【研究室紹介】 松田研究室
酵素を有機合成の触媒をして利用して環境問題を解決
生命理工学系にはライフサイエンスとテクノロジーに関連した様々な研究室があり、基礎科学と工学分野の研究のみならず、医学や薬学、農学等、幅広い分野で最先端の研究が活発に展開されています。
研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介。今回は、酵素を触媒として、二酸化炭素や酸素(空気)を反応物として有効利用する、環境に優しい有機合成反応を開発している、松田研究室です。
キーワード |
グリーンケミストリー、酵素工学、有機合成化学 |
Webサイト |
松田研究室 |
研究紹介
酵素を触媒として、二酸化炭素や酸素(空気)を反応物として有効利用する有機合成反応の開発を行っています。開発した反応により、医薬品や農薬などの生活に欠かせない有用物質の合成を効率良く行うことができます。私たちの研究により、未来の地球環境を守りつつ、持続的に化学工業を発展させたいと思っています。
アルコール脱水素酵素、リパーゼ、脱炭酸酵素など、良く知られた酵素を触媒とする反応の研究を行っています。しかし、同じ種類の酵素でも性質が異なるものがあり、私が発見した酵素は、非常に頑丈であり、人工的に非天然条件下で使用しやすいものです。有機合成反応の触媒は、一般的には金属化合物を用いる場合が多いのですが、以下のような理由により、私は酵素を用いています。
- 1.天然からの贈り物である酵素は、自然界で長年に渡り進化し続けてきたため精巧である。
- 2.微生物の培養により、酵素は、多量に永遠に、作れる。
- 3.用いる試薬や反応が、安全である。
例えば、リパーゼを用いる反応では、再生可能な溶媒の中での反応を行い、医薬品材料となる光学活性体を合成しています。例えば、“生物由来の溶媒”に二酸化炭素を溶かし込み体積を膨張させて得られる“CO2を溶かした生物由来の溶媒”を用いる反応をしています。水中や、“生物由来の溶媒”のみの中では進行しない反応を、CO2を溶かし込むことにより進行させることができました(図1)。“CO2を溶かした生物由来の溶媒”中での酵素反応による有機合成の研究は、全く報告例がなく、反応の効率化に成功したことは、世界初の例であります。現在の化学工業では、枯渇が心配される化石資源由来の有機溶媒が多量に利用されていますが、本研究では、CO2と生物由来の溶媒を利用することに成功しました。
図1. "CO2を溶かした生物由来の溶媒"中での酵素反応
また、私たちが見出したGeotrichum candidumアルコール脱水素酵素による反応は、非常に立体選択性(右手左手の関係にある化合物のどちらかを選択的に合成する能力)が高いことを見出しました(図2)。立体選択的な反応が非常に難しいとされている反応物を用いても、高い立体選択性を出すことに成功しました。さらに、酵素の1つのアミノ酸残基を他のものに変異させるだけで、逆の立体構造を持つ生成物を作ることができました。なぜ、立体選択性が、それほどまで高いのかを、酵素の立体構造を解析して調べています。
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図2. Geotrichum candidum由来の還元酵素による嵩高いケトンの高立体選択的な不斉還元反応
研究成果
1. 二酸化炭素を利用する酵素反応による有用物質の有機合成
- [1] CO2-expanded bio-based liquids as novel solvents for enantioselective biocatalysis, H. N. Hoang, Y. Nagashima, S. Mori, H. Kagechika, T. Matsuda, Tetrahedron 2017, 73, 2984-2989.
- [2] Expanding substrate scope of lipase-catalyzed transesterification by the utilization of liquid carbon dioxide, H. N. Hoang, T. Matsuda, Tetrahedron 2016, 72, 7229-7234.
- [3] High-efficiency and minimum-waste continuous kinetic resolution of racemic alcohols by using lipase in supercritical carbon dioxide, T. Matsuda, K. Watanabe, T. Harada, K. Nakamura, Y. Arita, Y. Misumi, S. Ichikawa, T. Ikariya, Chem. Commun. 2004, 2286-2287.
