生命理工学系 News

藻類に窒素をより多く取り込ませる新しい機構を発見

低窒素環境での食糧増産にも期待

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2022.03.15

要点

  • 窒素の取り込みを活性化する転写因子であるMYB1の働きが、窒素が豊富にある環境では抑制されてしまうメカニズムを解明。
  • このメカニズムを応用し、窒素が豊富に存在する環境でも、窒素を取り込む遺伝子群の発現を高いまま維持する藻類の作出にも成功。
  • 藻類バイオマス生産の低コスト化やさらなる食糧増産などへの貢献に期待。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の周柏峰大学院生、科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の田中寛教授(ライフエンジニアリングコース主担当)、今村壮輔特定教授(兼 日本電信電話株式会社(NTT) 宇宙環境エネルギー研究所 特別研究員)(ライフエンジニアリングコース主担当)の研究グループは、東北大学大学院 医学系研究科の島弘季助手、五十嵐和彦教授と共同で、植物の成長に欠かせない窒素の取り込みを活性化する転写因子[用語1]であるMYB1[用語2]の機能が、窒素が充分に存在する環境では抑制されてしまうメカニズムを、植物の原型と言える藻類[用語3]を用いて解明した。

研究グループでは、全長のMYB1を持つ株と、MYB1の一部を欠損させた複数の株の比較対照によって、MYB1が自身の内部に持っている機能を抑制する部位を特定。また、機能抑制部位と結合するタンパク質の探索を行い、抑制のメカニズムを明らかにした。さらに、このメカニズムの応用によって、窒素が豊富に存在する環境であっても、窒素を取り込む遺伝子群の発現を高いまま維持する藻類の作出に成功した。

窒素は、藻類のみならず植物全般の成長を決定づける栄養素であるため、窒素を効率的に多く取り込ませることは、植物の成長促進および作物生産において有効な手段であると考えられている。

今回解明された窒素取り込み活性化のメカニズムを藻類や作物などに応用することで、藻類バイオマス生産の低コスト化や、低窒素環境での食糧増産などへの貢献が期待される。

本成果は3月11日、スイスの科学雑誌「フロンティアズ イン プラント サイエンス(Frontiers in Plant Science)」オンライン版に掲載された。

背景

生体を構成するアミノ酸や核酸の主要な構成元素である窒素は、植物の成長、つまり収量を決定づける栄養素である。植物はこの窒素を、主にアンモニアや硝酸塩といった無機的な窒素源から取り込んでおり、窒素が不足すると植物の成長は著しく阻害される。そのため、窒素肥料は作物の肥料の主要成分となっている。

一方、過剰な窒素肥料の散布は、河川・地下水の富栄養化や、温暖化ガス発生などの環境問題も引き起こしている。1960年代に始まった「緑の革命」によって改良された多収量品種においても、収量の増大が可能となった反面、窒素の取り込み効率が低く、栽培にあたって多くの窒素肥料を必要とするため環境汚染が問題となってきた。

こうした問題を解決する1つの方策は、植物における窒素の取り込み能力を高めることである。その目的で従来から多くの研究が進められてきたが、植物における窒素の取り込みはその制御の仕組みや解析系が極めて複雑であり、現在も不明な点が多く残されている。

本研究では、植物の起源である藻類を用いて、このメカニズムの解明を行おうと考えた。藻類はさまざまな仕組みや解析系が植物に比べて単純であるため、複雑な植物の仕組みを理解するための良い材料であると考えられている。この藻類もほかの植物と同様、利用可能な窒素源の量が低下すると、不足分を補うために窒素を多く取り込もうとする調節機能を発動させる。そうした取り込みの調節機能の1つが、アンモニアや硝酸態窒素などの無機的な窒素源に含まれる窒素を細胞内に取り込む一群の遺伝子発現量の向上である。

