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藻類バイオマスを徹底的に活用する技術を確立
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の山口渉助教と科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の今村壮輔准教授(ライフエンジニアリングコース主担当)らは、藻類からオイルを抽出した残渣に含まれる糖質成分から化学品原料(レブリン酸メチル[用語1]及び乳酸メチル[用語2])を合成する新たな化学変換プロセスを開発した。
トリフルオロメタンスルホン酸スズ(II)あるいは臭化スズ(IV)という2種類の均一系スズ触媒[用語3]を用いると、一段階かつ高収率の化学変換により、藻類のオイル抽出残渣からレブリン酸メチル及び乳酸メチルを合成できることを見出して実現した。この成果により、石油資源の代替になる藻類の利用価値が飛躍的に向上することになる。
石油資源の枯渇が懸念される現在、藻類の細胞内からバイオオイルを抽出してジェット燃料やバイオディーゼルへ応用する試みが注目されている。一方、藻類からバイオオイルを抽出した残渣には、デンプンを主とした糖質成分が含まれているにもかかわらず、これまで、その有効な利活用法が存在しなかった。
本研究成果は4月12日に英国科学誌ネイチャーの姉妹誌「サイエンティフィック・レポート(Scientific Reports)」オンライン版に掲載された。
藻類の細胞内に蓄積するバイオオイルを燃料源として利用する試みが近年、注目されている。藻類からオイルを抽出した残渣には、デンプンを主成分とした多様な糖質成分が含まれている。今回は藻類バイオマス[用語4]の有効利用法の確立に向けて、藻類由来の糖質成分から有用化学品原料(レブリン酸メチル及び乳酸メチル)を選択的に合成することを目的とした。
有用化学品原料のうちレブリン酸メチルは燃料添加剤に利用されているほか、さまざまな化合物に展開することで医薬品、化粧品、プラスチックなどの化学品の合成に使われる。乳酸メチルはバイオプラスチックの一つであるポリ乳酸(PLA)の原料として利用されている。
2種類の均一系スズ触媒を使い分けることにより、目的とする化合物を一段階かつ高収率で取り出すことができる新たな化学変換プロセスを開発することに成功した。
近年、石油資源の代替エネルギー源として「藻類バイオマス」が注目を浴びている。藻類の中には光合成の副産物として細胞内にオイルを蓄積する種類が存在する。藻類は単位時間・単位面積当たりのオイル生産性がトウモロコシの約800倍、パームの約23倍に及び、炭水化物の生産性がほかのバイオマス資源と比較して、極めて高い。
また、耕地として適さない土地および水域を利用して培養できるため、食糧生産と競合しない。こうした利点から、藻類が生産するバイオオイルを石油の代替として利用するための研究が盛んに行われている。
藻類の細胞内からオイルを抽出して燃料への利用が行われている。一方、藻類からバイオオイルを抽出した残渣を利活用するための有効な技術は確立されていなかった。藻類の細胞内にはオイルだけではなく、デンプンなどの糖質成分も多く含まれている。したがって、残渣に含まれている糖質成分を有用化合物へと変換することができれば、石油の代替資源としての藻類の利用価値を飛躍的に向上させることができると考えた。
今回は均一系触媒による高選択的な化学変換を達成した。しかし、今後、本技術を実用化する上で、不均一系触媒への展開は必要不可欠である。また、藻類内で生産される糖質の生合成(生体内での有機物の合成)に関する詳しい分子機構を明らかにし、それらの情報を基にして、バイオマス生産性を向上させた藻類株の育種を試みる。これらの研究開発により、藻類バイオマスを炭素資源とした、有用化学品生産の実用化に向けて大きく前進することが期待される。
用語説明
[用語1] レブリン酸メチル : 工業的には燃料添加剤として利用されている。 出発物質として種々の有用化合物へと展開することで医薬品、化粧品、プラスチックなど様々な化学品の合成にも用いられている。
[用語2] 乳酸メチル : バイオプラスチック(バイオマスを原料とするプラスチック)の一つであるポリ乳酸(PLA)の原料として利用されている。PLAは植物由来のプラスチックであり、石油由来のABS樹脂の代替として利用が推進されている。
[用語3] 触媒 : ある特定の化学反応の反応速度を進める物質のこと。固体、気体、液体のいずれの形態でもよく、作用中、自身は変化し続けるが、消費・再生を繰り返し、反応の前後で正味の増減はない。均一系触媒とは相(液相、固相、気相)が同じ場合で、不均一系触媒は相が異なる場合である。生成物との分離回収や耐久性の観点から、工業的には不均一系触媒の使用が多い。
[用語4] バイオマス : 生物由来の炭素資源を指す言葉である。生物により固定された二酸化炭素は生物体内に貯蔵され、再利用される。これがバイオマスとして再度エネルギー源として利用されるとき、化石資源と同様に二酸化炭素が放出されることとなる。しかし、放出された二酸化炭素はどこかでまた生物体内に取り込まれるため、二酸化炭素の収支はゼロである(カーボンニュートラル)。二酸化炭素-バイオマス-エネルギー生産-二酸化炭素という循環の規模が大きくなれば、社会は循環型社会へと近づくことができる。
研究サポート
この研究は、JST・CREST「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」の支援を受けて実施した。
論文情報
掲載誌 : | Scientific Reports |
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論文タイトル : | Development of New Carbon Resources: Production of Important Chemicals from Algal Residue |
著者 : | Sho Yamaguchi, Yuuki Kawada, Hidetaka Yuge, Kan Tanaka, Sousuke Imamura |
DOI : | 10.1038/s41598-017-00979-y |
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
助教 山口渉
E-mail : yamaguchi.s.ag@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5417 / Fax : 045-924-5441
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
准教授 今村壮輔
E-mail : simamura@res.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5859