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太古の昔、生命を育んだ海は「緑色」だった!?

25億年前の地球と光合成生物の進化の解明

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2025.02.20

ポイント

  • 地球の表層で酸素が増加した起点となったシアノバクテリアの光アンテナ[用語1]の進化に迫る研究。
  • 太古代[用語2]の水中の光環境が光合成生物の放出した酸素により緑に変わることを明らかにした。
  • 緑の光を集光する光合成生物であるシアノバクテリアは水中の緑の光環境で繁栄し、その後の葉緑体の起源となった。

概要

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系の増田真二教授(生命理工学コース 主担当)は、名古屋大学 大学院理学研究科の松尾太郎准教授、三輪久美子特任助教らの研究グループと、京都大学、東北大学、龍谷大学との共同研究で、地球と光合成生物のやり取り(共進化)を通して見えてきた、シアノバクテリアの光アンテナの初期進化とそれを牽引した「緑の海仮説」を提唱しました。

シアノバクテリアは地球における生命の多様化と地球表層の酸化の起点となった重要な光合成生物であるものの、シアノバクテリアがクロロフィル[用語3]の吸収する青や赤と相補的な緑の光を利用して繁栄してきた理由は分かっていませんでした。緑の光を光合成に利用するには、緑の光を吸収し、その光エネルギーをクロロフィルに渡す仕組みを獲得するとともに、その仕組みが優位に働く環境が必要であったはずだからです。

ここで本研究グループは、シアノバクテリアが誕生した太古代における水中の光環境に着目しました。太古代の貧酸素の水に溶け込んでいる二価の鉄[用語4]が光合成によって発生した酸素によって酸化され、紫外線から青の光を吸収した結果、水中は緑の光であふれていたことが分かりました。生物実験および分子系統樹解析[用語5]によって、シアノバクテリアが太古の緑の光環境で繁栄した可能性が明らかになりました。

光合成生物の活動によって生まれた緑の海は、紫外線を効率的に遮へいすることで生命を育む現場になったと同時に、遠くの惑星の生命の存在の指標にもなるかもしれません。

本研究成果は、2025年2月18日(日本時間)付科学雑誌「Nature Ecology & Evolution」に掲載されました。

研究背景と内容

地球は生命の誕生以降、生命とともに進化してきました。その代表的な指標が表層の酸化です(図1)。地球誕生当時、表層の酸素濃度は現在と比べて100万分の1程度でした。約30億年前に酸素を発生する光合成生物が水中で誕生して以降、水中で酸化が始まり、水中の酸素濃度が上昇しました。水中の酸素が飽和すると大気に酸素が放出され、約24億年前に「大酸化イベント」と呼ばれる、大気の酸素濃度が現在の数パーセント程度まで上昇する出来事がありました。この大酸化イベントからほどなくして、好気呼吸によって効率よくエネルギーを獲得する真核生物が誕生しました。生物の進化・多様化が停滞する退屈な10億年を経て、7〜5億年前に再び大気の酸素濃度が急上昇して現在の濃度に落ち着きました。また、大気の酸素濃度の上昇によって多細胞動物の誕生が促されました。このように、地球の表層における酸素濃度と生命の進化は密接な関係があると考えられています。

図1. 地球大気に含まれる酸素濃度の遷移

大酸化イベントを引き起こしたと考えられている光合成生物がシアノバクテリアです。本研究はこのシアノバクテリアを特徴付ける光アンテナの起源と進化に光を当てるものです。シアノバクテリアの誕生以前、地球の大気にはオゾン層がなく生命に有害な紫外線が地表に降り注ぎ、現代の酸化的な海洋にはない二価の鉄が大量に溶け込んで海全体に広がっていたと考えられています。このような海の中で酸素を発生する光合成生物が誕生すると、光合成生物が生息する周りの環境から徐々に酸化が始まりました。酸化が始まると二価の鉄は酸化鉄となり、溶けずに水の中に浮遊します。この酸化鉄は、紫外線から青い光までを効率よく吸収するので、紫外線が降り注ぐ浅瀬でも生命を育む環境が構築されました。また水は赤い光を吸収するので、生物の生息する水中は緑の光であふれていることが数値シミュレーションと実験から明らかになりました(図2)。

しかしながら、この緑の光環境は光合成で生きる生物にとって大問題です。なぜなら、私たちの身近な光合成生物である緑藻や陸上植物は、クロロフィルという色素を使って集光から化学反応までを行っているからです。クロロフィルは青や赤の光しか吸収できないため、もし緑の光があっても効率的に利用することができません。その中で緑の光を吸収し、反応中心で使えるように光アンテナを発達させた光合成生物こそがシアノバクテリアでした。

シアノバクテリアは、光を集光するアンテナに緑から赤の光を吸収する3種類の色素タンパク質複合体[用語6]を巧みに利用して、吸収した緑の光エネルギーを反応中心にあるクロロフィルに効率よくエネルギーを渡すことができました。代わりに、後から誕生した緑藻や陸上植物の光アンテナに比べて、巨大で複雑な光アンテナを発達させなければなりませんでした。緑の光を利用するために、多くの資源を利用して光アンテナを作っています。

図2. 大気・水中の酸化還元状態(上)、水中の光環境(中)、光合成生物の進化(下)

本研究グループは、この緑の光環境が光合成生物の選択圧として働き、緑の光を集光するビリン色素[用語7]を光合成に利用したシアノバクテリアが選択されたという仮説を立て、シアノバクテリアの進化模擬実験、分子系統樹解析、量子化学計算を行いました。