今村特定教授の研究グループは、これまで単細胞紅藻Cyanidioschyzon merolae(通称:シゾン[用語4])を用いた研究において、周辺環境における窒素が低下した際、窒素を取り込む一群の遺伝子発現量を向上させる転写因子MYB1を特定していた。しかし、窒素栄養素が十分にある際、なぜこのMYB1の機能が抑制されているかについては長らく謎であった(図1)ため、解明に向け本研究を実施した。

図1 転写因子MYB1による、窒素欠乏条件における遺伝子発現調整

図1. 転写因子MYB1による、窒素欠乏条件における遺伝子発現調整

     利用可能な窒素源が欠乏すると、MYB1が窒素の吸収を促す窒素栄養遺伝子群の発現を誘導する。しかし、窒素が充足している条件で、MYB1による遺伝子発現の誘導が抑制されるメカニズムは不明であった。

研究の手法と成果

1. MYB1内における、機能抑制を引き起こす領域の特定

同研究グループは、窒素充足条件におけるMYB1の機能抑制が、MYB1自身のタンパク質によるものであると考えた。

そこで、まずMYB1のどの部位によって機能抑制が引き起こされているかを確認すべく、MYB1のタンパク質をC末端[用語5]から徐々に削除していった複数の株と、欠損のない全長のMYB1株を用意し(図2)、窒素を取り込む一群の遺伝子発現量の増減を観察した。

図2 MYB1部分欠損株シリーズの模式図 窒素充足条件において、MYB1の機能を抑える領域を特定するために、MYB1のC末端(図右側)から徐々にタンパク質を削る領域を増やした複数のMYB1株を用意し、窒素を取り組む一群の遺伝子量の増減を観察した(DNA結合領域欠損株は、解析の正確性を確かめるための対照の目的として使用)。本研究で特定されたNDは赤色で示した領域である。

図2. MYB1部分欠損株シリーズの模式図

     窒素充足条件において、MYB1の機能を抑える領域を特定するために、MYB1のC末端(図右側)から徐々にタンパク質を削る領域を増やした複数のMYB1株を用意し、窒素を取り組む一群の遺伝子量の増減を観察した(DNA結合領域欠損株は、解析の正確性を確かめるための対照の目的として使用)。本研究で特定されたNDは赤色で示した領域である。

その結果、MYB1のND(negative domain)と名付けられた領域を配列から取り除いた株において、窒素欠乏条件下で初めて誘導される硝酸取り込み遺伝子群の発現が、窒素充足条件下であるにもかかわらず観察された(図3。なお、図中では硝酸取り込み遺伝子群の代表として硝酸輸送体NRTを示している)。

図3 各株における硝酸取り込み遺伝子群としての硝酸輸送体遺伝子(NRT)の蓄積量

図3. 各株における硝酸取り込み遺伝子群としての硝酸輸送体遺伝子(NRT)の蓄積量

     図2で示した各株を窒素充足条件で生育させ、MYB1が機能した結果として表れる硝酸輸送体遺伝子(NRT)の細胞内における蓄積量を観察したところ、+311からC末端を欠損させた株(左端)においてのみ、NRTの遺伝子発現が観察された。この結果より、MYB1の+311から+380に、窒素充足条件でのMYB1の機能を抑制するND領域(図2参照)が存在することが明らかになった。

2. MYB1内で機能抑制を引き起こす、ND領域による調節メカニズムの解明

次に、ND領域による調節メカニズムの詳細を明らかにするため、NDに結合するタンパク質の探索を行った結果、機能未知のタンパク質である「NDB1」("ND Binding protein 1"より命名)が、NDと特異的に結合することが明らかになった。

このNDに結合するタンパク質「NDB1」を破壊した細胞は、NDを欠損した細胞と同様に、窒素が豊富にある条件下においても、硝酸取り込み遺伝子群の発現が上昇した。

これらNDあるいはNDB1を欠損した細胞中において、MYB1は転写反応が行われる核内に多く存在すること、また、硝酸取り込み遺伝子群の転写調節領域へのMYB1の結合が顕著に向上していることが観察された。

