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北尾研究室 ―研究室紹介 #56―

コンピュータで原子解像度の生命現象を観る

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2018.09.10

生命理工学系にはライフサイエンスとテクノロジーに関連した様々な研究室があり、基礎科学と工学分野の研究のみならず、医学や薬学、農学等、幅広い分野で最先端の研究が活発に展開されています。

研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介。今回は、生体分子が機能を発揮する仕組みを分子シミュレーションを用いて研究する、北尾研究室です。

教授 北尾彰朗

生命理工学コース
教授 北尾彰朗別窓

キーワード 生物物理、生体分子、分子シミュレーション
Webサイト 北尾研究室別窓

研究紹介

コンピュータで原子解像度の生命現象を観る

生命現象は様々な実験手段によって観察されます。観察する解像度を上げて分子レベルで生命現象を理解しようとすると、分子の位置・構造などの時間変化を原子レベルで観察する必要が生じます。我々の研究室では、実験では直接観察することが難しい、時々刻々と変化する生命現象を最先端のコンピュータシミュレーションで観察し、どのように生体機能が発揮・制御されるのか、生物を作り上げている分子や原子のレベルから明らかにしています。

生体分子が機能を発揮する仕組みを明らかにする

分子シミュレーションを用いることで、生体分子が働く過程を原子レベルで観察することができます。例えば、代表的な分子シミュレーションである分子動力学 (Molecular Dynamics, MD)法は,原子の集合体としてモデル化された分子システムの振る舞いを,運動方程式を逐次的に解いていくことによって明らかにするもので、原子単位で分子の形や働きがどのように時間変化していくかを調べることができます。

このような研究の一例を挙げます。生物の持つモータータンパク質は、細胞内外のイオン濃度の差という化学エネルギーを利用して、モーターの回転力を高効率に生み出すことができます。細菌のべん毛モーターはその代表的なものの1つですが、多種類・多数のタンパク質で複雑に構成されており、複数のイオンをエネルギー源として利用できるものもあることから、複数の燃料を利用できる「多燃料エンジン」であるといえます。我々の分子動力学を使った研究で、べん毛モーターがイオンを透過する仕組みや、重要なアミノ酸を変えることで利用できるイオンの種類が変わるという多燃料エンジンとしてのべん毛のモーターの性質の一端が初めて明らかになりました。

シミュレーションをより正確に効率的に行う方法を開発する

最新のコンピュータを駆使してシミュレーションを行うことで、これまで観えなかった生命現象が原子解像度で明らかになります。そのために新しいコンピュータに適した、より優れた計算法を開発しています。特にポスト「京」コンピュータなど、膨大な数の計算ユニットを持った計算機を駆使して高精度で効率的な超並列計算を行うことが現在の大きな課題です。

この課題を解決する計算法として、我々は構造変化の経路を効率的に探索するParallel Cascade Selection Molecular Dynamics(PaCS-MD)を開発しました。PaCS-MDでは並列に多数の独立なMD計算を実行し、得られたトラジェクトリから初期構造を選択してまた新たなMDを開始します。これを繰り返して効率的に立体構造空間を効率的にサンプリングすることができます。この方法が効率的である理由は、次のサイクルの初期構造としてまれなゆらぎを用いることによって、本来起こりにくい現象が起こる確率を格段に上昇させていることにあります。PaCS-MD法は、通常のシミュレーション時間では観察することが難しい大きな変化や複数の分子の離合集散を定量的に観察することを可能にしました。

生体分子が離合集散する仕組みを明らかにする

生体内では、様々な分子が出会って複合体を形成し、化学反応やシグナル伝達などの様々な機能を発揮します。また複合体が解消することで次の反応が起こります。このような過程の詳細はまだほとんどわかっていません。我々は大規模なシミュレーションなどによって生体分子が離合集散する仕組みを明らかにしています。このような方法を用いることで、タンパク質とタンパク質、タンパク質と他の分子が形成する複合体構造を予測することや結合の影響を調べることもできるので、より効果の高い薬の開発などの創薬研究にも応用可能です。PaCS-MDによって分子が離合集散する過程を定量的に観察することが可能になり、結合の強さや速度定数などを予測できるようになりました。

分子シミュレーションの将来

コンピュータと計算法の改良はこれからも進んでいくと考えられます。近い将来、実験をする前に様々な定量的な予測が分子シミュレーションによって可能になる時代が来るのではないかと考えています。