- [4] Biocatalytic reduction of ketones by a semi-continuous flow process using supercritical carbon dioxide, T. Matsuda, K. Watanabe, T. Kamitanaka, T. Harada, K. Nakamura, Chem. Commun. 2003, 1198-1199.
- [5] Conversion of pyrrole to pyrrole-2-carboxylate by cells of B. megaterium in supercritical CO2, T. Matsuda, Y. Ohashi, T. Harada, R. Yanagihara, T. Nagasawa, K. Nakamura, Chem. Commun. 2001, 2194-2195.
- [6] Alcohol dehydrogenase is active in supercritical carbon dioxide, T. Matsuda, T. Harada, K. Nakamura, Chem. Commun. 2000, 1367-1368.
2. アルコール脱水素酵素を水中で利用する有用物質の有機合成
- [1] Crystallization and preliminary crystallographic analysis of acetophenone reductase from Geotrichum candidum NBRC 4597, Y. Sugiyama, M. Senda, T. Senda, T. Matsuda, Acta Crystallogr. F71, 2015, 320-323.
- [2] Two classes of enzymes of opposite stereochemistry in an organism: one for fluorinated and another for non-fluorinated substrates, T. Matsuda, T. Harada, N. Nakajima, T. Itoh, K. Nakamura, J. Org. Chem. 2000, 65, 157-163.
- [3] Asymmetric reduction of ketones by the acetone powder of Geotrichum candidum, K. Nakamura, T. Matsuda, J. Org. Chem. 1998, 63, 8957-8964.
3. 著書や総説
- [1] Future directions in biocatalysis 2nd edition, T. Matsuda, Ed. Elsevier (予定)
- [2] Future directions in biocatalysis, T. Matsuda, Ed. Elsevier, Amsterdam, 2007.
- [3] Chapter 11. Enzymatic asymmetric reduction of carbonyl compounds, T. Matsuda, R. Yamanaka, K. Nakamura, In Green Biocatalysis, Ed. R. N. Patel, Wiley & Sons, 2016, p 307-330.
- [4] Recent progress in biocatalysis for asymmetric oxidation and reduction,T. Matsuda, R. Yamanaka, K. Nakamura, Tetrahedron: Asymmetry, 2009, 20, 513-557.
- [5] Organic synthesis using enzymes in supercritical carbon dioxide,T. Matsuda, T. Harada, K. Nakamura, Green Chem. 2004, 6, 440-444.
教員紹介
松田知子 准教授 博士(理学)
1994年 |
Trenton State College(現The College of New Jersey (米国)) Chemistry Department 卒業 |
1997年 |
京都大学 理学研究科 修士課程 修了 |
1999年 |
京都大学 理学研究科 博士後期課程 中途退学 |
2000年 |
博士(理学)を取得 |
1999 - 2004年 |
龍谷大学 理工学部 助手 |
2004 - 2015年 |
東京工業大学 生命理工学研究科 講師 |
2015年 - |
東京工業大学 生命理工学研究科 准教授 |
2016年 - |
現職 |
2001年 |
大正製薬研究企画賞受賞 |
2006年 |
守田科学研究奨励賞受賞 |
2007年 |
東工大挑戦的研究賞受賞 |
2011年 |
資生堂女性研究者サイエンスグラント |
- 所属学会
- 生体触媒化学研究会、日本化学会、日本農芸化学会、化学工学会
教員からのメッセージ
- 松田准教授より
-
サイエンスを楽しみ、些細なことでも新しいことを発見して、少しでも環境問題の解決に役立つように日々研究を続けることは、非常に魅力的な活動です。私たちは、酵素を用いる有機合成反応の開発をめざし、二酸化炭素や空気中の酸素を有効利用することにより、環境にやさしい革新的な方法の発見をめざしています。
ユニークで面白い研究成果を出すには、チームワークが大切です。私たちは、仲良く、楽しく、協力しあえる研究室をめざしています。今では、4ヵ国から国際色豊かな、私が尊敬できる優れた行動力を持つすばらしい学生さんが研究室に集まっているので、是非、お気軽に、見学に来てください。
※この内容は掲載日時点の情報です。最新の研究内容については研究室サイトをご覧ください。