生命理工学系 News
シンポジウムとワークショップからなるオンラインイベントに学内外から200人以上が参加
「人々が望む未来社会とは何か」を、社会の方々と語り合いながらデザインしていく――。東京工業大学の未来社会DESIGN機構(以下、DLab)は、2018年の発足以来、その目的の実現に向け、多面的な活動を続けています。
3月5~6日、昨年に引き続きDLabの1年間の活動成果を伝えるイベントを開催しました。この「DLab Dialog Days(ディーラボ・ダイアログ・デイズ)2022―未来社会のRe-DESIGN(リデザイン)―」は、2021年4月からの活動成果を伝えるシンポジウムと、学内外の幅広い参加者が共に未来を考えるワークショップからなる2日間のオンラインイベントです。学内外より延べ約200人以上が参加した同イベントの全容を紹介します。(※参加者の所属・職名はイベント開催当時のものです。)
イベント初日にあたる3月5日のシンポジウムは、DLab機構長を務める東工大の佐藤勲総括理事・副学長(企画担当)による「人々が望む"ありたい未来"を、対話を通して考えていく」というDLabのスタンスを語った開会のあいさつから始まりました。
最初のセッションでは、DLab副機構長の大竹尚登教授(科学技術創成研究院 副研究院長)が登壇し、未来社会のあり方の検討から研究活動支援、大学の授業への展開まで多岐にわたるDLabの活動内容や、学内外のさまざまなメンバーが共に未来を描く活動体制などについて説明しました。
これまでの活動の主要な成果として、"ありたい未来"の姿を描いた「未来シナリオ」を年代ごとに整理した「東京工業大学未来年表(東工大未来年表)」や、DLabの提示する「未来社会像」の1つであり、失敗を前向きに受け止められる仕組みづくりで"challenge"の概念を変える「TRANSCHALLENGE(トランスチャレンジ)社会」の概要も紹介しました。
学生が企業の協力を得ながら描いた未来社会像を発表
DLabでは未来社会を考えるにあたり、「社会・次世代への働きかけと意識改革」を、「研究・学術の進化・深化」と並ぶ重要な柱としています。前者の取り組みの1つが東工大における「未来社会デザイン入門」の授業で、「2050年に自身が『暮らしたい未来社会像』を明らかにする」をテーマに、学士課程の学生がグループで未来社会像を作成します。このセッションでは、授業で作成された未来社会像のプレゼンテーションが行われました。
2021年度からはこの「未来社会デザイン入門」の授業に、DLabの活動に賛同する企業や団体からなる組織「DLabパートナーズ」のメンバーも参加し、企業の立場からのプレゼンテーションや学生との対話に協力しています。そこで学生による発表に先立ち、DLabメンバーの新田元上席URA(研究・産学連携本部 研究戦略部門長)によって、この「DLabパートナーズ」の2021年度の活動が紹介されました。
優秀作品として選ばれた未来社会像
授業の担当教員でもあるDLabメンバーの柳瀬博一教授(リベラルアーツ研究教育院)が授業の概要を説明し、学生3チームが、授業内で優秀作として選ばれた下記の未来社会像を発表しました。
各チームの発表後には、授業を担当したDLabメンバーの中野民夫教授(リベラルアーツ研究教育院)、治部れんげ准教授(リベラルアーツ研究教育院)も加わり、内容に対しての質問や講評を行いました。
また、全チームが発表を終えると、「DLabパートナーズ」の会員企業から旭化成株式会社、JSR株式会社、日本電気株式会社、マツダ株式会社の代表者も参加し、授業の様子や発表内容などについて学生たちと話をするパネルトークが実施されました。企業側からは「技術を考える際は、つい、どう活用するかといったメリットに意識が向きがちだが、同時に起こりうるリスクも併せて検討している点が参考になった」などがありました。