シアノバクテリアの進化の模擬実験によって、緑の光環境と緑の光を吸収するビリン色素と強い結びつきがあることが分かり、緑の光環境が色素の選択圧として働いた可能性を実験的に示しました。シアノバクテリアの分子系統樹解析によって、その共通祖先が緑の光を集光する色素を利用した光合成を行っている可能性が高いことが明らかになりました。また、量子化学計算からシアノバクテリアが緑の光を効率よく集めるアンテナの仕組みを解明しました。さらに、太古代と類似の環境である薩南諸島の硫黄島海域(図3左)において光環境や生物分布の調査を実施しました。酸化鉄によって水中で緑の光環境が形成されていることを確認し(図3中央)、緑の光環境では緑の光を吸収する光合成生物が多く存在することも分かりました。

カール・セーガン博士はVoyager 1号が太陽系を出る時に地球を振り返って撮った写真を見て、地球を”Pale Blue Dot(淡く青い点)”と名付けました。大気や海の青色が生命を育むことを想起させるものです。しかし、紫外線にさらされた太古代の地球は生命にとって過酷であったと想像されますが、緑の海(図3右)も生命を育んだのではないでしょうか。同時に、光合成生物の活動によって変わった緑の海は、太陽系外における惑星の生命活動の指標になるかもしれません。

地球は“Pale Green Dot”だったかもしれないのです。

図3. 薩南諸島硫黄島のSentinel-2衛星のRGB画像(左)、酸化鉄が含まれる海域の水深5.5 mの放射スペクトルと色素のスペクトルの比較(中央)、測定海域における海の色(右)。中央図の青、緑、橙、赤はそれぞれクロロフィル、フィコエリスリン、フィコシアニン、アロフィコシアニンを表し、実線と領域は色素タンパク質複合体とその吸収スペクトルの波長範囲。

成果の意義

緑の海仮説は、地球における生物の多様性の基盤を構築したシアノバクテリアの光アンテナの進化に迫る重要な仮説です。地球表層の段階的な酸化環境に注目しながら、シアノバクテリアの誕生した太古代の生息環境における光環境を予測し、水中の光環境が光合成生物の光アンテナの選択圧となった可能性を示しました。この中で特に興味深い点は、光合成生物が水中の酸化を通して光環境の変化を促した張本人であることです。つまり、光合成生物の酸化 → 光環境の変化 → 光合成生物の光アンテナの選択という、地球と光合成生物のやり取りを通して共に進化してきた新たな共進化の物語を提示することができました。

緑の海仮説は、太古代における光環境と光アンテナの共進化です。この新たな視点は、太古代に限らず、30億年という光合成生物の長い進化史において役立つものでしょう。最後に本仮説は、宇宙における生命においても重要な視点を与えます。「緑の海」は生命を育む海と同時に、生命の存在を示す指標になるかもしれません。特に、大気が酸化される以前の最初の酸化現象を捉える一つの方法になるかもしれません。現在、NASAの宇宙生命探査計画であるHabitable Worlds Observatory(HWO)の科学チームにおいて、緑の海が生命活動の新たな指標として注目を集めています。

本研究は、2021年度から始まった名古屋大学の若手新分野創生ユニット、JSTの「創発的研究支援事業」、2023年度から始まった「アストロバイオロジープロジェクト」、2024年度から始まったJSPSの「学術変革B』の支援のもとで行われたものです。

  • 用語説明

[用語1] 光アンテナ:太陽光を効率よく捕らえるための色素とタンパク質が結合した複合体。吸収した光エネルギーは、光合成の反応中心に渡され、光合成反応を促進するために利用される。

[用語2] 太古代:約40億年前(地球誕生から5億年後)から25億年前までにあたる地質時代。

[用語3] クロロフィル:シアノバクテリア、緑藻や陸上植物などの酸素を発生する光合成生物において光の吸収や化学反応において広く使われている緑色の色素。

[用語4] 二価の鉄:正の電荷2つ分だけ帯びた状態の鉄。酸素が少ない土や水中に存在し、液体の水に溶けやすい性質がある。二価の鉄は酸素と結びつくと、三価の鉄に変わり、この状態になると水に溶けにくくなる。

[用語5] 分子系統樹解析:DNAやタンパク質の配列を比較し、生物同士の進化的な関係性を示す「家系図」を作成する方法。これにより、シアノバクテリアがどのように進化してきたのか、そのつながりを明らかにすることができる。

[用語6] 色素タンパク質複合体:光エネルギーを吸収する色素と、それを保持・制御するタンパク質が結合してできた複合体。シアノバクテリアは、光アンテナに2から3種類のタンパク質複合体を配置することで、太陽光から効率的にエネルギーを取り込み、化学反応へと変換する重要な役割を果たす。

[用語7] ビリン色素:シアノバクテリアや藻類に見られ、光の特定の波長(緑や橙)を吸収する。

  • 論文情報
掲載誌: Nature Ecology & Evolution
タイトル: Archaean green-light environments drove the evolution of cyanobacteria’s light-harvesting system
著者: 松尾太郎(名古屋大学)、三輪久美子(名古屋大学)、星野洋輔(名古屋大学)、藤井悠里(京都大学)、菅野里美(名古屋大学)、藤本和宏(名古屋大学)、辻梨緒(名古屋大学)、武田真之介(京都大学)、大波千恵子(京都大学)、新井千紘(名古屋大学)、吉山洋子(龍谷大学)、三野義尚(名古屋大学)、加藤祐樹(名古屋大学)、柳井毅(名古屋大学)、藤田祐一(名古屋大学)、増田真二(東京科学大学)、掛川武(東北大学)、宮下英明(京都大学)
DOI: 10.1038/s41559-025-02637-3別窓

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お問い合わせ

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 増田真二

Tel 045-924-5737
Fax 045-924-5823
E-mail shmasuda@bio.titech.ac.jp

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