生命理工学系 News
脳・神経のしくみを遺伝子の言葉で解く
生命理工学系にはライフサイエンスとテクノロジーに関連した様々な研究室があり、基礎科学と工学分野の研究のみならず、医学や薬学、農学等、幅広い分野で最先端の研究が活発に展開されています。
研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介。今回は、脳・神経のしくみを遺伝子レベルから解き明かすことに挑む、鈴木研究室です。
生命理工学コース
准教授 鈴木崇之
キーワード | 脳、神経、発達、生物学 |
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Webサイト | 鈴木崇之研究室 |
我々脳を持つような動物は、生まれながらにして周りの環境を把握し、さらに成長するにつれて周りの環境に適応していきます。 これは、感覚神経から脳を介して運動神経につながる一連の神経回路が、発生の段階で(ある程度)正確につながりあっていくおかげです。
さらに大人になって、神経回路が出来上がった後も、周りの状況から学習し、記憶し、行動します。
忘れがちですが、これらのことは主に我々の遺伝子の中にプログラムされているタンパク質によってコントロールされているのです。
ではどのタンパク質が重要か?それが実はよくわかっていないのです。
我々はヒトと遺伝子レベルで7割方相同なショウジョウバエの脳を対象に研究に励んでいます。
神経軸索の投射とシナプス形成と可塑性の分子メカニズムを遺伝子レベルから理解しようとしています。 我々の行動の奥に潜む遺伝子レベル・神経回路レベルの謎が着実に解き明かされようとする時代に来ています。具体的な研究トピックを以下に紹介します。
我々は、神経回路が発生段階で、どのように軸索をターゲット・ニューロンに投射させるのかという大問題に長年取り組んでいます。脳は、種を超えて3次元的に特徴的な構造を採っており、縦方向には層状に違った機能を持った回路がすみ分けています。空間的な認識は脳の平面方向(横方向)に規則正しく広がっています。多くの感覚神経系は、脳に入力するときに、正しい柱状の構造(カラム)を認識し、投射することによって、正しい空間的な感覚を脳内に反映させることが出来るのです。我々は世界に先駆けて、新規受容体Golden goalを単離し、軸索投射をコントロールしていることを見出しました(Neuron 2008)。我々の単離したGogoという受容体は、この脳内の層状の構造と柱状の構造の両方を正しく認識し、脳内3次元空間の正しい位置に軸索を導く役割を担っていることが分かってきました。その過程において、Gogoはカドヘリンである、Flamingoと協調的に軸索のターゲット層を認識していることを発表しました(Neuron 2012)。現在は、Gogoが軸索をどのようにして正しい柱状構造に導くのかを主に研究しています。このことを解明することによって、脳の回路がどのように層状・柱状構造を形作りながら、感覚ニューロンの入力を正確に振り分けていくのかという大命題を解き明かすことにつながると考えています。
神経細胞と神経細胞はシナプスと呼ばれる接合部によって、ひとつの神経細胞の発火を次の神経細胞に伝えています。我々の脳内には、膨大な数の神経細胞が、膨大な数のシナプスを介して接続しています。我々の脳は生まれ落ちた後も、学習や記憶によって、外部の環境に適応する能力が備わっており、これは、我々の脳が変化できることに起因しています。近年この変化は、神経細胞や軸索の変化というよりも、シナプスの性能が個々に変化し、回路の使われ方が変化する事に依っていると考えられています。このシナプス性能の変化のことをシナプスの可塑的変化と呼びます。我々はその中でも、外界の刺激による経験依存的、もしくは神経活性依存的なシナプスの可塑的変化に着目して、この現象の実働部隊である未知のタンパク質を解き明かそうとしています。(Neuron 2015)
アルツハイマー、パーキンソン、ALSなどの神経変性疾患に相関のある遺伝子がいくつか知られています。それらの遺伝子が産生する異常タンパク質の蓄積が神経細胞死を引き起こすことが知られていました。ショウジョウバエにおいてもそのようなヒトの異常タンパク質を過剰発現し、神経細胞死を引き起こす神経疾患モデルショウジョウバエが知られています。しかし、近年では、異常タンパク質は実はシナプスの機能に直接作用して、シナプスの機能が破たんすることが発症の原因となっていることが示唆されています。我々は、シナプス可塑性を促進することで、神経疾患モデルのショウジョウバエの症状を抑制することを試みています。
近年、iPS幹細胞の開発などにより、神経幹細胞の移植とそれに続く神経組織の再生が盛んにおこなわれていますが、神経細胞はただ細胞体を再生すれば十分なのではなく、軸索をもう一度誘導しなおして、回路をもう一度脳などに繋ぎ直さなければ、疾患・障害は回復しません。現在、この神経軸索を思ったところまで誘導することは全く実現できていません。我々は、この問題に挑戦すべく、哺乳動物での研究だけでなく、より簡便・短時間で成果があげられるモデル生物で神経回路のつなぎ直しを挑戦することは非常に重要であると考えます。
盲目の患者はたとえ像がくっきり見えなくとも、光の方向が分かるだけでも非常に生活がしやすくなると聞きます。複雑な神経回路が精密につなぎ治らないと機能の回復が期待できないような(たとえば指を動かす運動神経など)複雑な神経系に比べて、視神経なら少数の視神経が脳の視覚野に少数でもシナプスを形成すれば、明暗などの基本的な視覚情報だけでも伝えることができるのではないかと期待できます。これら種々の点を考慮して、我々は盲目のショウジョウバエの視覚を取り戻すことに挑戦している。視神経前駆細胞をまず成体の複眼に移植した後、遺伝子操作により視神経の軸索の投射をコントロールし、脳内の目的の位置にシナプスを形成する事に挑戦しています。
2000年3月 | 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了 |
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2000 - 2004年 | オーストリア・ウィーン・分子病理学研究所(IMP)博士研究員 |
2002 - 2004年 | 海外特別研究員 |
2005 - 2011年 | ドイツ・マックスプランク研究所神経生物学部門グループリーダー |
2012年1月より | 現職 |
2012年 | 東工大挑戦的研究賞 |
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2012年 | 日本分子生物学会若手研究助成富澤基金受賞 |
2013年 | 日本遺伝学会奨励賞 |
幾何千年もの太古の昔から、動物の生体内では粛々と発生が繰り返し行われ、何度も何度も、夥しい数の美しい個体を産み出し続けています。
大河のように滔々と流れてきた悠久の生命の流れの岸辺に立ち、我々は、わずかな水をそっと横から手ですくい取って、手のひらの奥に潜んだ秘密を解き明かそうとしているようなものです。
我々が研究していない時間も、発生の繰り返しは止まることなく、我々にその全貌を明らかにしてもらうのを待っているような、待っていないような。
准教授 鈴木崇之
すずかけ台キャンパスB2棟 526号室
E-mail : suzukit@bio.titech.ac.jp
※この内容は掲載日時点の情報です。最新の研究内容については研究室サイトをご覧ください。