このプログラムでは、DLabが提示した未来社会像の実現や、そのために必要となる新学術分野の創出につながる研究を支援する「DLab Challenge:未来社会DESIGN機構研究奨励金」の紹介と、2021年度に支援対象となった研究テーマ4点の研究代表者によるプレゼンテーションが行われました。
プレゼンテーション
各プレゼンテーションの後には、コメンテーターとして登壇したDLabメンバーの倉持隆雄氏(科学技術振興機構研究開発戦略センター 副センター長)、杢野純子氏(株式会社トレイル 副代表)、上田紀行教授(リベラルアーツ研究教育院長)が研究のポイントや現状の研究の成果について質問しながら内容を掘り下げ、参加者から出された質問に対する研究者の回答も行われました。
未来シナリオの実現につながる研究を動画で紹介
イベント初日の最後のセッションでは、DLabが描いた未来シナリオや未来社会像の実現に必要な科学技術について、東工大の研究者が対話や研究紹介を通して語る新たな動画シリーズ「DLab Future Techscapers」の紹介と、企画担当者や動画出演者によるトークが展開されました。
最初に東工大広報課の尾崎有美グループ長が登壇し、企画の概要や、「"Technology(技術)"と"Landscape(景観、様相)"を組み合わせることで、技術を通して広く社会を見通していく」という思いを表現したシリーズ名の由来やシリーズ内における下記の3カテゴリを紹介しました。
動画シリーズ「DLab Future Techscapers」の3カテゴリ
同時に、現在YouTubeで公開されている各動画のハイライトを抜粋した特別動画も放映されました。その後、佐藤機構長と柳瀬教授、企画の発案者である岩附信行副学長(国際広報担当)が、動画の内容などについて語り合うパネルトークに移行し、「東工大で進められている、未来シナリオに関連した研究を広く世に伝えたい」という企画開始の経緯を紹介しました。
未来放談の第1回「持続社会のエネルギー開発」に関しては、「個々の技術論が中心になりながらも、政治、地政学、経済といった点も意識して、エネルギーを創る、運ぶ、貯める、使うというシステムが大切だという共通認識が得られた」などの意見が述べられました。第2回「人生100年生きるとどうなるか」については「生命科学、宗教、ジェンダーや家族、心身のケアという幅広い分野の専門家が集まり、文系・理系を超えた総合的な視点からの話し合いが行えた」などの意見が寄せられました。そして参加者との質疑応答の後、柳瀬教授による「テクノロジーの中には、未来を予言する種が含まれている。東工大の研究を広く発信することで、より早く、より良い未来を具現化する力としたい」というまとめを経てセッションが終了しました。
こうして100人以上が参加した初日のシンポジウムは、桑田薫副学長(研究企画担当)の閉会のあいさつで幕を閉じました。あいさつでは同日の各セッションの振り返りの後、「"未来社会の種"―学生の描く未来社会像」で中野教授が語った「『未来をこうしたい』と一人一人が想像し続ける営みが、少しずつ未来を形作っていく」という言葉や、未来イメージの共有が重要という参加者からの指摘を引きながら、「今後も社会とともに活動を進めていきたい」という決意が示されました。
「DLab Dialog Days 2022」は、1日目のシンポジウムでDLabメンバーが東工大Taki Plazaに集まってソーシャルディスタンスに配慮しながらパネルトークを行うなど、コロナ禍を踏まえながらも昨年と比較してライブ感を重視した形式で行われました。また、セッションごとに参加者との質疑応答が設けられるなどインタラクションもさらに強化され、DLabが基本姿勢の1つとし、イベントのタイトルにもなっている「Dialog=対話」の要素がいっそう高まりました。
一般から多数の参加者とグループワークなどを通して未来について考える
2日目の開会のあいさつでは、東工大の益一哉学長が登壇し、作家のジュール・ヴェルヌの「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」という言葉を挙げて未来創造における想像力の大切さを強調し、このイベントが参加者にとって有意義なものとなってほしいとメッセージを送りました。
