2009年-2012年 日本学術振興会特別研究員 (DC1)
2012年-2013年 東京大学薬学系研究科 特任研究員
2013年-2016年 スクリプス研究所 Research Associate
2017年-2021年 自然科学研究機構 基礎生物学研究所 助教
2022年- 東京工業大学生命理工学院 准教授
  • 受賞
2017年 第3回血管生物医学会若手研究会 最優秀賞受賞
2015年 第20回日本Cell Death学会学術集会優秀演題賞受賞
2014年 第43回日本発生生物学会大会最優秀演題賞
  • 所属学会

日本発生生物学会

学生へのメッセージ

  メカノバイオロジー研究はこの25年ほどの間に急速に注目を集めている研究分野です。トップジャーナルには次々と新たな研究成果が報告されており、生体組織におけるメカノセンシングの役割が今まさに明らかにされつつあります。一方で、新しい研究分野ですので、教科書などでの記載はまだ少ないかと思います。まだ人類が知らない生体組織の精巧な仕組みを、研究を通じて明らかにする、そのワクワクを一緒に経験しませんか?

お問い合わせ先

野々村 恵子 准教授 

すずかけ台キャンパスB1B2棟735号室

E-mail : nonomura.kei@bio.titech.ac.jp

※この内容は掲載日時点の情報です。最新の研究内容については研究室サイト別窓をご覧ください。

  • RSS

ページのトップへ

CLOSE

※ 東工大の教育に関連するWebサイトの構成です。

CLOSE