研究成果

英語論文

http://www.researcherid.com/rid/B-8371-2008

日本語解説

  • [1] 竹村和弘、北尾彰朗 (2017) エネルギー表示法を用いた蛋白質複合体ドッキングモデルの結合性評価、SAR News, 32: 19-25.
  • [2] 末次志郎、高橋重成、伊藤弓弦、竹村和弘、嶋田睦、北尾彰朗、森泰生 (2015) TRVP4イオンチャネルのアンキリンリピートドメインとPI(4,5)P2の相互作用による新たな制御機構、生物物理、55: 262-264.
  • [3] 原田隆平、北尾彰朗 (2014) タンパク質の柔らかな運動を誘起する分子シミュレーション、生物物理54: 167-171.
  • [4] 西原泰孝、原田隆平、北尾彰朗 (2014) カスケード型超並列シミュレーションによるタンパク質構造遷移のパスウェイ探索、統計数理62: 273-284.
  • [5] 城地保昌、北尾彰朗 (2013) 分子シミュレーションによるタンパク質ダイナミクスとテラヘルツ分光、化学工業, 2013年11月号: 7-11.
  • [6] 北尾彰朗、城地保昌 (2013) 7章 理論 7.1分子動力学シミュレーションの基礎、揺らぎ・ダイナミクスと生体機能 物理化学的視点から見た生体分子 寺嶋正秀編 103-116 化学同人.
  • [7] 北尾彰朗、「計算力学(バイオ)」の項 (2012) シミュレーション辞典(出版委員長 大石進一),コロナ社.
  • [8] 北尾彰朗、今田勝巳、 難波啓一 (2008) 細菌べん毛繊維は分子間相互作用とフラストレーションを利用して超らせん構造の変化を制御する、生物物理, 48: 011-017.
  • [9] 城地保昌、北尾彰朗 (2006) 分子シミュレーションと中性子散乱による蛋白質ダイナミクスの研究、分子シミュレーション研究会会誌「アンサンブル」, 8: 44-47.
  • [10] 北尾彰朗、Fadel A. Samatey、松波秀行、今田勝巳、難波啓一、生体超分子のユニバーサルジョイント―in silico で探る細菌べん毛フックのメカニズム(2005) 蛋白質核酸酵素, 50: 1335-1340.
  • [11] 今田勝巳、Fadel A. Samatey、松波秀行、長島重広、北尾彰朗、米倉功治、眞木さおり、難波啓一、べん毛による細菌の泳ぎ方と方向転換の分子機構 (2005) 蛋白質核酸酵素, 50: 1328-1334.
  • [12] 北尾彰朗 (2002) 化学フロンティア『生体系のコンピュータシミュレーション』(岡本祐幸・岡崎進編)12章 蛋白質のダイナミクス、140-148 化学同人.
  • [13] 北尾彰朗、分子シミュレーションと中性子散乱による蛋白質のダイナミクス研究 (2002) 日本中性子科学会学会誌「波紋」, 12: 80-84.
  • [14] 北尾彰朗、主成分分析を使って眺めた蛋白質のエネルギー地形 (2001) 統計数理49: 43-56.
  • [15] 杉田有治、北尾彰朗、理論計算から変性状態の構造を探る(2000) 生物物理, 40: 368-373.
  • [16] 北尾彰朗、実験と理論から機能に関わるタンパク質のダイナミクスを観る(2000) 生物物理, 40: 167-172.
  • [17] 北尾彰朗、3-2分子シミュレーションによるダイナミクスの観察 (1997) シリーズニューバイオフィジックス1「蛋白質のかたちと物性」, 177-189 共立出版.
  • [18] 北尾彰朗、郷 信広、中性子散乱による蛋白質分子のダイナミックス (1993) 日本中性子科学会学会誌「波紋」, 3: 22-25.
  • [19] 北尾彰朗、蛋白質・水系の階層的ダイナミクス (1993) 物性物理 60: 239-268.

教員紹介

北尾彰朗 教授 博士(理学)

1989年 京都大学 理学部 卒業
1993年 京都大学 理研究科 博士後期課程 中退
1994 博士(理学)を取得
1993 - 2002年 京都大学理学研究科 助手
2002 - 2003年 日本原子力研究所 計算科学技術推進センター 研究員
2003 - 2007年 東京大学分子細胞生物学研究所 助教授
2007 - 2017年 東京大学分子細胞生物学研究所 准教授
2017年より 東京工業大学大学院生命理工学院 教授
所属学会
日本生物物理学会、日本物理学会、日本化学会、日本蛋白質科学会、分子シミュレーション研究会、溶液化学研究会、American Chemical Society、Biophysical Society

教員からのメッセージ

北尾彰朗教授より

研究の醍醐味のひとつは、人類未解明の事象を世界で初めて明らかにすることです。これは即ち、誰も知らない答えを自力で見つけ出すことに他なりません。大変困難な道のりとなりますが、様々な知識や技術を駆使して一つの課題を成し遂げた時、大きな喜びが得られるでしょう。皆さんは今ひとりの大人として、人生の中の様々な問いに自分なりの答えを探し出し、責任を持って自らの道を切り開く必要に迫られています。研究を通して未解決の課題に取り組み、何かを成し遂げることで、時代の荒波の中で己の人生を操舵していける知力と自信を養ってください。

お問い合わせ先

教授 北尾彰朗
大岡山キャンパス
緑が丘6号館 201C
E-mail : akitao@bio.titech.ac.jp

※この内容は掲載日時点の情報です。最新の研究内容については研究室サイト別窓をご覧ください。

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