続いて大竹副機構長より、2020年1月に発表されたDLabの「東工大未来年表」で、2040年に実現すると予測されている、シナリオ08番「おうち完結生活」がコロナ禍によって図らずも2020年に現実のものとなってしまったことを挙げながら、テーマ「未来社会のRe-DESIGN」の意味、「状況に即して未来をデザインし直すこと」について語りました。
オリエンテーションでは、この日のファシリテーションを担当するDLabメンバーの中野教授、伊藤亜紗教授(科学技術創成研究院 未来の人類研究センター長)、鈴木悠太准教授(リベラルアーツ研究教育院)が登場し、中野教授が同日のプログラムを説明しました。伊藤教授と鈴木准教授により、物事は思い通りに進まないからこそ「Re-DESIGN」という「再設計」が必要になるというこのワークショップの取り組みに関するトークが行われました。
社会に大きな変化をもたらしたコロナウイルスについて理解を深める
最初のキーノートスピーチは、社会を大きく変える原因となったコロナウイルスへの理解を深めるもので、のちに予定されているワークに取り組む参加者にとって、有益なものとなりました。DLabメンバーの山口雄輝教授(生命理工学院 生命理工学系)が、ウイルスやワクチンの性質や仕組みについて、専門家の立場から、ウイルス全般の性質や由来、人類史に大きな影響を及ぼした感染症の歴史などに始まり、コロナウイルスの性質にまで至りました。
続くワクチンの話題では、成分や仕組みの解説に加え、日本で接種に用いられているmRNAワクチンの利点として、デザインが容易で短期間で大量に製造できること、体内に残りにくいことなどが説明されました。
終盤では2002年のSARS、2012年のMERS、そしてこのたびのCOVID-19と、10年弱の間隔で新たな種類のコロナウイルス禍が来ていることを踏まえ、遠くない将来に"次"が出現することを覚悟すべきという指摘もされました。その一方で、この度のコロナ禍では危機的な状況のなか、従来にないスピードで病理の解明が進み、これまで最短でも開発に4年はかかっていたワクチンが1年未満で開発されるという生命医科学研究の著しい進展ぶりも紹介されました。
スピーチの後には鈴木准教授との対話も行われ、今後について「状況を完全に予測するのは難しいものの、ワクチンや内服薬の開発・承認などにより、新型コロナウイルスに対抗する武器が増えるなかで、本年内をめどに広い意味で何とか管理できる状況を迎えるのではないか」という見通しが示されました。
『WIRED』日本版の編集長から未来社会の考え方について学ぶ
2つ目のキーノートスピーチでは、「闘うオプティミズム」を掲げ、テクノロジーによって私たち自身の未来がどう変わるかを約30年にわたって考え続けてきたメディア『WIRED』日本版編集長 松島倫明氏が、未来を想像・創造するリテラシー「FUTURES LITERACY(フューチャーズ・リテラシー)」について深く掘り下げました。
松島氏は「過去が現在に影響を与えるように、未来が現在に影響を与える」という哲学者フリードリヒ・ニーチェの言葉を引いて、未来をどう捉えるかが自分たちの今のあり方にも影響を与えると指摘しました。さらに「予測できない変化が続く現代に生きる私達が、1つの大きな未来像を描くのは難しくても、一人一人が考えながら複数形の未来=FUTURESを描いてみることは可能ではないか」と意見を述べました。
また私たちが未来を考える際の傾向として、人間は過去に目を向けながら未来を考えるということにも触れました。これは、ともすれば未来を悲観的に見ることにつながりますが、松島氏は敢えて「未来から振り返って今を見る」バックキャストによる考え方を提案しました。22世紀に歴史の教科書が振り返って今を表現した場合、「プレ・パンデミックの時代には、インターネットはほとんど使われていなかった」という表現になるのではないかと語りました。