このことから、NDとNDB1は、窒素が十分にある条件において、MYB1の機能(=窒素の取り込みを促進)を抑えていることが明らかになった(図4)。

図4 シゾンにおいて解明された窒素充足条件下におけるMYB1機能の抑制機構

図4. シゾンにおいて解明された窒素充足条件下におけるMYB1機能の抑制機構

     窒素が十分に存在する条件下の野生株においては、MYB1のND領域とNDドメインに結合するNDB1によって、MYB1は主に細胞質に留められて遺伝子群の存在する核内に入ることができず、硝酸取り込み遺伝子群の発現誘導は行われない。ところが窒素が十分存在する条件においても、ND領域欠損株もしくはNDB1欠損株では、MYB1に対する抑制効果が解除されるため、硝酸取り込み遺伝子群の発現が誘導される。

今後の展開

本研究において実現された、窒素の取り込みを制御する転写因子の機能を抑制する調節因子の特定とそれによるメカニズムの解明は、藻類・植物では世界初の例である。MYB1と同じタイプの転写因子は、陸上植物においても、窒素が欠乏することで窒素の取り込みを調節することが示されている。よって、今回シゾンを用いて発見された制御メカニズムを陸上植物、特に穀物などに適用することでその収量向上へとつながると考えられる。

一方、NDB1は藻類およびコケなどに相同タンパク質が見出される。近年、再生可能エネルギーの1つとして、藻類を用いたバイオ燃料生産が注目を集めている。その生産の際、藻類の培養には植物同様、多くの窒素栄養素が必要であり生産コストを引き上げる1つの要因になっている。バイオ燃料を生産する藻類において、NDB1相同タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、より効率的に窒素を取り組むことができれば、バイオ燃料コストの削減につながると考えられる。このように、今回の成果は、藻類を用いた有用バイオマス生産や食糧増産に向けた基盤技術となることが期待される。

  • 付記

この研究は、大隅基礎科学創成財団、岩谷直治記念財団、武田科学振興財団、日本科学協会からの各研究助成金の支援を受けて実施した。

  • 用語説明

[用語1] 転写因子 : 転写調節因子。遺伝子の転写を制御するタンパク質群で、DNAがもつ遺伝情報をRNAへと写し取る(転写)反応を調節する働きを持つ。具体的には、DNAの配列を鋳型としてメッセンジャーRNAを合成する転写酵素である「RNAポリメラーゼ」を転写開始点に配置する役割を担う。現在、2,000種以上が確認されている。

[用語2] MYB1 : 哺乳類、植物、昆虫、真菌などに広く存在するMYB型と呼ばれる転写因子の1つ。シゾンにおいて、窒素欠乏時に窒素の取り込みを活性化する転写因子として2009年に発見された。

[用語3] 藻類 : 酸素発生型光合成を行う生物のうち、地上に生息するコケ植物、シダ植物、種子植物を除いたものの総称。緑藻類や紅藻類などがある。

[用語4] シゾン : 学名はCyanidioschyzon merolae(通称シゾン)。イタリアの温泉で見つかった単細胞性の紅藻(スサビノリ、テングサの仲間)。真核生物として初めて100%の核ゲノムが決定されるなど、モデル藻類、モデル光合成真核生物として用いられている。

[用語5] C末端 : タンパク質を構成するアミノ酸は、必ずアミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)を持っており、あるアミノ酸分子のアミノ基と別のアミノ酸分子のカルボキシル基が脱水結合することで連結する。そのとき、アミノ基と結合せずに残っている端のカルボキシル基のことをC末端、またはカルボキシル末端という。

  • 論文情報
掲載誌 : Frontiers in Plant Science
論文タイトル : CmNDB1 and a specific domain of CmMYB1 negatively regulates CmMYB1-dependent transcription of nitrate assimilation genes under nitrogen-repleted condition in a unicellular red alga
著者 : Baifeng Zhou, Hiroki Shima, Kazuhiko Igarashi, Kan Tanaka, Sousuke Imamura
DOI :

10.3389/fpls.2022.821947別窓

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