さらに、大きな時間軸で未来から今を見ることで、未来によって現在や過去が繰り返し書き換えられる「再生・再生成=re-generation」が行われていることを指摘し、この後のグループワークを楽しみにしているという言葉でスピーチを締めくくりました。
その後、伊藤教授との対話が行われ、「一人一人の個人が自分の思う未来の姿を描いていくには、それぞれが技術を自分の手の中に持って使いこなすことが大切だが、現代は技術が大規模IT企業に独占されているイメージがあるのではないか」という伊藤教授の指摘に対し、松島氏がWebの世界では既に個人の手にそうした技術を取り戻す動きが起きている例を挙げ、DLabのような組織やメディアがそれに併走していくことが大切と応じる場面もありました。
グループでの対話を通して未来社会を考える
スピーチが終わると、各参加者が4人ほどのグループに分かれて行うワークに入りました。ファシリテーター役の中野教授が対話のポイントとして、年齢や立場にかかわらず、お互いに遠慮せず率直に意見を出し合うことや、ブレインストーミングの4原則とされる「批判厳禁」「量より質」「自由奔放」「連結歓迎」、そして楽しむことを挙げました。その後、Zoomの「ブレイクアウトルーム」機能を利用して、グループでの討論が始まりました。
ワークは大きく3段階に分かれており、最初のステップでは「コロナ禍でできなくなったこと・失ったもの」について話し合いました。参加者は簡単な自己紹介の後、「旅行に出られなくなった」「目的を定めない外出や会合がしにくくなった」など事実に基づく互いの体験を共有し、そうした変化で失われたものについて、「新しいことや人との偶然の出会いが減った」など、意味合いを掘り下げていきました。
第2ステップのテーマ「コロナ禍だからこそできたこと・得たもの」について、グループの組み替えが行われ、新しいメンバーとの対話では、「リモート会合が一般的になり、友人のネットワークが全国各地に広がった」「合理的でない慣習や手続きを改める促進剤になった」「自分にとって本当に大切なものを考える契機となった」などの声が挙がりました。
最後は、この日の対話を通して確認したことを「未来世代への手紙」として1枚程度の文章にまとめる個人ワークです。数十年後の友人、後輩、子孫に宛て、考え方・捉え方を見つめ直すことへの気づきや未来への想いが綴られました。コロナ禍という未曾有の経験をした今、私たちは「良き先祖」として、未来の世代に何を伝えられるのか。小グループでの手紙のシェアと全体での感想の共有を経てワーク全体が終了しました。
今後も複数形の“ありたい未来”のデザインを進める
この日のワークショップにも、企業代表者、高校生など、学内外から100人以上が参加し、2日間にわたるイベントへの延べ参加人数は海外からの方も含めて200人を超えました。また、両日の参加者からは「マイナスばかりと思っていたコロナ禍の中でもプラスの側面が見えてきた」「未来像を描くことが、よりよい未来を実現する第一歩となることが改めて実感できた」といった声が寄せられました。
2日間のイベントのフィナーレとなる2日目の閉会のあいさつでは、佐藤機構長が参加者への感謝を述べ、「DLabが目指す未来デザインは、まさに松島編集長もお話しされた"複数形の未来"の未来デザインであり、一人一人が"ありたい未来"の姿を紡ぎ、その実現にどんな科学技術が必要かをバックキャストで考え、つくり出していくもの」と語り、改めて今後の活動への協力を呼びかけました。
"複数形の未来"を紡いでいくには、多様な視点からの意見が欠かせません。DLabではこれからも、こうした参加型のイベントや「DLabパートナーズ」など学外との連携を行いながら、"ありたい未来"のデザインと実現に向けた活動を進めていきます。
社会とともに「ちがう未来」を描く
科学・技術の発展などから予測可能な未来とはちがう「人々が望む未来社会とは何か」を、社会と一緒になって考えデザインする組織です。